第282話 運命とか、才能とか、うんなもんかんけねぇ……

『ここが異世界か……』


 中学生の俺が異世界に呼ばれたとき、そこは天使たちが溢れた世界だった。白い神々しい光が降り注ぐ大地で天使が空を舞っていた。とても美しい白い羽。半透明の白い羽衣を纏う天使たち。


 頭にはリーフで作られた冠を被って優雅に浮遊している。


 だが、ものの数秒でそれが敵だと俺は認識した。


『なっ……!』


 アイツらが放った光の矢が村を焼き払った。


『アイツ等、敵かッ!!』


 一瞬で天使は悪魔へと変貌した。俺は堪らず走っていった。手から闇が溢れだす。それを天使に目掛けて放った。一瞬で奴らの羽は俺の能力でに喰われた。天使にとって俺の能力は効果が高かった。闇が奴らの弱点だった。


 頭の中で【レベルアップしました】とファンファーレが鳴り響く。


『ステータスオープン』

 

 どうやら俺は通常の戦闘で得られる【経験値十倍】というスキルがあるようだった。それ以外にも【鑑定】を始め諸々のチートスキルが出揃っていた。


『救世主様! ありがとうございます!!』『天使を一撃で葬れるなんてさぞや名のある方とお見受けします!』『報酬ならいくらでも支払います!! 私達が差し出せるものならなんでも差し上げます!!』『どうか、なにとぞ私達をお守りください!!』


 俺が自分のスキルを確認していると村を焼かれて逃げてきたもの達が俺の足元にすり寄っていた。俺を神でもあがめるかのように縋りつく異世界人。


 俺はそこでさらに理解を深めた。


 俺はこの世界を救うために来たのだと。この異世界は俺の為にあるのだと。


 だから俺はそっと村人の肩に手を置いた。


『安心しろ、俺が来たからには天使たちのいいようにはさせない』

『あぁ……救世主様!』

『救世主様は大げさだ、俺は』


 そうなのだと理解していた。やっと俺の番が来たと。さてこれから異世界の冒険を楽しもう。ここは俺が才能を発揮する世界。俺にとって都合がいい世界。


 俺はこの世界では特別に扱われるべき存在。


『この世界を救う為に召喚された勇者だ』


 この世界の絶望から救う勇者なのだから。


 それから俺は天使との戦争に明け暮れた。次から次へと差し向けられる刺客どもを俺の能力で打ち払っていった。異世界で与えられた才能は絶大だった。敵になる奴のほうが少なかった。なんでも出来てしまう。


『俺が半生を費やして会得した技を……たった一瞬で。あり得ない……』


 他の者が一生かけても掴めない技術や技も一瞬だった。異世界人の動きを見てスキルを使って真似すれば一瞬で出来てしまった。


 才なき者と才ある者の違いでしかない。


『出来て当然だ。俺は勇者だ』


 天使たちとの戦闘では俺がいれば他のヤツはほぼ見ているだけに近かった。


『あとは俺に任せろ。天使の相手は俺がする』 


 俺が天使を前にすると皆が声を上げる。


『あぁ……闇の勇者様が来てくれた!』『救世主だ!』『天使たちの略奪も終わりの時だッ!!』『皆、全力で勇者様のサポートに徹しろ!』『人類の反撃の時間だッ!』


 俺は心の中で喝采を浴びながらも『やれやれ』と思った。まぁ俺がいなければ世界は終わっていたのだろうからしょうがない。


 けど、俺が来たからにはここは安泰だ。


『覚悟しろ天使共……人類を舐めるなよッ!』


 連戦連勝は当たり前だった。苦戦した瞬間にすぐにスキルが進化を始める。新しいスキルを使えばそれだけで相手を蹂躙できた。そもそもレベルの上がり方が他のヤツと違う時点で苦戦など片手の指にも届かなかった。


『おぉ……勇者よ。さきの天使との闘い見事であった』 

『お褒めに預かり光栄です、国王』


 国王から全幅の信頼を寄せられ富と名誉が俺に集まった。手厚い待遇を受けた。街の中を歩けば勇者様と勇者様と国民たちが俺に手を振る。それも当然。彼らにとって俺という勇者が最後の希望の光なのだ。


『なんだ……お前らこんなことも知らないのか』

『すごいです! 勇者様!! こんな技術聞いたことがありません!!』

『大したことはしてない』

『その発想はありませんでした……下水と浄水装置。これでいつ何時であろうとも飲料水を確保できるのですね!! これは革命にも等しいですよ!!』

『大したことじゃない……俺の世界ではありふれたものだ』

『類まれな能力だけではなく政治に関しても飛びぬけた知識をお持ちとは……いったいどんな経験を?』

『たまたま思いついただけだ』


 異世界文明はどこか遅れている。現実で当たり前だったことを教えてやるだけでヤツらは大喜びだった。学者という奴らも何を学んできたのかも分からない。大した知識もない。天使との戦争中ともいう状況もあるのかもしれないが、それにしても現代との差は中世にも劣る様な感じだった。


 どこか退屈な日々でもありながらも、俺は勇者であることを全うした。


 他の奴らにはない神の恩恵を余すことなく使い、天使との戦いは続いていく。徐々に人類の地図は領地を広げていく。増えていく仲間。次々と協力を名乗り出るもの達が俺の元へと集まってくる。


 すべての国は俺によって発展を遂げ、


 俺によって文明を進める。


 それでも、


 俺に反対する者がいなかったわけではない。


 才能に対する妬みや嫉妬。俺の才能を利用しようとするものもいたが、全員が同じ末路を辿る。反逆者として扱われ世界中の人から嫌われ凄惨な末路を。


 何一つ俺を邪魔できる者はいない世界。


 最初ライバルになりそうだった奴もいたが、俺の成長速度についていけずに噛ませ犬になった。強そうな敵も【鑑定】というスキルを使えば相手の能力が丸裸で何をしてくるかも、何が得意なのかもステータスから丸わかりになる。


 はい、どうぞ攻略してくださいと雁首を下げてくるようなもの。


 俺が何かをするたびに賞賛が沸き起こる。


 ちょっと助けてやるだけで女は俺に確実に惚れる。

 

 けど、それも当然の事――。


 だって、俺は異世界に選ばれた勇者なのだから。俺だけが特別な存在。俺は異世界人ではない。地球の日本という国から来た救世主。与えられた才能が違う。努力などで追いつけるわけもない。


 生まれ持った物が、


 世界から与えられた役割が、


 根本的に違うのだ。


 もはや思考停止しているに近い異世界の住人たちを前に俺は才能を見せるだけでいい。ちょっと見せれば奴らは眼を輝かせる。


『さすが勇者様!』『勇者様……強すぎます!』『勇者には叶わねぇよ……』『お前はホンモノの天才だ!』『こんな逸材みたことがない……百年、いや千年……未だ嘗て人類史上類を見ないッ!!』『勇者様はなんでも出来ちゃんうんです♪』『強いだけじゃなくて頭もいいなんて、おまけにカッコいいし、何一つ欠点らしい欠点がない!!』


 俺を尊敬して崇めてやまない。俺の才能に嫉妬した奴はいつの間にか勝手に消えていく。何か問題を起こして国の裁判で裁かれ国民から悪として扱われる末路。敵も俺の才能を見せるためだけにいるようなもの。


 そんな生活を過ごして一年近くで俺は異世界を救った。


 救うと同時に帰るためのゲートが開き、俺は空へと連れていかれる。


『待ってくださいッ! 勇者様!!』

『何やってんだよ、アテナ!?』


 その体に抱きつくようにヒロインがくっついて離さなかった。


『私も勇者様と共に行きます!!』

『バカヤロウ……後悔しても知らないぞ』

『あなたと一緒に居られるなら後悔などしません!』  


 ただなんとなくそうなることも分かっていた。このヒロインは俺に着いてきてくれると確信があった。だって俺は彼女の世界を救った救世主なのだから。


 それから俺は現代でも無双する。


 異世界転生者のエリート学園であるマカダミアキャッツに入学を果たした。それは才能を認められた英雄のみが通える学び舎。どこに行っても俺の才能は選ばれてしまう。他の者よりも突出している。


 学園でたった三人しか選ばれないエリート中のエリートに選出されるぐらいに。


『学園対抗戦のメンバーを発表する。黒崎嘉音くろさきかのん!』

『ハイ!』

『お前が学園の代表だ。今年こそ優勝をもぎ取ってこい!』


 クラスメイト達から『黒崎君、頑張って!』と期待の声をいくつも掛けられた。あぁ、俺の人生は順風満帆だ。何一つ向かい風などない。追い風しかない。何でもできる万能感が俺を支配していた。


『もう、勝負はみえたろ。終わりにしようぜ』

『……』


 それは学園対抗戦で出来事だった。勝者は黒い剣を向け、敗者は地に膝をついていた。もう実力差は途中から見えていた。才能が違った。


 そこにはありふれた、


 強者と弱者が存在しただけのこと。


『俺の負けだ……』

『いい戦いだった』

『あぁ……お前の方が強い。優勝しろよ』

『まかせろ』 

 

 そうして、俺と対戦相手は手を握ってお互いをたたえ合った。その姿に勝者と敗者の境目はなく拍手が送られた。気持ちよく試合は終わる。


 全力を尽くした結果だったのだから悔いなどない。


 相手の方が強かった、それだけだ。


 そうして、俺は敗北をあっさりと受け入れた。


 才能を一番理解している俺だからこそ敗北を認めた。相手の方が間違いなく才能があった。強さの底が見えなかった。あの二刀流の黒い剣士は俺が真似できない領域の剣術を使っていた。圧倒的な才能で。


 その年の学園対抗戦の結果は、


 マカダミアキャッツ学園は三位という成績で終わった。


 異世界から戻ってきて初めての敗北だった。それでも俺はそれを受け入れられた。異世界転生で俺は嫌というほど学んできた。


 この世に生まれてきた時点で決められている。


 ソイツの役割は――。


 覆せるわけなどない。才能を持って生まれた者に才能なき者が勝つことなどありえない。追いつけるわけがない。あのライバルモドキ共と同じだ。頑張ったところで差が開くだけ。


 だって、神から与えられた才能が違うのだ。


 ギフトを贈られたものとそうでないものとでは立てる場所が違うのは必然だ。


 世界には抗えない運命、決まりきった宿命、決められた役割があるんだ。





 ——なのに、なのに、なぜだッ!





「黒崎嘉音、お前がいま考えてることを当ててやろうか……?」

「……」


 ——なぜ、コイツは抗い続ける……。


「お前は生まれ持った才能がなければ何も出来ないと思ってるだろう……」

「……ッ!」


 俺の顔が歪んだ。前にいるのは弱者だ。それも今にも死にそうな弱者だ。俺との力の差は歴然なのにヤツは何度も立ち上がってくる。死にかけの癖に、才能も無い癖に、一丁前に指が折れた右手で拳なんか作っている。


 コイツはなぜ才能に抗う……


 なぜ才能の差を認めない……。


で自分は才能への敗北をあっさり認めたのに、なぜコイツは才能への敗北を認めないと……」 

「なんで……ッ!?」


 なぜヤツが知っている。なぜ俺が考えていることが見透かされる。


「お前ら異世界転生チート野郎どもに足りねぇもんだ……よーく覚えとけ」


 なぜ、その眼は絶望に染まらないッ!!

 

「新宿のあるヤブ医者から贈られた最先端医学の魔法の言葉――」


 俺の前にいる才能の欠片も無い男はそういうと右手の中指を痛みに耐えて震わせ立てて挑発を続けた。コイツは理解できない。コイツを理解してはいけないと心臓が脈を打っている。


 ——コイツは……イカれてる……。


「運命とか、才能とか、うんなもんかんけねぇ……」


 男は才能という存在をあざ笑うように力強く立ち続けている。何がヤツをそこまで奮い立たせるのか分からない。この男を理解してしまった瞬間に狂気という泥沼に捕まってしまいそうな予感がする。


「大抵のことは、気合と根性でどうにかなるッ!!」


 ―—コイツは決して運命への敗北を認めようとしない……。



《つづく》  

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