第275話 嗤うナァアアアアアアアアアアアアアッ!!

 水晶玉に映し出される櫻井の戦闘を前に三葉たちは言葉を失っていた。ソレは自分たちの知っている戦闘とは違いすぎた。高揚も無く感情を殺しどこまでも冷徹に行われるソレは違う。


「なんだよ……これ」


 武田は落胆の色を表す。どこまでも自分という存在を軽視した戦い方。


「何をすれば……こんなことになる」


 獣塚が顔を歪める。


 ソレは技術と呼べるものではない。黒い波動のスレスレを狙った回避を繰り返している。黒崎が動揺で攻撃を大振りしているからこそ回避が成立しているがソレでも酷すぎる。


「なんて……面してやがる」


 岩井は攻撃を受けている櫻井を見て理解できなかった。苦痛を押し殺すのでもなく痛みを感じさせない表情に。ギリギリでの回避は血肉を断たれることを前提とした避け方だった。避け切れてなどいない。


 ギリギリを狙うように自分の肉を散らしている。


 言葉にすら出来ない。見てきたものが違いすぎる。何をすればそんな風になるのかも想像が出来ない。ヤツは地獄を見てきたといった。ヤツは本当の絶望を見てきたといった。校長はヤツはデスゲームだけの異世界経験者だといった。


「こんなものは戦闘じゃない……」


 富田は櫻井の戦い方に地獄の入り口を見る。


「これじゃあ死に狂いだ……」


 命を軽んじた戦い方。先程まで見ていたパーティ戦とは違う。あの時みた櫻井とは似ても似つかない。仲間を鼓舞するように声を張り上げ、表情で仲間達を勇気づけ、誰よりも先陣をきっていた男は其処にはいない。


 黒崎より外から見ているからわかる。


 傷を負っても致命傷でなければいいといった捨て身の戦い方。そこに喜びや楽しさなどない。あるのは殺意だけだ。それは普通の異世界経験者たちに知りもしない世界。


 櫻井と黒崎の戦闘は魔物との戦闘ではない。人と人の戦闘でしかない。


 なのに――


 その水晶玉が映し出している戦闘は違いすぎた。本来の実戦試験とはかけ離れ過ぎている。受験生は試験官に自分の全力をぶつける。それは田中が行ったもの。


 自分の才を見せつけ、全力を出すのだ。

 

 自分の限界を試す様に在校生たちに持てる力をぶつける。それを在校生は受け止めて限界を引き出す。お互いが力を認めあうような戦闘が理想に近い。


「君は異世界でこんな戦闘を繰り返してきたっていうの……」 


 三葉は櫻井が見てきた絶望に打ちひしがれる。


 櫻井には異世界での戦闘経験がない。この戦い方は異世界で櫻井が得たものを踏襲した戦闘スタイルでしかない。櫻井は全力を出す高揚感など知らない。お互いの力量を高め合うような戦闘など経験していない。


 強者として過ごしたことなど一度も無い。


 自分より格上の存在達と対峙してきた。弱者として強者と戦ってきた。


 経験したものを銀翔から習ったものに掛け合わせたに過ぎない。そこに正しさなどない。オカシイとすら認識できていない。弱者の戦い方とはこうあるべきなのだと思い知らされてきた。


 強者を倒すために傷つくことを恐れていては死ぬということを味わってきた。


 血だらけの男の右腕が振るわれる。黒崎の頭を衝撃が襲う。顔の前で何かが砕け弾けた。黒崎は顔面を押さえながら櫻井の攻撃に信じられないといった表情をぶつける。


「お前……ッ!?」


 だが無表情な男は何も語らない。手に岩を持って殴りかかってきただけだ。武器という云うにはあまりにみすぼらしい。原始的な攻撃。だからこそ恐怖を覚える。人の頭部を岩で殴りつけるのは戦闘ではない。


 櫻井は岩を投げ捨てまた走り向かっていく。


 無表情な殺意が迫ってくる恐怖に黒崎の本能が反応する。


 ——何を考えて……やがるッ!?


 櫻井は手段を選ばない。そこに美しさや華麗さといったものはない。どこまでも泥臭く醜悪な攻防。命を投げ出すような戦い。傷を負うことを躊躇わない。それと引き換えに惰弱な攻撃を繰り出せればいい。


 櫻井がしているのは戦闘ではない。櫻井が知っているのは戦闘でもない。それは少年が見てきた地獄。少年はそれしか見てこなかった。


 櫻井が見てきたのはデスゲームだけの異世界。


 人と人が『殺し合う』世界。


 人からは残酷に見えるのかもしれない。ただそんなことを少年は知らない。それしか知らないのだから。違和感などない。相手をかき乱し騙せばいい。綺麗に勝とうなどと微塵も思ない。闘い方など二の次。


 醜悪でいい、卑劣でいい、卑怯でいい、卑屈でいい、姑息でいい。


 足掻いて、足掻いて、足掻いて足掻いて、勝ち取るものこそが勝利だ。


 どこまでもいびつで、どこまでもゆがんだ、愚かな戦い。


 腕から流れる血を黒崎の眼を目掛けて飛ばす。


「クッ――!」


 視界を塞ぎ、心を乱し、理解などさせない。


 強者のおごりが生み出す恐れをどこまでも利用した。弱いからこそ策を練る。そこは鼠の住処だ。何の為に油を巻いた。どうしてそこに火をつけた。


 強者だからこそ考えもしない。弱者など取るに足らないと認識しているからこそノコノコと誘いに乗った。その戦い方を理解できぬが故に狼狽し恐怖している姿は滑稽だ。


「クソッ!」 


 剣が恐怖を振り払うように横薙ぎに振るわれる。だが、恐怖に脅えた一撃は大振りの弧を描く。櫻井はそれを潜り抜け相手の腰を掴む。炎は回った。準備は整った。


「見してやるよ……お前にも」


 戦場とはなんだ。フィールドとはなんだ。そこに誘いこまれていたことにも気づかずに慢心を続けた。強者は考えることを拒否した。取るに足らない者と見くびり最善など尽くさなかった。


「地獄を……」


 黒崎の体にしがみつきながらも足を地面に叩きつける。初めから狙われていた。その慢心を、驕りを、弱者を見下す姿勢を。弱者が何かを用意してようとも蹴散らす心を。


「俺と一緒に堕ちようぜ!」


 叩きつけられた足は大地を揺らす。それは震脚。崩落する大地。


 櫻井はこのフィールドを用意していた。炎で囲ったのはその範囲に黒崎を閉じ込めるためだ。ノコノコ出てきたのは黒崎の注意を引くためだ。ここを決闘の場所として選び背水の陣で選んでると誤認させるためだ。


 櫻井が本当に用意したフィールドは地下にある。


『穴を掘って、そこにある壺を中に落としてくれ』


 桜島の分身体によってそれは用意されていた。脇腹から流血した血はおびき寄せるための撒きえでしかない。無謀な攻撃で気を引き悟らせなかった。


「離せ、離せッ、このッ!?」


 落ちながらもしがみついている櫻井の頭部を必死で殴りつける。黒崎に落ちていく感覚はある。だが抵抗しようともその絶望がその身を離すことを許さなかった。櫻井がぶらさがるように両手で執念深く鎧を掴んで離さない。


 櫻井を下にして地の底に叩きつけられた。丸く掘られた空洞の底に到着した。


 血に叩きつけらた衝撃で櫻井の体内から空気が漏れ出した。黒崎の視界は血に塞がれた状態からわずかに開き始めた。だが視界が回復するよりも早く五感が何かを告げている。


 ——なんだ……この無数の気配は。


 大小さまざまな気配を感じる。櫻井だけではない生物の息吹。聴覚に羽音が耳障りに鳴り響く。ガサガサと何かが蠢ている。触覚に触れる感覚が無数にある。体を弄るように何かが移動している。


「ひぃやッ!」


 眼が開くと悲鳴を上げた。蠢く虫。ムカデや黒光りする昆虫。蛇などが体に巻き付く。それも大地を埋め尽くすほどに。種類など数え切れない。高尾山にいる様々な生物がこの薄暗い地下にひしめき合っている。


 ——気持ち悪い……なんで嗤っている。


 目の前に見えるものが嗤っている姿が映っている。自分の下にいる櫻井という男の表情は読み取れる。その状況でも、無数の虫にまみれながら、体を隠されながらも、狂気の笑みを浮かべて狂ったように嗤って自分を見ている。


「welcome to undergroundウェルカム トゥ アンダーグラウンド」 


 櫻井は恐怖という絶望の入り口に岩崎を引きずり込んだことに嗤っている。


 体を蠢く虫の感触も腕に噛みつく蛇の毒も気にせずに自分の体を離さずに嗤っている。その姿に黒崎の表情が歪む。体を這う虫の感触が相まってなおさら不気味に見える。


 ——コイツ……気持ち悪い……気持ち悪い、気持ち悪い、キモチワルイ!!


 櫻井の狂気に心が侵されていく。理解など出来ぬ戦法。


「嗤うナァアアアアアアアアアアアアアッ!!」


 狂気に染まった黒崎の闇が地下を埋め尽くしていく――。



《つづく》

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