第210話 ピエロ過去編 ―救いのない日々に終わりを求めて―
銀翔さんと初めて会った、あの日に俺は壊れた――
『殺せ……あんた強いんだろう。俺を殺してくれよぉおおおおおお!』
銀髪の男に縋りついて泣きながら、俺は終わりを求めた。
『もう、嫌なんだ。何もかもが嫌だ……イヤだイヤだ……』
異世界で多くのモノを失った。大事なものは何一つ俺の手には残らなかった。だから願ったんだ。ただ、終わらせてくれと。生きてることが苦しくて犯した罪が消えないから願ったんだ。俺ごと消してくれと。
『何もかもがイヤなんだ……』
救いなんて何一つなかった。異世界から戻ったら俺の悲しみを受け止めてくれる人が待ってると淡い希望にすがった。どうしようもなく苦しくて耐えられなくて、俺は弱いから逃げ場所を求めただけだったんだ。
けど、世界は残酷で俺から、優しい両親すら奪っていった。
逃げ場などどこにもない――
『イヤだイヤだ……』
苦しみしかなかった。どこに行ってもダメで、俺という存在はもう汚れていた。殺すしかなかったんだ。俺という人間が生きている限り誰かを殺すことでしか生きられなかったんだ。震えるこの手が導いた選択はいつも間違いを起こす。見たくないものばかり見て、この手は人の醜い部分を俺に見せる。触れるとわかってしまった。相手が何を考えているか、相手が自分をどう見ているか。
このクソッタレな能力は俺が信じたモノを壊していった。
俺の手が一番醜い。知らなくていいことを見せてくる。信じていたものを嘘にする。この手は汚れていて醜い。欲しくなかったこんなもの。相手の事なんて知りたくもない。人の心なんて知りたくもない。どれだけ薄汚れていたか。汚い心に触れつづけた俺は汚れていってたんだ。俺自身が一番汚い存在だ。
『くそくらえだぁああああああああああ!』
泣き喚いても何も変わらないんだ。人の心も俺も世界も、何一つ変わりやしない。銀髪の男はただ滑稽に狂っていく俺を見ているだけだった。
俺は死ぬことすらできなかった――
『うわぁああああああああああ!!』
全身を使って叫びを吐き出した、この世界が終わることを願って。何かもが終わることを願った。この絶望が終わるように。今あるモノを壊そうと俺は全力で声を上げ続けた。
俺の叫びが何かにぶつかってピシピシとヒビを入れていく、
それは叫ぶほどに大きい亀裂になり砕けていった。
それで壊せたものは――
自分の心だけだった。
俺という存在だけが生き残ってしまって、心の抜け殻だけが残った。
『今日からここが君の家だよ。好きにしていいから、あと何か欲しいものがあったら僕に言ってね』
『…………』
銀髪の男はそう言った。タワーマンションに成すがままに連れて来られた。手を引かれ引っ張れた方に足を動かすだけだった。ヤツの手に触れて頭にゴチャゴチャと音が鳴っていたが何も感じなくなっていた。体に力が入らなくなった。頭は空っぽになった。俺に意志などなくていい。
『お腹は空いてないかい?』
『…………』
その時、何もかもがどうでもよくて答える気も出なかった。体を動かす意思すら湧かない。口の動かしかたすら忘れそうになっていた。体が自分のものではない感覚。ただ監視カメラの映像みたいに外の景色を眼だけが脳に送っている。
銀髪男が何も答えない俺を心配そうに見ている。
『疲れているのかもしれないね、少し眠ろうか』
そういうと銀髪の男は俺の薄汚れた服を脱がせ、自分の服を着せる。俺はただ人形の様に体を預けていた。死ぬことも生きることも止めてしまった俺は人の形をしたモノでしかなかった。布団に横にしてもらったところで俺の眼も活動をやめた。暗い闇に身を預けた。いつか裁きが下り終わりが来ることを待つように眠りについた。
暗い闇の中なのにその手はどこまでも俺を追ってきた――
死んだはずの感情は掴まれて揺さぶられる。
——来るな……来るなッ!
ソレに足を掴まれた俺は恐怖を呼び起こした。無数の手が俺の足を掴んでいる。手の先にある目が俺を終わりじゃないと睨んでくる。断罪するように罪を忘れるなというように。いくつもの手が俺を掴んで黒く染めていく。
——死ね……お前も死ね……
俺が殺してきた人々の怨念が俺を引きずり込んでいく。どこまでも暗いのに底がない。永久に続いていく闇の穴にどこまでも引きづられて行く。腐った死体のようなものが俺の体をつかんで離さない。怖くて脅えた。震えながら怖がった。
俺の眼がそれを捉えた。黒以外の色が混じっている。
——赤い……髪……?
怨念の中に混じる目立つ者。黒ずみの体で這ってくる。炭の体は脆くボロボロと崩れ落ちていく。だけどその燃えるような赤い髪だけは消えない。どこまでも俺の体を登ってきて彼女は俺の耳元でささやいた。
——裏切り者……裏切り者ォオオオ!
「オウッ――エ―――」
明るい景色に目を覚まして俺は口を押えてトイレに駆け込んだ。嗚咽が止まらない。何も食べていない体から体液が糸を引くように零れ落ちていく。
「ぁあえええ――」
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪いキモチ悪い――
吐いても吐いても取れない。
「オウッエ――」
苦しい苦しい苦しい――
「ハァハァ……」
朦朧として力が入らない。吐いてももう何もでない。便座に頭を付けて体液を口からこぼれ落として動けなくなっていた。眠りは救いではない。暗闇だった。底の無い絶望。
殺した――たくさん殺した――自分の愛する人でさえも――俺が殺したんだ――
俺の涙が便器に落ちた。
「ごめんなさい……ごめんなざい……」
俺は小さい声で絞りだし何もない所に謝った。ポタポタと落ちていく。涙で罪を洗い流すことはできない。便器の自動センサーが働いたのか水が渦を巻いて流れていく。俺の涙も一緒に何処へいくかもわからない薄暗いところへ持っていかれる。
俺はまた布団へと戻っていく。罪の重さに体が重くて引きずられるようにフラフラしながら歩き続けた。
救いのない日々に終わりを求めて――
≪つづく≫
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