第200話 マカダミア受験始まって以来の異端児
我が子を虐待されたママはスゴイ勢いで廊下を走り抜けていく。怒りを胸に秘め、顔を歪ませ全力でかけていく。
「涼宮ぁああミサキィイイイイ!」
オカマがマカダミアの受験を混乱させていく――
試験官たちの間で噂は広がっていく。
「なんか今年スゴイオカマが受験しているらしいぞ」
「俺も聞いたよ」
それは風の様に遠くどこまでも広がっていく――
「スゲェオカマらしいぞ」
「あぁ例年のタイムを五十分近く縮めてきたらしいな」
基礎体力試験で起こした数々の奇行が話題を呼ぶ。
「なんでも第一の試験では地雷が爆発する前に駆け抜けたそうよ」
「まじか……爆発より早くってどんなスピードしてんだよ」
「しかも無傷だってさ。爆発したの置き去りしていくほどみたい」
「本当かよッ! 爆発の衝撃より早くって……俺はできねぇぞ……んなこと」
噂に尾ひれがはひれが付いて出回っていく、
いろんな場所で不吉が広がっていく――
「第二の試験で岩の重量が物足りないって抗議したらしいわよ」
「最大級の岩じゃ満足できなかったみたいね……」
「それに――」
本当のことですら、尋常でない事実になる。
「300倍の重力魔法を希望したとか……」
「300倍ッ!? そんなの持って走ることなんて……出来るわけがないじゃないッ!!」
「出来たのよ……その証拠に一位でゴールについてるんだから。私達の時より圧倒的に速いタイムで」
「えっ……そうだけど」
信じられない。その実力の底知れなさが不気味な恐怖が広がっていく。
「ゴール時で測定が出来ないくらい重くて機械が大破したそうよ」
「……」
言葉が出なくて唾を飲み込むしかない。それが全て事実であるなら、驚愕の他ない。噂を伝達するために慌てて走る試験官たち。
「第三の試験で盾がぶっ壊れたらしいぞッ!」
「はぁ?」
信じられるわけがない。その盾は過去一度も壊れたことがないのだ。微小な傷がつくぐらいで翌年には修理されて元通りの姿で戻ってくるのだから。
「あれだろ、加工のしすぎで脆くなってたんだろ?」
「いや……お前は信じられないかもしれないけど」
言葉を溜めたくなる事件。壊れない盾がどうなったのか。それが問題なのだ。
「跡形もなく消されたらしい……」
「はぁああああ!?」
「声がでかいっつうのッ!!」
「いや、だって……おまえ……」
壊れたのではない。破壊されたわけでもなく姿形を残していない。この世から消失させられたのだ。数々の生徒の攻撃を受けるための盾が、たった一人のオカマによって消滅したのだ。
「なんでもダメージが……億単位らしい」
「億?!」
「あぁ……ホントなら次元が違う」
「おいおい! そんなやつが実戦試験に出てくるのかよッ!」
実戦試験を控えた生徒達に死の緊張が走る。億単位の攻撃など想像もつかない。数十万が関の山であるマカダミアキャッツでその遥か彼方の桁数。さらに事実がうまく伝わっていない。その億の前につく数字は七であるということも。
広がって波紋を広げていく、不吉な噂が恐怖を与えていく、
最凶で最恐。そして最強の受験生。
その名は――
「美咲がヤバイらしいよ」「美咲ってオカマらしいぞ」「駒沢第二中学校の涼宮美咲……」「けど偽名って噂もあるわよ、理想の名前だとか」「しかし、美咲は美咲だろ」「美咲が超絶スゴイって」「美咲ちゃんがぱないらしい」「全部が事実なら美咲が最強だろうな」
美咲、美咲、美咲美咲、美咲美咲美咲――
その名がマカダミアの受験に伝説を残す名になることをまだわかっていない。それは異分子である。普通ではない。世界改変を起こしたバグであると推測されている。
推定ランクは現時点でダブルSランク――
しかし、その実、
もうすでにトリプルSランクの実力を秘めていることを、
誰も知らない。
校長室の扉が激しく乱暴に開けられて、ストッパーにぶつかり音を立てた。
「校長ぉおおおおおお!」
叫び声があがる。全て涼宮強のせいである。突如現れた人物に猫は怯えながらも立場を示す。
「どうしたのにゃん……高畑先生。出来れば校長室のドアは静かに開けて欲しいにゃん……」
「どうしたもこうしたもありません! マカダミアの受験で初の出来後が起きました!!」
それは初めてだった。マカダミアの受験が始まって以来起きたことがなかった。その出来事に鼻息を荒くする高畑を前に佐藤が動き出す。
「興奮しない! 報告は簡潔にしなさい!」
「でも……」
「でももだってもない!」
「佐藤先生も落ち着くにゃん……学力試験で何があったのにゃん?」
「ひどいんです……」
先輩の佐藤に怒られて踏んだり蹴ったりで泣きそうになりながらも、震えた手で答案用紙を前に突き出して証拠を見せる。
「全教科0点ですよ!」
「……」
「はぁー」
猫は言葉を失い、佐藤はため息をついた。
「答えも全部適当です! まるで学力試験なんて関係ないって思ってるみたいでバカにしてるんです!!」
「バカにしてるもなにも事実でしょ」
「佐藤先生……ひどいですよ」
「高畑もわかってるでしょ、このマカダミアの受験に於いて学力試験の役割がなんなのか?」
「わかってますけど……」
それはギミックでしかない。マカダミアに入る条件に知力は関係ない。なぜなら木下昴、美咲ファンクラブのエセ新撰組。さらには涼宮強が入れているのが何よりの証明である。
では、何の為にするかというと
「学力試験って言うのはあくまで実戦試験までのつなぎ。準備時間を開け過ぎないようにあるだけのもの」
「校長!」
佐藤先生に言い負け高畑は答案用紙を猫の顔に近づける。
「校長特権でこの子は不合格にしましょう!」
「そんな理不尽な……にゃん?」
答案用紙に僅かに見える文字が猫に伝えてくる。高畑は猫が迷いを見せたところに追い打ちのチャンスと言わんばかりに畳みかける。
「涼宮美咲を不合格に!」
「涼宮――」
猫の中で果たされる約束。眼帯の男と交わした遠い日の約束。十年越しの約束が果たされる瞬間だった。
『生意気で手に負えないクソでゴミみたいなやつで手を焼かされると思うけど、どうか頼むわ。あのバカが収まりそうな学校なんてここぐらいしかなくてよ。だから、それまではマカダミアに居てくれよ』
「そうにゃん……やっぱり今年であってたにゃん」
「何を笑ってるんですか、校長! ご決断を!!」
「高畑、ちょっと来なさい! 次の受験生が来るかもしれないからアンタは持ち場に戻りなさい!」
佐藤に連れていかれる高畑は抵抗を空しく外へと放り出された。佐藤は仕事を終えたと言わんばかりに両手をはたいて校長の元へと戻る。
「息子って聞いてたのににゃん……娘だったにゃん?」
「先程のご友人の話ですか?」
「でも――」
この時間で到着したという事実が教える。トップクラスの逸材だということを。
「晴夫の関係者だと思うにゃん♪」
懐かしい友人との約束に嬉しそうな校長を前に佐藤は気を使ってタブレットでデータを調べてあげた。
「あれ……?」
「どうしたにゃん?」
「いや……該当データがありませんって」
「そんなはずないにゃんよ」
「名字だけで検索してみますね」
そして、繋がる事実。仮名に隠されていた映し出される本当の名前。
「涼宮強……」
「きょうくん。やっぱり息子で合ってたにゃんよ♪」
「えっ!?」
タブレットの情報に佐藤が固まった。映し出された情報が異常なものだらけである。信じがたい情報の羅列を口に出して認識しなければ理解できない。
「異世界未経験……無能力……攻撃力七億!?」
「にゃ……んのことにゃん」
「校長、これ見てください!!」
猫の前に差し出されるタブレットが伝える。
それは――
「これは、本当に晴夫の言った通りだったにゃん……」
この男が収まるのはこの学校以外にありえない。いや最上位がマカダミアというだけ。それほどに全てがぶっ飛んでいる。何もないはずなのに、ステータスが飛びぬけすぎている。見たことも無い値の連続。
「手を焼きそうだにゃん……」
「もしかして!?」
佐藤の中で繋がる事実。噂が繋がっていく。一人の異分子の存在。
「超絶やばいオカマって!」
コイツしかない。答案用紙に書かれた名前もそれで合点がいく。
「そういうことかにゃん……困ったもんにゃん」
オカマの存在がマカダミアの受験を荒らしていく――
≪つづく≫
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