第182話 強化四重奏≪ストレングスカルテット≫
「「田中さん!」」
ふとっちょ竜騎士がミカクロスフォードとミキフォリオの二人に追いつくように登場した。ほんの僅かばかりの別れだったが、
「待たせたでふよ!」
変わりきった竜騎士の表情が
——なんて男らしい……カッコいい……
チーレム野郎の眼球センサーは機能してないことは多々ある。全てが美化されることも度々。だがそれは個人的な感覚なので他人がとやかく言うことではない、云々かんぬん。
「いくぞー、マッスル!!」
その横で盾を前に騒ぐ者たちもいる。
「いけー、いけー、私のアルフォンス!!」
筋肉とアルビノコンビが騒ぎ立てる。
実力があるものは試験を楽しんでる。自分の全力を出すことの快感、選ばれたものだという自信、他のやつに負けないという意志の強さ。彼らの向上心はエリート校への入学へと完全に向いている。未来にある希望に向かっている。
田中に頬を染めていた二人は見つめ合い、はっと気づく。同じことを考えていたことを。その怒りも相まって視線で火花を散らし始めた。ちょうどいい所に決着を付けられそうなものがある。
「ミキさん、どうやらこれは攻撃力勝負ってことになりそうね」
「おもしろそうだね、腕がなるー。ミカ、どっちから先に行く? 私はどっちでもいいけど」
主人公の前だからいいカッコしたい。それにコレは恋の勝負の延長線上にあるライバル関係。お互い譲る気は一切なし。
「私もどちらでもいいわよ」
「なら――」
一歩も引かない両者。僧侶の足が盾へと向かっていく。肩を鳴らして意気込みを表す。
「私からやらせてもらおうかな!」
その女が武器を手にした瞬間に試験官の注目が集まった。
「あの子……魔法を使わない気かしら?」
「獣塚さんがめずらしくまともなこと言ってる……」
「ちょっと失礼じゃない!
「まぁまぁ、お手並み拝見しようじゃないか――」
嫌でも三人の目を引く要素がある。
「同業者として」
手に持つのはメイス。それも歪な形。トゲが突き出したバトルメイス。自分の相棒を片手に持ち腰を屈めるミキフォリオ。
「うんじゃあ、本気で行こうか……なッ!」
本来、僧侶であれば魔法を使える。それは回復系統だけではない。神聖魔法や光魔法、たまに風魔法など属性魔法を範疇にするものも多い。
だが、この女は違う――
腰を屈めて無詠唱で魔法をかけていく。
——
体が色んな光に包まれている。明かりがチカチカと点滅するたびに色を変えている。それは同業者なら理解できる。獣塚が反応を示す。
「
それは僧侶であれば誰でも使いこなす手法。自分のみならず仲間のステータスを一時的に底上げすることができる。
しかし、それだけでは――
「あれじゃあ……ダメそうだ」
「あぁ、アレでは足りない」
無詠唱である魔法の効力は弱い。それに一回のバフで上げられるステータスなどたかが知れている。それでは能力者たちを超えることはない。ミキフォリオ自身もそんなことはわかっている。
——重ねてかける!
倍がけである。一つで届かないならより上を。それにはケモナー試験官も納得を示す。
「そういうこと……」
「重ねがけとはやるね……」
「確かに。だが――」
一人の試験官がそのミスをつく。
「あれでは限界がある。重ねがけでも上限は必ず来る」
ミキフォリオから見えるミスの内容。補助魔法でステータスを上げようとする際に必ず壁が存在する。いくらでも重ねがけすれば強くなれるかというとそうでもない。やりすぎれば肉体に支障をきたす。行き過ぎた力に体が耐えることはできない。
筋肉を増やす魔法とは何か?
それは筋肉を増やすだけの代物ではない。筋肉を覆う皮膚も含めての強化である。血管だって守らなければいけない。どんなに強力な兵器でもあっても筒が持たなければ発射されない。
どこまでも固くしていく魔法に必要なこと。
なぜ、僧侶が使えるのかということ。
それは――
命を保護するため。
行き過ぎた力を耐えうるように守る魔法が必要になるから僧侶が補助魔法を使う。二倍の力に耐えうる障壁を体内に作る繊細な魔法。ただ単に強くなるというものではない。大きな力を使う体を守る防御魔法も兼ねなければならない。
それゆえに限界がくる。
体に張り巡らせる広大な微小の障壁。厚さが足りなくなる。面積が足りなくなる。体に異物を作るわけにはいかない。そして抑え込むには一回目より二回目の方がより多くのマナを消費する。より高度な技術を必要とする。
——重ねて……
だが、この僧侶はそこで止まらない。
——かけるッ!
マナが動いていく。魔法を使える者たちにはその挙動がハッキリと見えている。白い光の塊が吸い寄せられていってる。
「何をする気だ……」
「あの子、暴発するわよ!」
「三回は無理だ!!」
同業者なら分かる。三倍がけというものがどれほど高度な技術を要するかということが。そんなことを出来るものはSランクレベルの技術を持ちえた者だけである。マカダミアの平均ですらCランク。超えてくるほうがおかしい。
「はぁー……」
だが、金髪の貴族はイヤそうにため息をつく。知っている。目の前の僧侶がただものではないことぐらい。嫌というほど一緒にいるから理解をしている。突拍子もないことをしてくることぐらい。
やつはやってくるということを知っている。
僧侶のマナが凝縮されていく。光り輝く体、膨大なマナで湧きあがる髪。
――
「別の補助魔法!?」
「そうか……確かにそれなら」
「やりおるな」
同業者であるからミキフォリオがすぐれていることがわかる。限界を超える方法を変えてきた発想力。同じパーツを鍛えるのには限界が来る。同じ所だけを固くしてしまう強度ではほころびが生まれる。
しかし、補えない部分での強化であればそれは全体を強くする。別の部分での強化。それは二系統の補助を持つ彼女だから出来る芸当。
違う手法で重ねがけをするには技術が違う。
他人がどこを強化したかわからないものを強化することは出来ない。それでは同じ末路を辿る。それがわかっているからこそできる。
――もう一回、重ねてかける!
計四回の補助魔法による重ねがけ。ミキフォリオが編み出した脳筋バフ。
「
金髪貴族はあまりの脳筋ぷりに心底いやそうにため息をついた。それだけの芸当を無詠唱でやり終えるのも腹が立つし、詠唱そっちのけで技名だけ叫ぶのも許せない。
対照的に準備が終わったミキフォリオはやる気満々である。強く握られるバトルメイス。万全な状態で放つ最高の一撃。
その武具の名を呼びながら、
「
振りかぶられる渾身の一撃。
鉄と鉄が激しく打ち付け合い耳を塞ぎたくなるような音が鳴り響く。思わず試験官たちも音の反響に目を歪ませた。威力のデカさを伝えるには迫力十分だった。
「へっへ~ん、どうだ。ミカ?」
胸を張り誇らしげにライバルに己が実力を見せつける。金髪貴族はため息で返す。
「何、そのため息ひどくない!?」
怒る僧侶。だが、何かを思いついたように勝ち誇った。
「ミカ、さてはアンタ……」
自分の一撃が渾身だったからこその慢心である。
「勝てないから諦めてんだ!」
「ふんっ……」
「なっ!?」
鼻で笑ってミカクロスフォードはミキフォリオの横を通り過ぎようとした。相手の真横で囁くように金髪貴族は告げた。
「何を冗談言ってるのかしら?」
「えっ……」
強大な盾を前に、
「貴方如きに私は負けませんわ、ミキさん」
「何を……」
ミカクロスフォードの揺らぎない自信に悔しそうに歯を噛みしめるミキフォリオ。
彼女は只者ではない。マカダミアに数多くあるギルド。その中でも最大ギルドのひとつに当たる、のちの魔法ギルド長となる女である。
「見てなさい」
≪つづく≫
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