第183話 金髪貴族も楽じゃない

「あの子は貴族ね!」

「獣塚さん何の情報にもなってないよ……」

「おそらく魔法使いだろう。ウィザードだな」


 試験官の予想通り、その金髪は貴族で魔法使い。持って生まれた者の違いを見せつけてくる。


「おっぱい……デカすぎでしょ……」

「獣塚さんの完敗だね」

「富田ッ!」


 揶揄され首を絞めるケモナー試験官を他所にミカクロスフォードはスカートの下に手を入れた。厳密には太ももに手を伸ばした。ロッドを手にするために。


「ミキさん、あなたはなぜ詠唱をしなかったの?」


 木に紅い宝石が輝くロッドの先を憎きライバルに向けて問いかける。


「それは……」


 鼻を掻きながら


「無詠唱の方がかっこいいじゃん♪」

「なっ……」


 悪びれも無く笑顔で返す僧侶に言葉を失うミカクロスフォード。彼女にとって魔法とは誇りである。気品を失わずに応えるために怒鳴り散らしたい気持ちを押さえて、呼吸を整える。だが、若干怒りの動作が漏れ出していた。ロッドで空いた方の手をべしべしと叩きつけているのが、その証拠である。


「詠唱することにより効率的に行えて効果をあげられたとしても、やることなのかしら?」


 平静を保とうと耐えていた。だが、僧侶は人の優しさに塩を塗り込むのを得意としている。


「いやー、断然やることでしょ! カッコいい方がいいに決まってるじゃん!」

「おだまりなさいッ!」

「ひぃッ!」


 軽口の言葉を遮るように強く叩きつけられた鞭のような杖の音。さらには激怒している貴族の般若の様な顔に思わずミキフォリオも悲鳴を上げてたじろいでしまった。


 ミカクロスフォードという人間は――


 魔法だけはバカにされることを許さない。魔法というものに対して固執している。魔法というものを愛している。


 だが、彼女に魔法の才はあまりなかった。




 それは彼女の生い立ちにある。


 田中が行った異世界で彼女は姫だった。彼女の生まれであるクロスフォード家は魔法の血統を受け継ぐ者の家。誰もが大魔導士と言われる存在だった。幼い彼女もそんなに父と兄の姿に憧れを抱いていた。


 いつか、自分も大魔導士になるのが夢だった。


 だが、彼女は後に知ることになる。


 自分にはクロスフォード家の血統がないということを。父親であるクロスフォードの血が自分には入ってないということを。それは母の血しか彼女には受け継がれていなかった。


 彼女がそれを知るのは10歳のころの話。


 ある日、大臣たちや家来が慌ただしく城を走り回っている。その様子を素知らぬ顔で見るお姫様。


 ——どうしたんでしょう……みんな?


 彼女はその中心に自分がいることを知らなかった。ましてや自分だと思うこともなかった。話題にあがることがなかったからだ。兄は5歳で魔法の才能が開花して自分と同じ歳には王国魔道騎士団の一員だった。


 だから、いつも話題の中心にいるのは兄だった。


「レイ様がグリーンウッド魔法学校に入学が決まったらしいぞ!」「僅か5歳で……あのグリーンウッドにか。クロスフォード家も安泰だな」


 兄は一流の魔法学校に僅か5歳で入学した。


「レイ様がグリーンウッドの魔法大会で優勝したらしいぞ!」「なんでも五属性を超える属性を生み出したらしいわよ」「新魔法か!?」「あの子は天才だ」「偉大なクロスフォード家の王族の血を引くものだから」


 兄はこの世にない新魔法を開発した。


「レイ様が王国魔道騎士団に入隊されたらしい!」「あの年齢で……末恐ろしいな」「クロスフォード家でも一位二位を争う才能らしいな!」「王国魔道騎士団長になるのも時間の問題か」「もう大魔導士様とお呼びしたほうがよさそうだな」


 兄の成長速度のスピードに皆が歓喜していた。クロスフォード家もこれで安泰だ。次期国王は天才レイ様だ。どこにいっても兄の名を聞かぬ日がないくらいに城は賑わっていた。


 しかし――


「ミカ様、ちょっとこちらに来ていただけますか?」

「お兄様じゃなくて、私ですか……?」


 彼女は魔法がまだ使えなかった。普通の子より出来が遅かったのがそれを鮮明に分からせてしまった。兄との才能の差が如実に出すぎていた。


 何も知らない彼女が部屋に入ると大勢の大人と父の姿が映った。母の姿だけはなかった。父の横に母の代わりに黒いローブに身を隠した女が立っている。彼女には何も分からない。これから何が起こるのかも。自分の生活がどう変わるのかも。


「どうしたんですの、お父様?」

「ミカ、服を脱ぎなさい」

「はい?」


 彼女は小首を傾げた。父以外の大勢の大人がいる前で下着姿になれという命令がわからない。自分は姫である。そんなはしたないことをしていいはずがない。彼女はなんの冗談かと眉をしかめて国王を見返す。


「何を言ってますの、お父様? そんなこと出来るはずがありませんわ」

「押さえろ」

「えっ……ちょッ!」


 王が命を下すと大の大人がよってたかって自分を押さえつける。彼女は必死に抵抗を見せた。


「どうかご容赦ください。すぐに終わります!」

「やめなさい! 私を誰だと思ってるの! ミカクロスフォードよ! 離しなさい、無礼者!!」

「姫様……真偽を確かめさせて頂きます! すぐに終わります!!」


 彼女の抵抗は空しくドレスは引き裂かれていく。泣きながらやめてと叫ぶが大人の力を前に無力だった。彼女は助けを求めた。


「お父様……お父様! どうか助けてください!!」

「……」


 彼女の前の父は何も答えない。必死に手を伸ばして助けを求めているのに。助けてと娘が叫んでいるのに。何も動こうとしない。


 時間が経ち、下着にひん剥かれた少女は泣きながら膝を抱えてうずくまった。少しでも見せたくなかった。自分の体を他人に。この下賤な者たちに。


「少々失礼いたします」

「イタイッ!」


 少女の地獄は終わらなかった。ナイフで切りつけられる肌。血が赤いカーペットを染める。痛かった。少女には痛すぎた。傷つけられることなどなく育った名家の姫。歯を食いしばろうと痛みに耐えられるはずもなかった。


「王、血が手に入りました。あとは王――」


 ミカクロスフォードの血を手に持ち魔術師は告げる。


「貴方の血を貰えればわかります。王妃が犯した罪が」


 王は脇にさしてあった王剣を抜き出し自分の人差し指を切りつける。そこから溢れだす血。それを魔術師に差し出す様に前に出した。


「これでわかるというのだな」

「えぇー、あの子がどこの子か」


 泣いてる自分の耳に卑しい声が聞こえる。少女はその女が恐ろしく見えた。自分の存在を脅かすもの。


 ——お母様もあの女に……!?


「お父様! お母様はどこなの!? どこに行ったの!?」


 必死に声を上げたが声が聞こえてないように無視されている。魔女の声にしか王は耳をかしていない。魔女が叫ぶミカクロスフォードの方をちらりと見て、口元を緩めた。魔術の札を取り出し、王から貰った血と娘から奪った血を混合すると怪しい輝きを放つ。


「結果は――」

 

 札の上で二つの血が蛇となって喰い争う。お互いの首元に食らいつくように獰猛な二匹の蛇が牙をむき出しにする。それは父の血に娘の血が食い殺される演舞。数秒で敗者はきまった。


 結果は明白だった。


「同じ血であれば蛇が食い合うことはありません。違う、血だからこそ争う」

 

 女のイヤらしい声が響く。まるで自分をあざ笑うかのように語る声。


「あの小娘は王の血を引いておりません。どこぞの雑種にございます」

「何を言ってるの……貴方がいいように言ってるだけじゃない!!」


 ミカクロスフォードは喚いた。魔女が語ることは事実だった。しかし、それでも否定した。受け入れるわけにはいかなかった。ここまで生きてきた自分が無くなることを心底恐れていたから。


「私は十年も……」

「お父様……」


 彼女の元に近づいてくる父の顔はみたこともない表情だった。失望と憎悪に飲まれた眼で倒れている自分を見下げる。


「何者とも知れぬものの世話をさせられてきたというのか……」


 王の言葉にミカクロスフォードの頭は真っ白になった。父から捨てられたことを理解した。自分の置かれている状況を理解した。


 ——私は……クロスフォード家……ではない


「この浅ましい女に奴隷の烙印を押せ!」


 あらぶる王の声に家来たちはすぐ様に答える。何も答えぬままミカクロスフォードは連れてかれた。そこから彼女の体に焼き印が刻み込まれる。断末魔のような悲鳴をあげた。腹が焼き切れるような感覚に襲われた。


 田中と出会う前に――


 ミカクロスフォードは全てを一度失った。



≪つづく≫

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