第174話 復讐対象が注目の的

 ずずーとコーヒーすすり私はテレビを見ながらだらっとした休日を過ごす。


「あー、サイコ野郎がいない平和な日常がもうすぐ来る……」


 私は流れそうになる涙が落ちる前に人差し指でふき取る。泣いてはいけない。嬉しい時に泣くなんてダメですよね。この感動を笑顔で迎えなきゃ。


「やっと、兄同伴の中学校生活からおさらばだ」


 一人の休日がこんなにも愛おしく思えるのもあの男のせいだ。年がら年中わたしにべったり付きまとう怨霊。またの名を『人生のお荷物』という。


 兄がいないだけで私は普通の人間になれてる気がする。やつが心の中で私を『家政婦』扱いしていることも知っている。自分のよりよい生活の為に私という弱者をこき使い家に縛り付ける最低な男。


 その親族は私の兄。


 私はさながら奴隷の様に使われている。


 愛され過ぎて囚人監視に近い日々。


 だが、その日々ももうすぐデットエンドだ♪


 今日わたしは小さな嘘をついた。些細な嘘だ。嘘をついてしまったことに心が多少痛みはするが懺悔も後悔もない。あるべきところに兄を送り出しただけだ。


 驚くべきことに中学三年生のうちの兄と来たら高校受験の申し込みをひとつもしていなかったのだ。まさかの中学校卒業からニートまっしぐらを目指そうとしていたから阻止してやったのだ。気づくのが遅かったらどうなってたことか。


 私はアイツを……殺していたかもしれない……


 まぁ、両親から兄が行く高校の話は聞いていた。どちらにせよあのお兄ちゃんだ。マカダミアが適任だろう。私は無能力で異世界未経験。おまけに運動も得意じゃない。


「ここから別々の道を歩んでいくんだ……」


 あの異常者は運動が得意だし無能力と言いながら常軌を逸していてくれる。いま向かっている高尾山が消し飛んでもなんら不思議がない男。核爆弾並みの危険人物。


「あの異常さがあれば合格は間違いなしだよ。家計も安泰。私も一人で登下校出来る。うんうん♪」


 あー、やっと妹離れしてくれるかもしれない。いつも付きまとってくるし家にいるし、四六時中一緒なのはもうお腹いっぱいだ。家の中でだけならまだ我慢できる。


「お荷物は無事にマカダミアが受け取って下さいね」

 

 兄のいない生活なんて……


 新年でもないのに……


 ハッピーニューイヤー!と叫びたくなってしまう。


 一人静かにこれから起こる未来を想像して


 幸福感に満たされていく。 


 しかし――


 私の優雅な生活は叶わぬ夢となった。


 なぜこのタイミングだったのか……


 なぜその時にピンポイントで合わせてきたのか……

 

 私は中学三年になる一歩手前で異世界に飛ばされることになるとは、この時想像もしていなかった。


 アイツの異常な愛が私を不幸にしていく……



◆ ◆ ◆ ◆


 

 高尾山に一万人もの受験生が訪れていた。山の中の参道を埋め尽くす様に長い行列を作り、それぞれが中学校の制服を着て並んでいる。待ちに待った受験の日で初詣の様にガヤガヤして浮かれて騒いでいる。


「今日は頑張ろうぜー」「お前落ちんなよ」「やべー昨日徹夜で訓練しちゃって体だりぃー」「受かっちゃたらどうするよ?」「いやーお前はないよ。お前が受かったらマカダミアまじでやべぇって」「スタミナドリンク飲んでおくか」


 遊びで来やがってうぜぇ……。


 俺は静かにその場で整列して申し込みの順番待ちをしていた。


 周りとの温度差にいら立ちが募る。冗談めかした話で緊張をやわらげようとしているのかもしれないが、本気の人間はそんなことはしない。ただ静かに時を待つのが普通だ。不安や焦燥にやられ、落ちた時の保身なんて無駄なものをやってる暇があるなら集中力を高めとけよ。


 多分、こいつらは落ちる。


 マカダミアの記念受験っていうのが流行りでもある。おみくじを引きに来たような連中が多い。100分の1の大吉を求めている馬鹿共。


 馬鹿どもは気づいていない。


 確率が100分の1であってもそれは百人に一人ではない。上位百名と百人に一人では全然意味合いが違うことに気づけていない。この受験がなんなのかを。


 受験は運じゃねぇ――


 上位百人というのは実力で選ばれるんだ。


 その本質を気づかない馬鹿共を他所に準備をするやつはちゃんとしている。自分の武器を磨くもの。石の上で座禅をして瞑想するもの。音楽を聴きながら眠りにつくもの。


 どれもが自分のコンディションを整える動き。試験に向けての心構えからして実力があるやつは違う。


 見ただけでわかる。アイツらは強い。


 強さは見た目に出る。強さは歩き方にでる。強さは構えに出る。強さはオーラに出る。 


「次のかた!」

「ハイ」

「受験票と氏名、中学校名をお願いします」


 俺は受験票を渡して、自分の名前と言われた情報を淡々とした声で伝える。


「櫻井はじめ、事情があって中学はいってません。詳しくは受験票の特記事項に記載してあります」

「えっ……あっ」


 特記事項を見ると少し表情が険しくなった。中学校へ行っていない理由には異世界経験による精神の喪失によるものと書いてある。マイナスなイメージが働くかもしれないが、調べられればわかってしまうことだからコレばかりは偽りようがない。


「何か問題でもありますか」

「いや、ないよ。これゼッケン」


 俺が催促するとゼッケンを渡してきた。俺はそれを受け取る振りをして仕掛ける。僅かにやつの腕に接触する。やつの思考が流れ込む。


 後で確認しとくか。この場合って……この子は落験扱いになるのか?


 なんだ……オチケンって。


 疑問に思うこともあったが、俺はゼッケンを受け取りその場を離れた。


 あまり過度な接触は怪しまれる可能性がある。それに俺の能力がどういったものかも既にマカダミアの受験申請用紙に記載している。不正行為と取られないように動き回るしかない。


 幸いなのは記念受験の馬鹿どもがいてくれるのが救いだ。


 これだけの人数をさばくにはそれなりの人数が必要になる。だが、目に見えて動きのあるものは二十名そこらというところだろう。各試験会場に分散させているせいか、それほど多くもない。


 機会を伺いつつ、情報を集めなければいけない。


 俺の実力では普通にやったのでは受かる可能性はゼロに近い。どんな手でも使うと決めている。人を騙そうが蹴落とそうが構わない。


 ヤツがマカダミアを受験する情報は得ている――


「考えろ……考えろ……」 


 俺は何度も呟きながら策を練る。マカダミアの試験において学力試験もあるが、これはカモフラージュに近い。合格基準の判定に使われるのは実力。能力の有用性をみとめさせることが抜け道となるのか。


 ただ試験内容は年度によって大きく変わる為に予想がつきない。


「思い込みで……判断しちゃいけない……」


 唯一確定しているのは最後に在校生との集団戦闘試験があることだけ。実戦試験の情報はネットの書き込みでも確認されているし、マカダミアが公にしている。そこで活躍することが合格への近道だと推測される。


「おい……アイツ」「あれは……どういった演出だ」「いや、そういう人もいるでしょ」「まぁアレ系のキャラは強キャラだからな……」


 考え込む俺の思考を遮るように会場がガヤガヤと少し騒がしい。


「なっ!」 


 俺の目玉はひん剥かれた。受験会場に現れたソイツを見て周りがざわついている。黒髪に半開きのやる気のない目。俺の復讐対象が注目の的となっている。


「なにやってんだ……アイツ」


 こんなものは情報になかった……いったい何が起きてやがる


 初めて自分の眼前に捉えたその姿は


 あまりに鮮烈で強烈だった。


 何故かわからないが、涼宮強は、


 スカートをはいて女子の制服で


 受験会場に現れたのだ。



≪つづく≫

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