第172話 マカダミアの受験に隠された不合格制度
「あの野郎、一人で帰りやがったのかァアアアア!?」
案の定であるが鈴木さんが先に帰っている事実に強ちゃんぶちギレ。椅子から勢いよく立ち上がり天を仰ぐようにして咆哮しとる。
というか、今日は険悪な雰囲気だったろう、おまえら。
「喧嘩してるんじゃなかったのか……」
「謝ったから許してやろうと思ったのに……あの天然バカ!」
お前も天然バカだろうとツッコミたいが目が血走っているのでツッコめるわけもなく。鈴木さんは確かにごめんなさいと言い残したがあれは謝罪ではなくツンデレになりきれないごめんなさい。
だが、そこがおかしいと思ってもしょうがない。
それ以上におかしいことがあるからだ。
「許せん! 幼馴染の風上にもおけん!!」
涼宮強というやつはいつもこうである。勝手に勘違いしてぶちぎれる。今回の件に関しては鈴木さんが悪いというよりは強の自業自得。あれだけ冷たく突き放しておいて、よーうここまでキレることができる。ワンマン社長の理不尽さを彷彿とさせやがる。
さすがの大物だ。
ここまで自分勝手なやつは国際天然記念物に指定して頂きたい。
見てるとおもしろいから。
「やってらんないでふぅよおおおおおおおお!」
う……ん?
廊下の方からキレてるやつがもう一名増えそうな気配。さすがの強も怒っている最中に違うやつの雄たけびが聞こえたので廊下の方を訝し気にみている。
廊下側から男女二名の登場を俺達は黙って待つほかない。
「田中さん、落ち着いてください!」
「こんなの聞いてないでふ! 僕はゼッタイ反対でふ!!」
何やら尋常じゃなく理不尽なことがあったように田中が怒り心頭と言わんばかりに登場し、それをミカクロスフォードがなだめている。触らぬ神に祟りなしで早く帰りたい俺を他所に空気を読めない男が口を開いてしまった。
「どうしたんだ? 珍しく怒ってるな、田中?」
「どうしたもこうしたもないでふ!」
ばつが悪そうにミカクロスフォードが後ろでため息をついている。おそらく受験準備関係で何かあったんだな。俺の予想が正しければアレだな。正義感の強いやつなら怒るのも無理もない。
「マカダミアの受験にあんなふざけた制度があるなんて知ってなかったでふ!」
「田中さん、でも……」
「でも、だってもないでふ! あんなの受験生を馬鹿にしてるでふよ!!」
俺の予想は八割がた正解みたいだ。そのふざけた制度をよく知ってるからわかる。おまけに田中は学校の中でも上位の実力者だから選ばれちまったか。で、真相を知ってブチギレてると。
「いや……俺は……裏で何が行われたか知らないんだ」
強ちゃん……
「だから、田中! 俺は無罪なんだ!」
お前は言い訳が下手くそだし、めちゃくちゃ勘違いしてる!!
強の考えてることもわかる。受験に裏口があるって思い込んでて自分が裏口入学していると勘違いしているから田中に必死に弁明しているのだな。おまけに保身に走るあたりお前らしいよ、強ちゃん。自分は悪くない理論で生きてるお前にしかできん芸当だ。
「強も田中も落ち着け」
「そうだぞ、田中。落ち着け」
ここで俺にのかってくるとはやるな……強ちゃん。身代わりの速さが忍者並みだぜ。
「落ち着いていられるわけないでふぅううう!」
田中のあまりの怒りに強ちゃんが「こわっ」とか言いながら俺の陰に隠れた。
えっ……お前なら田中ぐらい楽勝で倒せるのになぜ俺を盾に使うの?
ちょっと、そういうのはひどいと思うんだけど……
ただ、この空気を変えるのは俺に託されたようだ。ミカクロスフォードも困り顔で俺を見ている。気が狂った長男にお母さんと末っ子が困ってるならお父さんが頑張らねばならないか。
「田中が起こってるのは受験試験官の件だろう?」
「なんでわかるんでふか!」
ちょっと怒ってる勢いのまま答えないでくれ……うちの末っ子が脅えとる。
「わかるよ。だって特筆すべきものもなく弱い俺はそっち側の人間だったからな」
「えっ……櫻井がでふか……」
驚きの表情で俺を見るあたりビンゴだな。ただ疑い半分なのも俺をよく知っているからだろう。それはマカダミアの受験に設けられたある制度。関東随一のエリート校だからこそ起こる悲劇。
「田中が
俺の言っていることが当たってるせいか田中の表情が曇っていく。
「サークライ……あなた落験組なのに合格できたの……」
「出来ちまってる。ココに俺が通ってるのがなによりの証拠だ」
「聞いた説明と違うでふよ……」
ミカクロスフォードと田中は試験制度をしっかりと聞かされているようだ。だが一人理解できないやつもいた。
「櫻井、なんだよ……おちけんって?」
強にとってみれば初耳だろう。いや知る由もないことだ。受験自体わかってないのだから。俺は強の方に目を向けて説明してやることにした。
「落験っていうのは要は不合格者制度のことだ」
「不合格者制度?」
「不合格者制度は、試験当日に落第が決定する制度のこと」
「採点もせずにか?」
「採点しないっていうと語弊がある。基礎体力や能力系統で落ちるのが決まる。最後の実戦試験を待たずに落ちるのが確定するんだ」
俺と強のやりとりを聞いてる横で田中の歯がギリっと音を立てた。怒りが再燃しているのだろう。田中を落験の試験官に抜擢するなんて何を考えてんだよ。こうなるのが目に見えてるだろう。
「それが何か問題なのか?」
問題はないと言いたいが、田中が怒りだすことは目に見えてる。慎重に言葉を選んでいくほかない。
「人道的な問題ではあるし、マカダミアのイメージとはそぐわない」
「そうでふよ……」
人道的であるからこそ、田中みたいなやつを選んじゃいけない。正義感の強い奴なら反発するは火を見るよりも明らかだ。強の説明をする振りをして田中の意識を変えてやらないと収まらないと俺は思い、強に話を続けた。
「人道的って言ったのは受験生は通知が来るまでわからないのもあるが、一番には」
それは見えない敗者の烙印に近いもの。
「落験組は試験を最後までやろうがどれだけ頑張ろうが可能性がないってことなんだ」
「なんでそんな無駄なことをさせる……」
「イメージの保身だろうな」
そこが正義感の連中が納得できない部分。最後の希望をあるように見せかけて、その実むだな努力をさせるつもりもない。だからこそ強者が選ばれる。圧倒的実力を持って時間をかけずに試験を終わらせる為に。
だからこそ、実力上位の田中が抜擢されてしまう。
そして内部でしかそれは分からない。受験生がそれを普通では知ることはない。
それでも、この制度をやらなきゃいけない理由もある。
「ただ、仕方がないと言えば仕方がない」
「仕方がないでふ……と」
「睨むな、田中。仕方がないと言ったのはこれはこれで必要でもあるんだ」
マカダミアだって本当はじっくり審査で出来ればそうしたいと思ってるだろう。優秀な人材を見つけるために時間をかけたいとも。
ただ、それでも出来ないのだ。
「マカダミアの受験は一日のみで受験者人数も一万人を超えてくる。その中で僅か百数名の合格者を選び出すためには時間がないんだ」
100分の1の合格率。
関東随一のエリート校であるが故に受験者数が他の高校の比ではない。学園対抗戦に参加できる関東唯一の学校でもある。そのブランドを目的に観光気分の記念受験組も多い。
「全員をちゃんと精査する時間がないから、必然になっちまってるんだよ。田中の怒りもわかる。頑張る奴を馬鹿にする制度だとも思う。それでも理想と実際できるところの溝を埋める方法が今はない。だからこその仕方無しなんだ」
「……」
「田中さん……」
眉を顰めて分かりはするけど飲み込めないと言った感じ。田中としては心の底からの納得はないだろう。コイツは芯が強い。正義感も強い。そこがいい所でもあるのだが、こういったことには向かないんだ。なんで人選をちゃんと選ばなかったんだ。
俺のダチにこんな顔をさせやがって……
「けど、田中。安心しろ」
こんなんだから、俺が心にもないことを笑顔を作って言わなきゃいけない。
「落験でも受からないわけじゃない。俺がその例だ」
友を傷つけない為に。
「櫻井……」
「俺は戦闘ランクEのカスだし能力も特筆すべきものじゃないけど、合格できたんだ。だから最後まで諦めないやつが必ず落ちるわけでもねぇよ♪」
「そうだったんでふね……」
田中の顔から怒りが消えて俺を尊ぶような目で見ている。
「けど、サークライはどうやって合格したの……」
ミカクロスフォードが不思議そうな目で見ている。説明では必ず落ちると聞いていたのだろう。そういうものらしいから。
「それは――」
実際問題、よくあの状態で俺も受かったもんだと思う。
あの日を忘れることはないだろう――
あの日、俺は初めて勝利を手にしたのだから。
≪つづく≫
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