第171話 毒野郎

 机の上に乗って、櫻井の作り上げた資料を前に校長は深くため息をついた。


「どういう方向に成長してるのか、まったくわからんにゃん」


 櫻井と校長は合わない。


 その本質はお互いに相手が何を考えているのかに理解が及ばない。


 学園設立当初から校長をしているが櫻井という生徒は類をみない。それは涼宮強にも言えることだが、どちらかと言えば力が強すぎるだけの強の方がまだ理解できる。櫻井という生徒のピエロっぽさが校長の頭を悩ませる。


 机の中にある封筒がさらに猫を悩ませる。


「美川先生も……困った置手紙を残してくれたものにゃんよ」


 美川が退職の日に置いていった最後のお願い。その内容がまた頭痛の種を増やす。

 

「どうしたものかにゃ……」


 櫻井という男にとって大きな転機が訪れていることを本人は知らないが校長は知っている。


 それに櫻井という生徒は校長にとって特別な生徒であることが猫の手でポリポリと頭をかかせる。


「これはオロチくんに相談かにゃ」



◆ ◆ ◆ ◆



 藤崎への説明も終えて、俺は下校するために教室へと戻っていた。


「ひとまず校長のOKは貰えたし、美川先生のお願いも終わったし」


 歩きながらここまでの成果とこれからやらなきゃいけないことを整理していく。


「あとは当日への準備と申請書関係か。各ギルドへの協力依頼は終わってるから指示を出すのと……意見も貰った方がいいか。その方が参加している気になって協力にも力が入るだろうし。役所行くためには平日に休みとらなきゃいけないなー、いつサボるか……」


 GOサインが出た後の方が大変だな。実施は三月の中旬を予定として、今受験期間で二月も終わるだろう。それまではギルドもそっちで忙しいから終わってから二週間程度で全てを整えられるようにお膳立てしておかなきゃいけないか。


「う……ん?」


 俺が教室につくと珍しくも下校時間を過ぎてるのに残ってるやつがいる。俺は机につっぷして寝ているソイツに近づいていった。


「強、もう下校時刻過ぎてるぞー」

「櫻井か……」


 眠気眼を擦りながらダルそうにあたりを見渡す姿に思わず微笑んじまう。


「強はミカクロスフォードの魔鉱石おねだり待ちでもしてるのか?」

「ちげぇよ。玉藻を待ってるんだ」

「鈴木さんが何かしてるのか?」


 ギルドでもないのに鈴木さんが残る理由ってなんだろうと純粋に質問をして見た。


「わからん。どこに行ったのか……アイツの事だから学校で迷子というのもありうる」

「おいおい……高校生で迷子とかないだろう。というか、もうマカダミアに来て一年近いんだから校内ぐらいわかってるだろう」

「もしくは学園対抗戦の時みたいにそこらへんで寝てるのかもしれん。ひとんちのソファーでも寝るし。アイツ、高校生になってからどこでも寝る癖をつけてる。異世界で野宿生活でもしてたせいなのか……」

「それはないと思うけどな……異世界いったやつとか豪勢な宿ぐらししまくりだし。モンスター倒してその大金で高級ホテルに宿泊して、そのうち城に住むまでがデフォルトなんだが」

「なにそれ……超羨ましい」

「通常は宝くじにあたったような豪華絢爛な異世界旅行だからな」


 俺は貧乏くじか……納得がいかない! 


 こういう感じが異世界うはうはライフのやつらを俺が毛嫌いする理由の一つでもある。こっちはデスゲームであっちは異世界一周旅行贅沢ざんまいなのだから。嫉妬もしたくなる。むしろ、貧乏くじの方が宝くじで一等及び前後賞当てる確率に等しい気もするのが悲しい所である。


 あまりのやるせなさに俺は首を回した。その時に気づいてしまった。


「おい……強ちゃん」

「その思わせぶりな言い方はなんだ?」

「鈴木さんの机をよーく見てみろよ」

「なんだ、なんだ?」


 強は目を凝らして鈴木さんの机に注目している。


「どこも何もないぞ、櫻井」

「まだわからんか。なら、俺の机を見てみろ、強ちゃん!」

「うーむ」


 強とほのぼの絡んでるとなんだかふざけたくなってしまう。さすが、みんなの特異点。相手の精神年齢を下げてくる。


「何もないぞ?」

「じゃあ、見比べてみんしゃい」

「玉藻、櫻井、玉藻、櫻井――」


 交互に顔を動かしていったりきったりする、強。ちょっと楽しんでそうだな。間違い探しみたいなもんだからな。明らかにわかりやすいメッセージが隠れているのだ。


「あっ!」

「わかったようだな、強ちゃん!」

「櫻井の机の方が……」


 事実に気づき言葉を溜めている。まぁ鞄がなくなっているのだ。俺の机には鞄がかかっていて、鈴木さんの机に鞄がかかっていない。ということは気づいてしまったのだろう。


「そうだ、そうだ。俺の机にあって鈴木さんの机にないものだ」

「見るからに匂いが臭さそう……」

「おい、コラッ!!」


 なんだよ、見た目で机が臭そうって!? しかも、そんな遠くで鼻を臭そうにつまみやがって!!


「鞄がないだろう!!」

「鞄……あっ! ない!!」


 藤代が本物の変態なら、本当にコイツは息を吸うように毒を吐く輩だ。


 おまけに料理も毒物に変えるし……


 これぞホントの毒野郎だな。


≪つづく≫

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