第146話 発想が堅気の人間じゃない

 失神して完全に伸びてしまった全裸の役人は、工場でうつ伏せに寝かされていた。仰向けにするとアレが丸見えなのでしょうがなくうつ伏せである。


 その背中へ役人が所持していた針がいま突き刺さろうとしている。


「はうあー!」


 針が刺さり、激痛で腰を反らせた勢いでまたグキっとなる。


 ——ダメだ……下半身に全く力が入らない。


 だが、完全に目覚めた。


 ——これは腰を完全にやってしまった………。


 その耳に聞こえる呑気な男の声。


「犯人が起きたぞ、おっちゃん」

「坊主、お前……何やったんだ?」


 工場長が驚くのも無理はない。


 完全に気絶していた男が針一本突き刺しただけで目覚めたのだから。


「これはマム直伝の気絶させないツボだ。これやられると気絶することすら許されないんだ……まじでキツイんだよ、これ」

「オメェのかぁちゃん……何もんだよ」


 強は苦そうに真実を語る。


「最恐のかぁちゃんだ…………っ」

「サイキョウ?」


 涼宮美麗とは拷問に関してトップクラスの人物。幾度となく涼宮家の地下室でやられた死の苦痛。食らった身だからこそわかる、そのツボの味。それは極限まで人を追い込み調教する秘伝の技である。


 そうこうしていると強の携帯に着信が入った。


「どうした、ピエロ?」

『どうしたって……』


 美咲におかゆを上げたあとでリビングに戻り櫻井は電話している。


『お前は桃缶買いにどこまで行ってんだよ。強ちゃん……?』


 もう少しといってしまった手前、


 美咲から問いがあった際にあと何分要するのか答えるためである。


「もうすぐ手に入るから、もう少し待ってくれ」

『もうすぐって、あと何分よ?』

「うーん……おっちゃん、あと何分で桃缶出来る?」

『おっちゃん?』

「10分もかかりゃしねぇよ」

「櫻井、あと10分くらい」


 完全に移動の時間を忘れている強。


 場所は岡山県である。


『わかった。早くしろよ、美咲ちゃん待ってるから』

「OK、了解だ♪」

「貴様ら、桃缶を作る気なのか!? やらせんぞ、この私の目の黒いうちは!」

「うるせぇ、黙れ!」

「アイタァアアアア!」

『ん?』


 プスっと騒ぐ役人の背中に針を一刺し。


 櫻井は電話口から聞こえる断末魔の叫びに声のトーンを落とした。


『おい、強ちゃん……お前ホント……どこで何やってんの?』

「櫻井、すまん。ちょっと取り込んでるから」

『強盗とか……じゃないよな。財布忘れたとかなら、一旦戻って来いよ……』


 事態を予測した結果、クリスマスに自分ちに押し掛けてきた強盗犯を思い浮かべてしまった。ちょっと動くだけで周りをお騒がせするのは涼宮強である。


 例え、それが桃缶を買いに行くだけだとしても、


 ただでは終わらない——現にそうなっている。


「桃に手を出すんじゃない!!」

 

 痛みから復活した役人は桃缶の制作を止めようとするが、


 体が動かないので声をあげることしかできない。


「うるせぇっつてんだろ、電話中だ!」

「イヤァアアアアアアア」

『強ちゃん……ゼッタイ普通の状況じゃないよね。それ、まさか店員さんなの? 店員さんを死亡遊戯してるとかじゃないよね?』

「店員じゃない」

『魔物か……?』

「魔物ではない」

『………・』


 櫻井は考え込んだが明らかに人間の叫び声に近い。しかも尋常じゃない叫びである。針で的確に人体の急所をつく、母から受け継ぎ涼宮家秘伝の針治療である。治療と言っても主に精神的な部分の性根を直すものだが。


『おい、強! ホント警察沙汰とかじゃねぇよな!?』

「………・」


 強は考え込む。


 ——警察沙汰だな…・。


 普通に考えれば桃缶遺物混入事件の犯人なので警察沙汰と言えば沙汰だ。ただ警察に行くとなると時間がかかる。そうすると桃缶を届けるのが遅くなるし、事情聴取とかされるかもしれない。


 そうなるともっと時間が見えない。


「櫻井、まぁ、落ち着いて待ってろ」

『ちょっと、強! オマエホントにッ――』


 櫻井の問いに答えるのがメンドクサくなった強は電話を一方的に切った。この男が電話すると大体こんな感じである。毎度用件は簡潔で言いたいことを言って切る。

 

 あと考えるのも面倒になっている。


「おっちゃん、コイツどこに埋める? 山か川か??」

「坊主……お前は堅気の人間か?」


 工場長のおっちゃんもびっくりである。


 針一つで拷問まがいに役人を絶叫させ終いには生き埋めにするという発想は堅気ではない。これも涼宮家の教育の賜物たまもの


「工場長、コイツを警察に突き出しましょうよ!」

「まぁ、こいつが言ってたことも間違いではないかもしれねぇし、犯人と特定する証拠がねぇからな……」

「工場長、この針が何よりの証ですよ!」

「じゃあ、自白させるか?」

「坊主……うんなことできるのか?」


 工場長は針使いの坊主の言葉にそんな素敵なツボがあるのかと思ってしまった。


 高卒の知能はまた間違った答えを出してしまったようだ。


「お前がやったんだろ、自白しろ」


 強がやることは針を突き刺すことであってはいるのだが、


「キャアアアア!」

「坊主、それもう脅迫の領域だ!! オメェどこのマフィアだ!?」

「えっ?」


 強としては普通にやったつもりが、工場長からすればぶっ飛んだ行動である。


 痛みを伴う自白などそんなものは常識的に考えれば脅迫である。


「じゃあ、どうするんだよ……おっちゃん」

「まぁこれで懲りたろ、コイツも」

「それでいいのかよ……おっちゃん」

「それよりお前の桃缶が先決だ」

「させないぞ、桃缶など作らせないぞ!!」

「うるせぇ!」

「アギャパァアアアア!!」


 もはやこのやりとりでは埒が明かないということで、


 工場長は桃を片手に裁断機の中に桃を落とし込もうとした。


「やめろぉおおおおお! 桃に何をする気だ、貴様ァアアアアアアア!!」


 その光景を前に役人は気が狂ったように吠えて制止をかける。


 だが、そんなものはもう聞く気も無い。


「あら、よっと」


 役人の制止を無視して、工場長は桃を裁断機の中に放り込む。


「なんてことを……なんてことをしてくれたんだ! 許さないぞ!! この工場はゼッタイぶっ潰してやる!! 国の威信をかけて必ずや従業員もろとも路頭に迷わせてやるから、覚えとけ!!」

「ホント……」


 全裸でコンクリートにうつ伏せに寝ながら叫ぶ役人に嫌気がさした強は、


「うるせぇ…・」


 針を突き刺した。


「ほんわぁあああああああああ!!」



≪つづく≫

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