第132話 どうか降る雪のように

 彼女が大泣きして収まるまでに10分は要しただろうか。


 その後で残りの片づけを全て終わらせ、


 俺達は誰もいない校舎の購買に寄り道していた。


「美咲ちゃん、なに飲む?」

「あっ、自分で買いますよ!」

「いいよ、色々臨時収入あったから奢るよ」


 強ちゃんねるのおかげで副収入を得ているので、


 この程度の還元など微々たるものだ。


「それに俺は先輩だよ」


 俺がお金を入れた自販機を指す。


「じゃあ、お言葉に甘えて」

「どうぞ」


 彼女は少し微笑んでボタンを押す。


 ガタンとなる音が静かな空間に響き渡る。


 彼女が選んだのはホットのレモネードだった。


 俺は続けて、自分の分の炭酸飲料を買って


 ソファーに座る。


「ちょっと飲んで落ち着いたら、帰ろうか」

「はい」


 横にいる彼女の泣きはらした目が少し腫れて膨れている。


 誰もいない校舎。音もなく光は自販機が照らすだけ灯り。


 その中、俺達は二人でソファーに座り飲み物を飲んで、


 さっきまでの気を少し落ち着かせようとしていた。


 彼女はアツイ飲み物を冷ます様に息を吹きかけていた。


「美咲ちゃん、熱いの苦手?」

「あまり得意ではないです……」


 静かな声で話しながらも俺たちはどこか通じ合っていた。


 お互い苦笑いを浮かべて飲み物に口を付ける。


 物静かな購買に二人の息遣いしかなく、


 薄暗い校舎が別の世界へさ迷い込んだような、


 奇妙な感覚を覚える。


 泣き疲れたのか彼女はどこかもの静かにしている。


 元気がないというわけにも見えない。


 ただ、色んなものが溢れ出てしまった心を、


 整理していて他に使う余力がないように佇んでいた。


 ——似てるな…………。


 近くでみると、どこか昔の強に似ている気がする。


 何を考えてるかわからないような表情と黒髪。


 だが、目だけは違う。


 ——目の形が違うか………。


 アイツの目と美咲ちゃんの黒目はどこか違う。


 男性と女性の違いなのかもしれないが、


 どこか優しさを感じさせるような目。


 見ているとわかる。


 ——コレはヒロインだ。


 優しさとどこか儚さを持っている。


 それに近くで、もっと見ていたいと思ってしまうような魅力。


 彼女から幼さも残ってるけど、つぼみの様な雰囲気を感じる。


 これから大人に近づいていくような、


 そういう気配を感じながら俺は彼女を見つめていた。


「先輩……あまりジロジロ見ないでくださいっ」


 彼女が俺の視線に気づいて眉を顰めた。


「焼肉とカルボナーラのお返し」


 それに俺は優しく笑って返す。


「………いじわる。これじゃあ、仕返しです………」


 多分、俺と同じなのだと思う。


 彼女の考えている感じている気持ちも、


 ——同じなのだと。



 

 飲み終わり、ゴミ箱に空き缶を投げ捨て俺は立ち上がる。


「もう夜遅いから家まで送ってくよ」

「ありがとうございます」


 彼女から漂うレモネードの優しい香り。


 表情もどこか穏やかで気持ちの整理がついたようだった。


 俺達は二人で校舎の外を目指す。


 会話が特に弾むこともなく、


 ただゆっくりと出口を目指していた。


 何を語るわけでもない。


 いつもとはどこか違う俺と涼宮美咲。



「寒いですね……」

「寒いね」 


 夜の空気のせいかもしれない。


 二月の寒さのせいなのかもしれない。


 さっき教室で起きたことのせいかもしれない。


 けど、ハッキリとお互いの存在を意識しながら、


 俺達は家を目指していた。


 どこかくっつきそうでくっつかない距離を横に保ちつつ、


 ただ淡々と歩幅を気にして歩いた。


 歩幅を彼女に合わせて、


 ゆっくりとこの迷い込んだ世界から抜ける様に俺は外へと——


 歩き出す。


 今日一日で何かわかってしまった。


 俺は今の生活を気に入ってるのだということを。


 これからもこうであって欲しいと。


 教室で騒いでるのが楽しくて、強や鈴木さん、田中達や小泉たち。


 ソレに——美咲ちゃん。


 それ以外のヤツもいて、


 騒がしい毎日を過ごすことに自分が馴染んできているとことが、


 ハッキリと………。


「先輩、そこ右です」

「うん」


 彼女に指示されるとおりに曲がり道を進んでいく。


 住宅街には灯りが灯る。それぞれの家庭があり、


 其処には主人公とヒロインがいるんだと思う。


 誰もが自分でいられる場所を持って毎日を送るのだろう。


 俺の隣を歩く彼女もいつか誰かと、


 ——そういう風になるのだろう。


 とても優しい子。


 心と口の音が重なる正直な子。


 姿は幼いけど芯があって強い子。


 誰よりも愛情深い子。


 そして――ヒロインになるべき子だ。


「もうすぐ、着くね……」

「はい……」


 だからこそ、言おうと決めた。


 彼女の家に着いた時に俺はハッキリ言おうと、心に決める。


 彼女の家のすぐ傍で俺達は向かい合って見つめ合った。


「せんぱい………?」

「…………」


 視界に白いぼやけたものが映りだす。


 それは次第に数を増やしハッキリと線を残していく。


「雪ですよ」


 彼女が雪に感動した笑顔を空に浮かべる。


「本当だね」


 それに俺は静かに笑う。


 俺は真剣な目をして彼女を見つめた。


「美咲ちゃんに話があるんだ。聞いてもらっていい」

「は……い」


 これだけはハッキリ言わなきゃいけない。


 それが彼女の為になると俺は信じているから。


 彼女は俺の表情から読み取り聞く体勢を整える。


 何を言われるかわかっていないけど、


 何か重要な事をいうということだけは、


 しっかりと分かっている様子で彼女は凛と立つ。


「ハァ…………」


 痛む胸の痛みにひとつだけ呼吸を入れた。


 白い息が風に舞い飛ばされていく。


 彼女の顔の前で雪の線が消えては光るように現れる。


「オレは美咲ちゃん――」


 静かに目を伏せ俺は思いを伝える。





「とは、付き合えない………」


 ——終わりにしよう……。


 彼女の表情はただ静かだった。


 何かをわかっているようだった。


 ——彼女に終わりを告げよう……。


「君が俺を好きなのも知っている。何度も触れてわかってるから」

「……」

「大晦日の日、焼き肉屋の帰りで撫でてて触れた時から実は気持ちに気づいてたんだ」

「…………」


 彼女は目を静かに下に伏せた。俺の胸が痛みを発する。


「けど、俺は君の気持ちには答えられない」


 ——コレで……終わりだ。


 けど、コレでいいはずだ。


 そうでなければいけない。そう思うしかない。


 ハッキリと分かってしまったんだ。




「俺には忘れられない……人がいる」




 こうしなければいけないはずなんだ。


 彼女と過ごす時間が心地よくて甘えていた。


 彼女があまりに俺を見るから、


「だから美咲ちゃんの想いに応えることは出来ない、ごめん」


 俺はいいところばかりを見せてきた。

 

「そうです……か」


 彼女は泣きはしなかった。


「…………っ」


 顔を少しあげて俺に微笑みを向け返す。


 それが俺を気遣ってのことだということはわかってる。


 彼女を傷つけてる俺にさえ、


 優しく接しようとするような子だと分かっている。


 その優しさを突き放す様に俺は言い残す。


「話は……それだけだから」


 ——これで終わりだ………。


 俺は彼女に背を向けて雪の降る街を歩き出す。


「じゃあ」


 ——これでいいんだ……これで


 これ以上彼女の顔を見るのが辛かったから、


 ——よかった………。


 俺は言葉少なく逃げるようにその場から立ち去っていく。

 

 遠ざかっていく景色に身を任せるように、

 

 雪のように彼女の想いが落ちる前に消えるように――


 どうかと、願いながら、


 俺は彼女から離れていった。



 彼女は誠実で聡明だ。穢れを一切知らない。


 俺なんかとは一緒になっちゃいけない存在だ。


 彼女と俺じゃ——違いすぎるから。


 痛む胸が罪の証だろう。消えることがない俺の罪。忘れていいわけがない。


 俺は命を殺して生きている。


 俺は何百人も何千人も、殺した末に生きている。


 何千人もの死の上に囚われているのだから——。


 彼女の幸せを願うなら、相手は俺ではない。


 彼女ならきっと見つけられると思うから。


 誰かが見つけてくれると………思うから。


 いつか——


 『本物の主人公俺ではない誰かが』が『彼女美咲ちゃん』を迎えに行くと思うから。


 それが俺ではないと知っているから。


 だから――


 俺は君を振ろうと思ったんだ。



≪つづく≫

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