第112話 俺はもう不幸じゃない!!

 俺は携帯を片手にひとりトイレで燥いでいた。


「バズって来たぜぇえええ! あー、俺はもう不幸じゃない!!」


 強が活躍してくれたおかげで、


 俺のプロジェクトのひとつが概ね上手くいきそうだ。


 ただの派生で始めたことが上手くいく感覚は堪らないもんだな。


 遂に俺もピエロを卒業できるかもしれない。


 もう、絶望ピエロなんて言わせねぇッ!!


 最近トイレが俺の憩いの場となってきている。


 ここに俺の学園生活が集約されそうだ。


 悲しい時も、辛い時も、嬉しい時も、


 俺はトイレに来る! 




 トイレの神さま、ありがとうっ!!




 はしゃぎ終わって、


「さて、戻るか」


 冷静さを取り戻す。


 ひとまず一つのプロジェクトの成功を祝いながらも、


 他にもある仕事をやらなければならない。


 廊下を歩きながら俺は上機嫌で口笛を吹いて歩く。


 努力が実る瞬間っていうのは堪らない。


 これまで仕事で色々と苦労してきたんだ。


 それの副産物があってもいいだろう。


 ちゃんと、仕事をやっている俺への臨時ボーナスってことだ。




 この時は浮かれていて勘違いしていたが――


 後々よーく考えた時に俺の考えは違った。



 そもそも、俺にあまり金を使う習慣がなかったのだ。


 特に物欲もなく最低限のものと仕事道具に関する出費以外、


 俺は結構節約している部類だった。


 それも自然に節約できてしまうほど、金を使う目的がなかった。


 それに報酬ならちゃんと仕事の分で貰っていて不満はない額なのも大きい。


 それを考えずに俺はご機嫌だった。


「おーい、田中」

「なんでふか?」

「ちょっと、こっち来てくれ」

「わかったでふよ」


 俺が廊下から教室の田中を呼ぶとやつは、


 二つ返事ですぐに俺のもとに来た。


「あの件だけど、ギルドの確認はどれぐらい進んだ?」

「あと残り3ギルドぐらいでふかね。全ギルド参加になりそうでふよ」

「そうか、ありがとうな」

「はいでふ」


 協力者との仕事の話は以上で終わりだった。


「…………」


 しかし、田中はモジモジとして、


 どこか落ち着かない様子で何かを待っているようだった。


 何かを欲していると言った方が的確かもしれない。


「どうした、田中?」

「いや……あのでふね」


 とても言いづらそうな雰囲気である。


 まぁ俺もちょいと上機嫌で、


 少しイタズラをしている部分でもあるのだが。


 何を欲しているかは、ちゃんと分かっている。


「嘘だよ。からかってすまん、欲しいのはコレだろ」


 俺が田中にホチキス止めされた五枚の紙を手渡すと、


「ありがとうでふ!」


 今にも飛び跳ねそうなぐらい喜んだ顔を見せた。


「今回は……こういう感じでふね、ふむふむ」


 それを田中は食い入るように見つめている。


 この紙は俺から田中への協力報酬といったものだ。


 それはとても田中にとって重要なものである。


 そして、ハーレム状態の男どもが喉から手が出る程に欲しいものだ。


「田中、説明が必要か?」

「いや……いつも通り完璧すぎるでふ! これで時間が取れるでふよ!!」

「なぁーに、お互い協力し合ってるだけだ。気にすんな」

「それにしても、櫻井って本当器用でふね……自分でやると全然できないんでふよ、これを考えるのが……」


 俺は頭を数回突いて、自分の頭の良さを見せらかす。


「伊達に学年一位やってねぇよ」

「これで四人とのデートもうまくいくでふよ! ありがとうでふ!」


 そう、俺が渡したものは田中組に関係があるもの。


 田中にとってそれは一週間の内で一番気を使うものであり、


 四人にとっても大事なモノ。


 チーレム野郎が一番アタマを悩ますことぐらい、


 俺ほどチーレムを恨んでるやつならすぐに分かる。


 要は、デートのスケジュールを代わりに作成してあげただけだ。


 田中にとっては、これを考えるのがとても苦痛だったそうだ。


 不公平が生まれないような時間配分、さらに別々のデート場所、


 移動に必要な時間などを事細かに計算しなければ、


 一日で四人とのデートなど無理である。


 しかも、それを毎週のように考えなければいけない。


 それがチーレム野郎の末路である。


 平日は日々どこにいこうかと考えながら必死に策を練るのである。


 それが月一ぐらいならまだしも、月三は必ずあるという。


 地獄のダブルブッキングならぬ、フォースブッキングデート。


 だからこそ、


 一枚目の表紙に、大まかなスケジュールと場所と電車での移動経路を。


 後ろの四枚は、四人それぞれに対してのデートスポットの細かな情報を。

 

 最近プログラムを覚えてからは自動収集が出来るようになったので、


 俺はほっといてもネット環境からデータをまとめることが出来る。


 あとは集めたデータから、


 各メンバーが喜びそうな興味を引きそうなものを見繕い、


 無理のないスケジュールを立てるだけ。


 俺にとってはさほど時間のかからない作業で二時間あればできる。田中がやると睡眠時間を削らければ間に合わず、デート当日は睡眠不足でフラフラだったらしい。


 この報酬が田中にとって最大の報酬となっているのだ。


「田中、ミカクロスフォードを呼んできてくれ」

「わかったでふ!」


 田中に呼ばれ今度は入れ替るように、


「サークライ、あと残りは2件ですわ」


 ミカクロスフォードが廊下に出てきた。


「ただ参加は五割といったところかしら」


 俺が内容を聞く前に笑顔で語るミカクロスフォード。


「ただ、参加はしないけど協力はしたいとの意見で満場一致よ♪」


 さすが出来る女だ。呼ばれた意図をくみ取り回答を用意しとくとわ。


 ミカクロスフォードにはギルド見学の時の恩もあって、


「概ね順調だな」


 俺は全幅の信頼を寄せている。


「それより、櫻井の方はどうですの? 学校への申請関係は」

「いま資料は七割がた出来てるし、申請方法の確認も取れてる。まぁ来週には間違いなく校長に話ができそうだ」

「本当に貴方って人は……」


 スゴイ視線が物言いたげな感じだが、なんだ? 


「真面目にやればいい男ですのにもったいない」

「どういう意味だ?」


 俺は、イケメンのはずだが……。


「いつものふざけた態度のせいでイメージが減点されすぎということよ」


 呆れた様子に理解が捗る。

 

 しかも、勝手にこっちの表情から会話を打ち出してくるところも出来る。


 どうやら、ミカクロスフォードの中で俺への印象は相当高い評価らしい。


 実際ミカクロスフォードへの評価を俺が高くつけている点では会話がお互いスムーズなのだ。あの集団にいると真面目に話そうにもバカばかりでつられてしまう部分が二人して大きい。


 精神年齢で見れば俺とミカクロスフォードがあの中では飛びぬけている。


 二人だけで話すとき、


 正に仕事のパートナーとしては最高の関係を築けてる感がある。


「高く評価してくれて何よりだ。俺もミカクロスフォードのことは買ってるよ」

「顔もいい、頭もキレる。それなのに変態属性が強すぎるのよ、サークライは……」

「俺が変態じゃなくなったら、何になる?」

「ピエロよ」


 迷いがない良い返しすぎて俺はにやけてしまう。


 さらに冷たい視線がグッドだ。


 こういう返しを出来るミカクロスフォードとの会話は心地いい。


 俺の扱いがよく分かってる。さすが魔法ギルド長。


 だからこそ、俺は――


「ミカクロスフォード、これは今週の分だ」

「…………っ」


 手を貸したくなる。恩も返さなきゃいけないし。


 周りをチラチラと確認して、


 アイツらがいないのを確認すると、


 ミカクロスフォードは先程田中に渡したデートプランと、


「……ありがとう」


 同じものを静かに受け取った。


 少し、気まずそうにしながらも手にはしっかりと紙が握られている。


 ここらへんもミカクロスフォードの魅力。


 いけないと思っていても、


 恋する乙女であるが故に悪事に手を染めるところが、


 ―—ギャップ萌えしそうだ。


 ただ、俺的にはそれはなんら卑怯だとは思わない。


「簡単に説明すると、デートの順番は三番目にしてある。クロミスコロナのあとになっているが、ここをよく見てい欲しい」


 俺は静かに一枚目の移動経路を指す。


 それはクロミスコロナから、


 ミカクロスフォードへのデート場所に移動する電車の部分。


「実はここに仕込んである」

「……何を?」

「敢えてここに向かいにいけ」

「私からですか!?」

「そうだ」


 驚くミカクロスフォードに俺は静かに頷いて指示を出した。


 それは田中がクロミスコロナと別れる駅に行けというもの。


「理由は適当に作ればいい。たまたま移動が間に合わないとか、降りる駅間違えたとか、買い物してたとか」


 やましさが抜けきっていないせいか、


「そうすると何があるんですの……?」


 小さい声で耳を差し出してくるミカクロスフォード。


「ここの駅から少ししたところに実は水上バスが出ている」

「えっ!?」


 俺はそれに小さな声で合わせて作戦を告げる。


「さらに、今は水上バスがイベントをやっていて水上に浮かぶ庭園を横に見ながら移動できるタイミングだ。真冬なのに色とりどりの花が浮かぶ幻想的な水上庭園をオマエと田中を乗せた船が通り過ぎていくんだ」

「なに、それ………………」


 俺の言葉を想像してうっとりロマンティックに情景を浮かべている。


 まぁ花とか女性はすごく好きであることは間違いない。


「すごく、いいじゃないの!」


 おまけに幻想的という魔力的な言葉も、


 ミカクロスフォードに効果テキメンである。


「オマケだが……このバスに乗れば移動時間も短縮できる仕様に組んである。デートコースが一個増えて、おまけに現地でのデート時間も長くなる」


 もう、そんなクロスフォード嬢にはもう一個おまけだい!


「おまけのおまけで移動時間分もお前のデートに追加できる仕様だ。これはお前だから教えているんだ、ミカクロスフォード」

「……了解いたしました」


 ミカクロスフォードはコソコソしていた体勢から勢いよく起き上がり、


 ドリルツインテールの片方を優雅に手で払う。


「感謝いたしますわ」

「貴族様のお役に立てて光栄だ」


 俺の言葉に笑みを浮かべやつは教室へと戻っていた。


 残りギルドは五。


 どうやら、準備は着々と進んでいるようだ。


「櫻井くん」


 廊下で俺を呼び止める声。


「ん?」


 それは、あまり聞きなれない声だった。


「呪術契約書は役に立ったのかい?」

「おかげさまで」


 俺はソイツに笑って返す。


 呪術ギルドの長、藤代万理華ふじしろまりかへ。



≪つづく≫

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