それは突然に訪れる! ついに時代がきた!!

第109話 巷で人気急上昇中の涼宮強です

 神々しい光と雲の上の様な世界に響く、天使の声。


「お兄ちゃん、いい加減に起きて! 朝だよっ!!」


 俺を呼ぶ声が異界から聞こえる。


 だが、もうアッチには戻りたくない…………。


「どうしたの、強くん……美咲ちゃんが呼んでるのに起きなくていいの?」

「お布団ちゃん……っ」


 白い翼を生やし、白い純白のドレスに身を包んだ、


 この世の者とは思えない天女が、


 俺のいる世界に天から舞い降りてきた。


「いい加減にしないと美咲も怒るよ!」


「強くん……早く起きないと朝食抜きにされちゃうよ……」


 天女は美しい顔を少し困らせ歪ませた。


 俺はその神々しさを前に静かに片膝を地につけ両手を組み崇拝する。


 新年を迎えてからずっと思ってたことがあって伝えたかったから。


「お布団ちゃん……いや、お布団様、俺の話を聞いてください!」

「おらっ、起きろダメ兄貴!! 堕兄貴だアニキ!!」

「強くん……往復ビンタされてる凄い音がするよ……」


 異界からの音が激しく最愛の妹の怒声が聞こえる。


「さすがに、起きないと不味いんじゃ……」


 激しい音が鳴るたびにお布団ちゃんが、


 引きつった笑みを浮かべながらも肩をびくっと揺らしている中、


「もう起きたくないんだ」


 俺は話を切り出した。


「えっ?」

「あっちの世界にいるよりこっちの世界にいるほうが俺はいい」

「いや、いや、強くん……どうしたの?」


 いつの間にか激しいビンタの音は消え、


「ハァハァ……ハァハァ……」


 美咲ちゃんの激しい疲れたような息遣いだけが、


 神々しい世界の中でBGMとして鳴り響く。


 驚いているお布団様に俺は下から突き刺す様に、


 真剣な目で見上げながら、今まであったこと吐露した。


「新年に入ってからヒドイことしか起きてないんだ……そもそも年始めに見た初夢が不吉だった。一富士二コカトリス三玉藻がいけなかったんだ、アレが不吉な現象の吉兆だったに違いないんだ!」

「そうだね、確かにそんな夢を見ていたね。ちなみに吉兆っていい知らせのことだよ」

「それからだ、俺の不幸が始まったのは……」

「都合が悪いとスルーするんだね……」


 ――そう。アソコからすべてが狂っていた。


「新年、早々餅が燃えてボヤ騒ぎになって妹に怒られたんだ。餅が勝手に燃え散ったのにさ……」

「…………」

「さらに新学期に入ったら早起きしただけで妹に頭をぐわんぐわん揺らされて、頭がおかしいやつ扱いされて……」


 ――思い起こせば、美咲ちゃんに怒られてばっかりだ……


 ――なんで、こんなことにッ!?


「さらにさらに登校してたら牛の魔物が現れて! 妹にお前のせいだって!! 魔物が出てるのもお前のせいだって、ひどいことを言われて……っ」

「そうだったね……色々あったね……」


 お布団様は静かに頷きながら俺の話を聞いてくれて心が解放されていく。


 今まで溜まった鬱憤がドンドンとダムが決壊をしたように流れ出ていく。


 感情の波が抑えきれずに、


 俺はついていた片膝を地から離し立ち上がり、


 お布団様に向かって喚ていた。


「そんなひどい目にあっても、俺は襲われている人たちを救ったんだ。良い事をしたらいいことが起こるって言われてるのに、学校着いた瞬間だ! 瞬間にッ!!」

「落ち着いて……強くん……っ」

「屋上で幼馴染が自殺を図っていて、大慌てでソレを止めにいかなきゃいけなくて、止めたら幼馴染もおまえのせいだって! 自殺を図ってるのもお前のせいだって!! で、屋上で公衆の面前を前に土下座させられて……っ」

「……ヘビィだね……」

「教室いったら、みんなに拍手されたんだッ!」

「それは……いいことじゃないかな?」


 確かに拍手されたのは悪いことではないか……。

 

 俺の話を聞きながら、


 困った顔をしていたお布団様が急に天井を見上げ


「強くん、まずいよ! 美咲ちゃんが強くんの顔面をビニール袋で覆ってるよ! おまけに金属バット持ってたし!!」


 血相を変えて慌て出した。


「お布団様、そんなことはいいから俺の話を聞いてくれ!!」

「そんなこと!」


「フルスウィングじゃいッ!!」


 ゴーンという音が世界に鐘がなったように響いた。


 ビニールを被せたのは、


 きっと血で布団を汚すと洗濯がメンドクサイという理由だろう。


 さすが出来た妹、美咲ちゃんだ。


「強くん、世界が揺れてるよ! 何発もボコボコに殴られてるよぉおお!!」

「大丈夫、俺は頑丈だから。金属バットごときじゃ何も効かない」

「そういう問題なのっ!?」


 揺れる世界で慌てる天女を前に俺は話を続けたかった。


 それに美咲ちゃんの力でバットを振るったところで、


 俺に傷ひとつ付かないだろう。


 もう我慢できないんだ。いっぱい我慢してきたんだ。


「それからギルドへ行こうとしたんだ。魔法が使えたらいいな思って」

「強くん! めちゃくちゃ叩かれてるけど本当に大丈夫なの!? 縦に、縦に、大根切りみたいにして顔面をバッドでぶん殴られてるんだけど!!」

「そしたら、さ……魔法は使えないって。お前は才能ないから、一ミリもねぇから無理だって。ミジンコみたいな野郎だな、オイって言われてさ」

「そこで、平然と話を続けられるメンタルがなんでソコで生きないの!?」


 頭を両手で抑えて怯えながら話す天女を前に、


 俺は何事もなく続ける。


「それだけでは、まだ俺の不幸は終わらないんだ……」

「現在進行形だからねッ!!」

「そうなんだ……そこからかわいいかった妹がぐれっちゃって。ちょっとオッパイで燥いだだけなのにさ。幼馴染にも超冷たい目で見られるし……」


 ゴーンと鳴り響く鐘に怯えるように、


「アレは、私は、強くんが悪いと思うょおおおおお!」


 お布団様が空中で体育座りするように身を屈めてひどく怯えていた。


「まぁ、そんな部分もあるかもしれないけど……もっと、ヒドイのがバレンタインデーなんだ」

「早く話して、何があったのさ!?」

「幼馴染がさ、俺イケメンって言ったらソファーを包丁でめった刺しにしたんだ。おまけにお前が他のやつからチョコ貰うなんてありえないって!」

「わかった、わかったから!! ん……あれ?」


 お布団様が天井を見上げると、


 もう鐘の音が止んで世界の揺れも収まっていた。


「こうなりゃ……最終手段だ。盗む形になっちゃったけど……しょうがない」

「ビニールが外されていく……」

「でね、お布団ちゃん」

「まだ続ける気なの強くん! 外の美咲ちゃんなんか最終手段とか言ってたのにっ!?」

「俺が何を言いたいかっていうと」

「やっと結論に入ってくれるんだね! 急いで、強くん!!」

「起きても酷い目にしか合わないんだったら……」


 そうだ、もう起きたところで嫌なことしかないんだ。


 だから、俺はそう決めたんだ。


 ずっと、コッチにいるって――。


「もう、こっちの世界の住人になろうかなってさ」

「強くん……あっ――美咲ちゃん」


 突如、眩しくて目を開けられていないような閃光が、


「そういえばそんなものも持っていたいよね――――」


 世界を包み、お布団ちゃんの姿を


「ギャァアアアアアアアアアアアアアアア!」


「お布団ちゃんんんんんんん!」


 断末魔と共にかき消した。


 明るい光が止んで、気が付くとそこは元の世界だった。


「帰ってきてしまった、私は現実世界に……」

「はぁー、はぁー、いい加減に、起きて、はぁー、くれないかな、お兄ちゃん………?」

「お布団様が……」


 光に包まれ消されてしまった。どうなってしまったのだろう。


「まだ寝ぼけてるのお兄ちゃん……もう一発いっとくか」


 美咲ちゃんを見ると何か緑色の小さいドラム缶の容器についたピンを噛んで外した。それを俺の前に投げ妹は小さい身をもっと小さくするように屈んで耳を塞ぐ。


「ん?」


 その容器は俺の顔面の前ではじけると同時に、


 この世のものとは思えない光を発した。





 ――スタングレネードか……まぶっ!?




 そうして、俺は完全に目覚めてしまった。


 スタングレネードをどうしたのかと美咲ちゃんに聞いたら、


 銃火器ギルドから借りているらしい。


 どうやら、おっぱい祭りの時の負の遺産だとか。


 ただそれは俺が起きない時ように用意された最終兵器となった。


 お布団様を強制退場させる威力があるのだから、


 最終兵器としては申し分ない。


 ――さすが、美咲ちゃん。出来る妹だ。


 食卓に着くと美咲ちゃんは大変ご立腹の様子だった。


「もう少しシャキッとしてよね、お兄ちゃん!」

「ごめん……」

「ごめんとかいいからシャキッとして!!」

「…………っ」


 謝っても無意味とか言われるとスゴイ悲しい。


 本当に最近ついてない……。


「俺は一体何の為に生まれてきたのだろう……?」

「そんなのどうでもいいから早くご飯食べて! 学校に遅刻しちゃうでしょ!!」

 

 ――生きてる理由がどうでもいいとか……死ねってことですか?


 ――お兄ちゃんブルーだ…………。


 美咲ちゃんに怒られブルーな一日の始まりである。


 俺は玉藻から貰ったちぎれたマフラーを首に巻きつける。


 バレンタインデーに首輪代わりにされた代物は俺を引きづっている最中に切れて短くなってしまった。それでも、もう一周ぐらいはできそうなほどあるのだが、俺はその端を握って美咲ちゃんを見る。


「美咲ちゃん、お兄ちゃんのマフラー余ってるから一緒にする?」

「やだよ……兄妹でひとつのマフラー付けるとか、まじキモイ」


 キモイ……とかヒドイ。すごくイヤそうな顔しているし……


 俺ってもしかして美咲ちゃんに嫌われてるのかな。


 最愛の妹に嫌われていると思うと………すごく悲しい。


 生きてても何もいいことがない。


 またあの不幸な日々が俺に戻ってくるんだ。


 俺が主役になれる日がこない日常が返ってくるのだ。


 全部、異世界にいけないのが悪いんだ。


 俺は普通じゃないから……。

 

 それに玄関をあければ、アイツが現れる。


 間違いなく、いつも通りの展開であれば、


 あの無邪気が俺をイジメるために待ち構えている。


 だが、俺はそれでも玄関を開けていく。


 だって、開けなきゃ美咲ちゃんに怒られるから。


 少しずつ開いていく現実への扉。


 家というものが憩いの場だとするなら、外の世界は戦場だ。


 傷つくばかりの日々に賞賛も名誉も無い――


 地獄のような世界の幕開けだ…………。



「涼宮さんが出てきたぞ!! カメラ回せ!!」

「涼宮さんですね!!」

「何コレ、お兄ちゃん!?」

「うわ、眩しッ!!」


 光の攻撃が俺達兄妹を襲う。


 玄関前を埋め尽くさんばかりの人が溢れている。


 黒い大きいカメラが俺達を捉えている。


 ――いったい、何が起きてやがる!!


「学園対抗戦MVPの涼宮さん、ぜひ取材させてください!」

「えっ……」

「涼宮さん、こっちのカメラに向かって一言をお願いいたします!!」

「おっ?」

「いま巷で人気急上昇中の涼宮さんに突撃インタビューをさせてもらおうと思います!」

「人気急上昇……?」


 それはまるでハリウッドスターを空港で出迎えるような勢いの報道陣。


「涼宮さん!」「涼宮さん!」「涼宮さん!」「涼宮さん!」「涼宮さん!」「涼宮さん!」「涼宮さん!」「涼宮さん!」「涼宮さん!」「涼宮さん!」「涼宮さん!」


 それが俺を取材に来ている。


「ど、どうなってるのです、お兄ちゃん!?」



「ハッハッハッ――」



「何を笑っているんです!?」


 そうか、ようやくか。


 この時が来るの待っていたんだ。ついに来たんだな。




「俺の時代がついに来たァアアアアアアアア!!」



≪つづく≫

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