第71話 中間管理職の辛さ

「スマン、志水! お願いがある」

「何よ、そんなに焦って……」


 火神からの依頼を受けた田岡はまず志水の所に向かい、


「全員に今日はトレーニングしとけって連絡して欲しい」


 焦りを匂わせながら協力を仰ぐ。


「はぁ? 草薙さんの法事はどうなったのよ!」

「ダメに決まってるだろう!」


 怒りで返す志水に同様の感情をぶつける田岡。


 志水でも結果はわかっていたはずなのに、なぜ怒りを込めて返してくるのかという理不尽な想いが田岡をたきつけていた。


 だが志水の怒りもまた止まらない。


「役立たず!」

「俺だって体を張って必死に頑張ったんだ!」


 田岡はワイシャツのボタンをはずして肌着を捲り、何度も殴られ赤くはれた胸を志水に見せつけた。赤紫に膨れ上がる乳房。左右で見比べてみても明らかに殴られた方が隆起してみて取れた。


「わかったわよ……」


 それにはさすがの志水も何も返せなくなってしまった。


「あと他にもあるんだ。外出許可書を三名分提出して欲しい」

「三人? 田岡くんと火神さんと誰?」

「三嶋だ!」

「なんで三嶋くん?」

「言わせるな!」


 運転免許を持ってない恥ずかしさを隠すように志水に声を威勢よく返す。


 田岡もそこそこの年であるが故に汚点である。


 それを自らの口で唱えるなど屈辱の他ない。


「わかった。やっといてあげるから……」

「頼むぞ、志水!」

「ちょっと」


 足早に去ろうとする田岡の背中に向かって青い小瓶を投げつける志水。


 その気配を察知し田岡はくるりと反転しそれをキャッチした。


「おっと」

「田岡くん、ポーションあげる」


 志水の照れ臭そうな謝罪と


「あとさっきは言いすぎてごめん」

「別にいいよ。ありがとう、志水!」


 お詫びの品に笑顔を返し、また反転して走り出す田岡。


 これで仕事の大部分は片付いた。


 残るはひとつ、車の手配。







「田岡さん……なんなんっすか?」

「昨日朝まで付き合ってやったんだ。今日は俺に付き合え」


 車のハンドルに気だるそうに両手を組んで乗せている三嶋に田岡は仕事が無事片付いた気持ちいい声を返した。三嶋としては非常に面白くない展開である。


 大っ嫌いなやつの運転手などしたくもない。


 そうなれば悪態のひとつも尽きたくなるのが人情である。


「どうして、俺がヤンキーの運転手しなきゃいけないんだよ……っ」

「オイ、三嶋! 口には気を付けろ!! 火神さんがもうすぐ来るかもしれないんだから!!」

「あと10分後なんですよね、約束の時間は……」


 悪態を付く三嶋に慌てふためく田岡。


 30分のところを20分で用意して待ち構えているが気が気でない。


 自分が運転できれば間違いなく三嶋に頼まなかった。


 火神の機嫌ひとつでまたポーションの無駄遣いが発生する苦悩と恐怖。


 その先輩と後輩の温度差たるやなんとも言えない。


「オイ……田岡……」

「な、なんでしょうか!?」


 睨みつけてくる火神の突然の登場に田岡は背筋を伸ばし、目を見開く。


「なんで三嶋がここにいる?」


 火神からは『俺はお前に頼んだよな』と言わんばかりのオーラが出ている。


 ただでさえ人員を無駄なことに使う気はないと伝えた矢先であるが故に、


 火神の怒りもひとしおである。


「私が運転免許を持っていないからです!」


 それには田岡の恥辱など一瞬でかっ消えた。


「あっ……ん?」


 予想もしない答えに火神は小さく口を開け片目を歪ませた。


 火神は記憶を辿り田岡の経歴を思い出し、


 普通免許を持ってないことを思い出したが為に、


 田岡を罵倒しようにも暴君が出せじまいとなった。


「それじゃあ、しょうがねぇ……」

「どうぞお乗りください!」


 田岡は一刻も早く火神を閉じ込めようと後部座席の扉を開けて、乗車を促した。それに火神は従うように後部座席の真ん中に座り、足を広げて頬杖をついて威嚇する。


 その姿に運転席の三嶋はバックミラー越しに、


 なんだコイツと言わんばかりの視線をぶつける。


 二人の雰囲気を感じ取り田岡も急いで助手席に乗車し指示を出す。


「三嶋、さくら会館まで行ってくれ!」

「ハイ……わかりやした」


 三嶋のやる気ない返答に田岡は身を凍らせる。


 態度の悪い後輩。威圧の強すぎる上司。

 

 それに挟まれる正に中間管理職。


 胃がキリキリと痛みを感じる。


 ポーションをこの時にとっておけばよかったと後悔をする田岡であった。


 不穏な空気のまま車は動き出す――



≪つづく≫

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