第29話 ピエロの放課後活動12 ーThis is warー

 美川の内心はもはや手が付けられない程に怒りの炎が燃え上がっていた。


 娘を人質に取られ、


 デットエンドと戦うという目的さえも


 達成できなかった。


 それは全て目の前に倒れている櫻井のせい。


「櫻井、覚悟は出来ているんだろうなっ…………」


 怒りの矛先へ静かに歩み寄る。


 目はもう完全に闘志に溢れている。


「あっ、イテテ――――」


 櫻井はへし折った木をベッドに横たわっていた。


 ——いきなりかよ……。


 突如の一撃を貰い、


 殴られた唇から少し血を滲ませている。


「………………ちッ」


 痛みを堪えながら立ち上がり血をふき取りペッと吐き出した。間合いを保ち対峙する相手に疑問を投げかける。


「いきなり殴るとはどういう了見ですか……」

「櫻井、お前は先生を相手に一人で勝てると思ってるんだよな」


 それは警告であり、最後の忠告だった。


 教師として自我を保っている最後の言葉。


 ここから一線を越えれば、


 容赦はしないという言葉だったが――



「——思ってますよ」



「………………そうか」


 いともたやすくその一線を越えてくる櫻井。


 そして、覚悟を確かに受け取った美川。


「お前如きの実力で俺を倒すというんだなッ!」

「アンタ、頭ワリィのな。さっきから何度もそう言ってんだろう」

「ならば、いいだろう…………」


 考え直す猶予を与えたが、


 悪態をつかれ拒絶された。


「願い通り終わらせてやるッ!」


 美川にとってここからは戦闘である。


 気合十分に間合いを縮め、


 櫻井の腹部へ打ち上げるような一撃を放つ。


「グッガ――!」


 櫻井に見事に決まり、腹部への衝撃が地から櫻井の足を浮かせる。苦悶の表情で嗚咽が漏れているところに半身を回転させ、


 綺麗な後ろ回し蹴りをかます、美川。


 威力が高い一撃に櫻井の体はまたもや周辺の木々をへし折り消えていく。


 木々がへし折れ出来たわだちが敵のいる場所への一本道を作りあげている。


「櫻井、先生は残念だ――」


 それをゆっくり闊歩していく。


「俺の教育が足りないばかりにこんな無謀な戦いを挑ませることになるなんて」


 口調は穏やかを装っているがそこには闘志が溢れている。


「だから、キッチリお前にわかるように教えてあげなきゃな………」


 美川の戦闘ランクは低くない。


 関東随一の異世界エリート学園の教師が弱いはずがない。


 だから、こそ風紀委員の委員長も期待を投げかけた。


『でも、あの人ならきっと――』と。


 この男ならデットエンドを倒せると、


 倒してくれると。


 希望を持っていた。


 美川の戦闘ランクは――Sランク。


 その中でも上位にあたる。



「さぁ、立て櫻井——授業をしようじゃないか」


 美川は倒れている櫻井の胸倉を掴み持ち上げる。櫻井は抵抗なくなされるがままに持ち上げられた。


「午後の授業時間だ……寝ている時間じゃないぞ」


 持ち上げた櫻井に対して美川の右の拳が引き絞られていく。


「先生の残された数少ない授業中だ――」


 抵抗のない櫻井の顔を右の拳で滅多打ちにしていく。


「起きろォオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 すでに美川のその怒りは殺意に近いものがあった。


 片腕で浮かせ、容赦なく縦に横に打ち付ける拳に淀みも加減もない。


 櫻井の体が否応なく衝撃に揺れていく。


 響く打音もいずれは終わりを迎える。


「どうした、櫻井……先生を倒すんじゃなかったのか?」


 胸倉を掴み持ち上げたまま、


「この程度の攻撃でダメなのか?」


 動きが無い櫻井に問いかける美川。


「お前は、タフさだけが取り柄だったんじゃないのか?」


 それは挑発ではなく侮蔑に近い言葉。

 

 だが、それは美川自身が侮蔑されているようなものである。ここまで作り上げてきた計画が全て水に流された。その元凶がこんなに歯ごたえがない男のせいでは悔やんでも悔やみきれない。


 だが応答が返ってきた。



「ふわー、すいません…………」



 とても軽口の応答が。


「あまりに軽い攻撃なんで眠くなっちまいました」

「貴様ァ――――!」


 櫻井にとっても決して美川の一撃は軽い攻撃ではないが、


 強がり欠伸をしながら挑発を返す。


 その言葉に美川の怒りは燃え滾っていく。


獣人化ビーストモード 獅子王ししおう!」


 美川が能力によって体を作り替えていく。細胞のそのものが変化している。


 体格も膨れあがり、金の縦髪に顔を包み、


 王の風格を纏う。美川の特異能力は《獣人化》。


 獣の特性を余すことなく伝えるように自分を作り変える奥義。


 筋力へ怒りが力を込めさせる。


 左手で掴んでいた胸倉を離し、宙に浮いてる櫻井目掛けて、


 両手を背中より後方に引き絞っていく。そして放たれる一撃。


獅子王覇極鋼ししおうはきょくごう!!」


 全身から引き絞られて放たれる二つの掌底が櫻井の体へ余すことなく衝撃を伝える。櫻井の口から吐血が漏れ、先程とは比べ物にならないくらいに飛距離を稼ぎ、土煙を上げ大きな道を作り出していく。


「櫻井、いい授業態度だ。先生が授業に手を抜きすぎていたな」


 音を立てて大木がいくつも倒れていく。


「退屈をさせたみたいで悪かった……」


 鋭い爪を金の体毛を纏った手から生やしながら、


「ここからは先生も全力でいくぞ――」


 笑顔と優しい言葉を装い本気の想いを告げる。


「——殺すつもりでな」


 静かに歩んでいくが美川自身の渾身の一撃が決まったことで、

 

 もう終わったと頭の片隅に刻まれている。


 だが、怒りが収まりを見せることはなかった。


 彼にとって今日という日は――

 

 それほどまでに大事だったのだ。




◆ ◆ ◆ ◆




「美川せんせー、おはようございます」

「おはよう。足立あだちあんまり走ると転ぶぞ」

「大丈夫ですよー、先生」


 美川清春みかわきよはるの人生は順風満帆だった。


 27歳の男性。エリート学園に勤続してから五年目となる。


 数多くの生徒達の未来を導いて来た。


 登校時には多くの生徒が笑顔で彼に話しかける。年が近いこともあったかもしれないが人気の先生だった。気さくで笑顔が優しく頼れる兄のような存在として多くの生徒から愛されていた。


 仕事が終わり家庭に帰れば良き夫であり、


 異世界で連れ添ったヒロインが横にはいる。


 そして、愛する妻との娘も――。


 玄関を開ければ娘が飛びついてくるのが日課だ。


「パパ―、おかりなさい」

「ただいま、アユ」

「あなた、おかりなさい」

「いま帰ったよ」

「先にお風呂にしますか、それともお食事?」

「食事にしようか。アユもお腹空いてるだろう」

「わーい。ごはんー、ごはんー♪」


 娘が夕飯に喜びの舞を踊る。


 それを夫婦二人で優しく微笑みみつめる。


 そんな家族――幸せな家庭。


 学校でも生徒から愛され、家庭でも妻と娘から愛される幸せな生活。


 何一つ不自由などない。そう幸せそのものだった。


 何もかもがいとおしく輝いて見えていた。


 世界とはすばらしいと心から感謝できるほどに充実していた。


 その日常は突如として壊されていった。


 一人の男によって――


 教師生活4年目の2学期。


「おい、お前どうしたんだ、」


 次々と男子生徒が翌朝怪我をして登校してくる。


 謎の現象が彼を待ち受けていた。


「………その、ケガは?」

「いえ……なんでもないです」


 生徒は目を横に逸らし答えをはぐらかす。


 それは強の死亡遊戯による調教の成果でもある。


 二度と逆らわないように調教されていた。


 そんな日々に少しずつ頭を悩ませていく。


 ——どうして……怪我をする?


 彼の正義感が強いが故にだろう。


 だが、それを突き止めるのも時間の問題だった。


 クリスマスの日。彼は宿直を担当することになった日。


「なにやってるんだ! アイツら!!」


 そこで前にしたのは総勢百名近い生徒に囲まれた一人の生徒。


 集団暴行事件一歩手前だった。明らかにおかしい。


 一年生の生徒を二、三年生が取り囲んでいる状況が。


 そしてその一年生が自分の担当するクラスの生徒であり、


 一見大人しくやる気がまったくない人畜無害の男。


 ——涼宮強だということが。


「なッ――!」


 だが、その光景は自分の認識を誤解だと告げるものだった。一対百の戦闘。数の有利がまったく働かない光景。学年の壁などない様相を呈した異常な戦闘。大人しいはずの男が狂気の笑みを浮かべ次々と生徒達を血祭りにあげていく。


 認識の違いが大きすぎて止めに入るはずの体が動かなくなっていた。


 そして、全てがいつの間にか終わりを告げた。


「どうした――遊びはもう終わりか」


 ケタケタとのした生徒の上に足をのっける巨悪な存在。


 圧倒的な戦闘力を誇る逸材。


 美川はその姿を気づくと携帯のカメラで写真に撮っていた。


 廊下で呆然と立ち尽くす彼の視界から、その男は消えていく。


「いったい、何がおこったんだ――」


 いち生徒ではあった。だが特殊過ぎた。


 異世界経験がない時点でおかしいのも知っていた。


 それでもステータスが高いことは知っていた。


 だが、異常すぎる強さ――。


 生徒という枠をはみ出している。そして理解も出来た。


 自分では彼に勝てないことも。


 仕方なく美川は携帯を片手にある教師を頼ることにした。


「ちょっと、山田先生! これを見てください!!」

「あん? なんですか」


 それは山田のオロチ。彼は学校教師の中でも随一の実力を誇っている。ブラックユーモラスの元一員であり、伝説の《竜殺しドラゴンスレイヤー》の一人。


 ブラックユーモラスの創設者の一人であることも、


 美川くらいの年であれば有名な話だ。憧れの対象の一人だった。


 しかし、美川の理想は見事に打ち砕かれる。


 マカダミアキャッツであった彼は英雄とは程遠い存在だった。


 だらけていてやる気が無く、スーツ姿も第二ボタンまで開けてだらしがない。そのうえ、職員室ではたまにスポーツ新聞を開き賭け事に熱中している始末。教職者としては忌み嫌うべき存在となっていた。


 生活態度と教師としての姿勢が自分と落差が激しくて頼りたくはなかったが、


「この写真が何か問題でも?」

「これだけの生徒が倒されているです。涼宮が悪事を働いているのは目に見えて明らかですよ! きっと二学期から怪我をしてくる生徒の件だってアイツに違いないです!!」


 泥水をすするような気持ちで、強いオロチだからこそ頼ることにした。


「だから、何なんですか? 美川先生」

「だから……何って――」

「学生の内は喧嘩ぐらいよくあることです。現に俺も滅茶苦茶してましたし。子供の喧嘩に大人が割って入る物じゃないですよ」


 意を決した交渉だったがとぼけた態度で返される。


 教師として熱意を持って接しても彼という存在は冷めていて怒りが増すばかり。


「山田先生ッ!!」


 だが諦めずに数度に渡り交渉をオロチに持ち掛けていった。


 彼の教師としての熱意が故にだろう。


 そして、オロチも仕方なくあの二月戦いに臨んだ。


「涼宮、オマエ……なんか悪さをしているな?」

「してねぇよ」

「嘘をつくのも大概にしろ」

「母親に嘘は禁じられてる」


 だが、彼の熱意は空回ってばかりだった。


 泥水をすすりながらも交渉を成功させようとも事態は校長によって収束される。


『疑わしきは罰せずだにゃん』


 そして、彼は涼宮強の担任を終えた。


 事態は何も収束できないままに。


 オロチが担任へとすげ変わった。彼にとってこれは自分の手に余ると認識されたという扱いの他なかった。悔しさがこみ上げてくる。仕事の影響が家庭にも出てき始める。


「貴方、最近なにかあったんですか……?」


 妻が夫の険しい顔を察知し心配をなげかけるほどに彼は苛まれていた。


「いやー、ちょっと仕事が立て込んでててね……」


 優しい彼は妻に本当のことを打ち明けられなく強がって見せる。


「あまり無理をしないでくださいね」


 それに優しい言葉を贈る妻。それすらも苛立ちに変わっていく。


 ——なにをやってるんだっ……俺は!


 生徒一人に何もできない自分に嫌気がさし始めていた。


 だが、それを飲み込んで日常を過ごしていく。


 そんな日々に変化が訪れ始めた。オロチが担任になってからの変貌。


 あの夏の戦い、そして学園対抗戦。


 そして――


 新学期早々の土下座事件。


 涼宮強が着実に変わり始めた事件。だが、それが彼には許せなかった。


 彼を受け入れ始める世界が許せなかった。


 自分を含めて陰で泣いた者たちがいることを忘れて、


 のうのうとしている存在が、ヤツが許せるはずがなかった。


 そして、彼は歩み始める復讐の計画を練る道を。


「なぁ、最近の涼宮ってどう思う?」

「先生、私――」


 誰もが許せるわけではない。あの男を。


 そういう心の弱さを共有できる仲間を探した。


 自分と同じ思いを共有できる生徒達を。


「やっぱり、あんなんじゃ許せないです!」

「――そうか」


 彼の元に仲間が集まり始める。強い悲しみを抱えた生徒達。教師である性分故に彼の正義感は復活していく。こいつらの為にどうにかしてやりたい。そういう想いが美川を強くしていく。


 かつて勇者だった――美川清春を。


「コレはなんにゃん!」

「退職届です」


 迷いもなく決意が固まった。いち生徒を襲うのだ。


「なんで……なにもこんにゃ時期じゃなくてもいいじゃにゃいんか」

「もう決めたので……」


 それぐらいの覚悟も出来ている。目的を告げることはできないがこれから起こることで学園に迷惑がかからないように彼なりの配慮と覚悟だった。


 デットエンドへの制裁を実行するという勇者の覚悟――



◆ ◆ ◆ ◆



 今、現在彼の退職日まで残り五日――


「櫻井……まだ授業の休み時間には早いぞ」


 意を決した作戦だった。それを悉くつぶされてしまった。


 一人の生徒によって――


 目の前にいるもう一人の悪の存在に。


獣人化ビーストモード 大猩々コング


 ゴリラの握力は人の握力の4~8倍に相当する。浅黒い毛に覆われた巨大な腕が倒れている櫻井を掬い上げるように宙へ舞い上げる。そして上空から舞い戻ってくる櫻井に目掛けてその攻撃力を倍増した腕が背中目掛けて放たれる。


「ガッ――ハッ」


 堪らず体内の空気が漏れだす。だが美川の怒りは収まるわけがない。


 決死の覚悟で挑んだ戦いを邪魔された相手に対して緩むことをいとわない。


獣人化ビーストモード 麒麟キリン


 その腕が細く変形し櫻井の体が横に零れ落ちたところに、


 体を捻らせた強靭な脚力による足刀がぶち込まれる。


「櫻井、あのなー。勝てるわけがないだろう……」


 そして衝撃で吹き飛ぶ彼を探しに行く。


『櫻井、お前は先生を相手に一人で勝てると思ってるんだな?』


「だって、先生は戦闘ランクSなんだぞ」


 過去の発言がさらに怒りを増幅させていく。


「学年一位の頭のイイお前がどうしてアルファベットの順番すらわからない」


 どうしようもない男の発言が苛立ちを増幅させていく。


『思ってますよ』


「先生……非常に悲しいよ……」


 実力差は歴然。


「お前は戦闘ランク――」


 櫻井の学園での地位を考えれば当然の答え。


 櫻井は底辺も底辺。ピラミッドで言えば土台にあたる男。




「Eランクのごみクズじゃないか――」 




《つづく》

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