後編 聖なる夜のばか騒ぎ

 階段を降りてくる足音が聞こえる。やっと準備が終わったようだ。


 なんか意外と長い時間待たされた気がする。


 クリスマスだというのに緑茶を二杯も飲んでしまった。


 いままで、一体なにをやって――!


「が――ッ!?」


 三人娘が登場した姿に俺は目を見開く。


「きょ、強ちゃん………」

「師匠♪」

「昴ちゃん……これ、やっぱり恥ずかしいよぅ……」


 明るいチビ子とモジモジする玉藻。


 そして、さらに扉の陰に隠れている妹。


 というか――えっ、ナニコレ!?


 ちょ、ちょっと――。


「師匠、どうですか? 私たちの衣装は!」


 どや顔で赤髪チビ子が聞いてくるがどうでもいい。


 トナカイコスを来てもチビ子はチビ子。


 というか、なんでトナカイやねん。


 皆の笑いものだからだろうか、滑稽な様はトナカイっぽいが。


 チビ子とかでどうでもいい、


 それよりだ――。


 そう思いながらも俺の鼓動はバクバクと脈を打っている。


 動機が激しく動揺が激しい。


 視線の行き場に困りながら俺は気合を入れる。


 ――玉藻っ……


 そこには刺激的なミニスカートで白ニーハイ。


 肉付きのいい肌色の太ももを露わにして、


 ――また、うわ乳見えてんぞー!! 


 うわ乳まで見えてる過激な赤い衣装の玉藻が立っていた。


 というか、手を下で汲んでモジモジしているからより、


 パイオツが強調されている。破壊力が高すぎる!


 寄せてあげてのコンボ技! 涼宮選手のライフがガンガン削られている!!


 くそ、幸福の敬礼が発動して動きが鈍くなるッ!!


 鼓動がどうしたどうしたと内側から殴りつけるように高鳴り脈を打ってくる。


 頭が熱でぼぉーとして思考が廻らない。直視できん!


 やばい、やばい――。


「強ちゃん……変かなー―」

「変……ではない!!」


 たどたどしく声を張り上げて虚勢を張る。


「変ではないけども!」


 のぞきこまれてる気配がするが直視できず、


 俺は顔を横に逸らし答えている。顔が熱を帯びていく。


 次に見たらヤラレル気がする。


 これ以上見てはいけないと幼馴染の背徳感がある!


「なら、よかった♪」

「いいんじゃないか……クリスマスだし……」


 くそ、動揺が隠し切れん……プールより破壊力が高すぎる。


「そう、クリスマスだし!」


 というか、太もも見えて、胸見えて、


 ちょっと全体的に布が少なすぎませんか……ん?


 こんな破廉恥な格好であるということが問題。


 俺は気づいてしまった。これは大問題だと。


 ——うちの妹、どうなってん!?


 俺は急いで美咲ちゃんの衣装に目を向ける。


 なにやら……玉藻とは違い……。


 ポンチョというのか袖がついてるものを着ている。


「おぉー…………」


 首のところの黒い大きいリボンが特徴的で、


 帽子までかぶって良く似合っとる。


 ―—あれ? クリスマスなのに天使がいるよ?


 思わず神界からの使いがと想い目を擦る。


 でも、消えない天使。


 なんか美咲ちゃんを見ていたら落ち着いてきた。


 天使の姿に俺のエロイ感性が浄化されていく。


 背徳感すら打ち消す、神々しいお姿。やはり、うちの妹はかわいい。


 見てると、ほんわかするよ。


「ちょっとお兄ちゃん、ジロジロ見ないでよ……恥ずかしいんだから」


 扉にコソコソ隠れる妹かわゆすですなー。


 天使というか天使というかマジ天使。


 恥ずかしがり方も相変わらず奥ゆかしい。


 あの綺麗な天使はどこの天界の子ですか?


 ——涼宮家のものです!


 俺の妹ですよと世界中に自慢したいくらい、


 美咲ちゃんマジエンジェル!!


「いや、良く似合ってるよ、美咲ちゃん!」

「うん、良く似合ってる。かわいいよ」


 さすがの櫻井でも俺に賛同するように優しい声で、


「そうですか…………エヘヘ」


 美咲ちゃんに賞賛の声を上げた。


 それから――


 その衣装のまま食事を食べて談笑して過ごしていた。


 笑い声が絶えない感じで、なんとなくクリスマスっぽいものがあった。


 まぁ、毎年あった玉藻誕生会に今年は二名追加されたのだから、


 例年よりにぎやかだ。


「強ちゃんの部屋、久々に見てみたいな♪」


 少し時間が経ち皆思い思いにくつろぐ中で玉藻の声が聞こえた。


「別に前と変わんねぇぞ」

「一年経ったら……変わっちゃってるかもしれないよ」

「まぁ、別にいいけども」


 俺は玉藻と二人で俺の部屋を目指す。



◆ ◆ ◆ ◆



 どうやら、強にチャンスが訪れたようだ。


 アイツ、いつプレゼント渡す気なんだ?と俺はずっと気になっていた。 


 俺と美咲ちゃんはケーキが出ると同時に渡したが強はポケットに手を突っ込んだままモジモジして終わってしまった。ロウソクの火が消えると困るから、強の動きに気づきながらも鈴木さんがしょうがなく吹き消した感じだ。


 アイツの不器用さは国宝級だな、まったく。


「先輩、コーヒーのおかわりいりますか?」

「うん、お願いするよ」


 ほんに気が利く子だな。


 器用な遺伝子は妹に全部持ってかれて、枯れたせいかもしれないな。


「昴ちゃん、風邪ひくよー」


 赤髪はおなかいっぱいになったようで舟をこいでいた。


 そこに優しく毛布を掛けてあげる美咲ちゃん。本当いいだ。


 これはピエロサンタとして、


「ハイ、コーヒーです」

「ありがとう。そうだ、美咲ちゃん」

「なんですか?」



 ——何かしてあげないとな。


「ちょっと、目をつぶってみて」

「えっ――!?」

「少しだけでいいから」


 包まないとな――剥き出しのアレを。



◆ ◆ ◆ ◆



 えっ? えっ?


 先輩……いったい……えっ?


 目をつぶるって、何ですかぁああ!?


「三分ぐらい目をつぶって頂戴」

「さ、三分!?」

「そう」


 優しい先輩の笑顔……そして、三分ってちょっと長すぎませんか!!


 したことないんでわからないんですけど、三分!!


 三分もするものなのですか!


 カップラーメンが作れちゃうぅううう!!


「ほら、早く閉じて♪」

「は、ハイ!」


 私は動揺しながらも言われたとおりに静かに目を閉じる。


 暗闇の中で自分の鼓動のけたたましい音が聞こえる。


 ——クリスマスに私の家で今二人っきりの状況で…………


 意識が集中しているせいかドンドンと強い音が聞こえる。


 体の中で反響してより大きい音。


 ―—目を瞑れってどういうこと!?


 頭の中で妄想が加速する。


 ―—というか、この状況ってなんだろう!!


 ―—やっぱり


 ――これって、キス?


 ―—食べた後に歯を磨いてない……


 ——えっ、というか付き合ってもないのに!?


 まさかの――


 ——プレイボーイで待ったなしのプレイボール!!


「おまたせ…………」


 ―—心の準備がまだですぅううううううう!!


「もういいよ」



「えっ?」


 先輩の声で終わったことに私は驚く。初体験が終了のお知らせ。


 どういうことでしょう。ファーストキスは無味無臭。


 何をされたのか………スピードが速すぎてわからない。


 それとも緊張しすぎて口の感覚がマヒしている?


「これ、クリスマスプレゼント」


 綺麗に赤い包装紙に緑のリボンが十字にラッピングされているものが、


「えっ、私にですか!?」


 差し出されました。


「色々お世話になってるしさ。たまたま手に入ったからあげる」

「いいん……ですか?」


 プレゼントとか私は用意していないのに。


「——いいよ」


 先輩の優しい笑顔に私は思わず照れてしまう。


 クリスマスっぽい雰囲気にちょっとだけ酔いしれる。


 なんかこういうのに憧れていたこともあったから、


 甘酸っぱい青春の香りがする。


「中身はだから」


 私が料理好きなのを知っていて……


「料理好きの美咲ちゃんにぴったりでしょ♪」


 ―—包丁を!?


「ずっと……」


 先輩から私にプレゼント……


「大事にします!!」


 ちょっと、うれしいな!!



◆ ◆ ◆ ◆



「変わってないね……昔とちっとも……」


 俺は玉藻を部屋に案内した。


 なにか嬉しそうにしみじみと俺の部屋を徘徊する玉藻。


 まぁ、帰ってきてから部屋にあげたことなかったな。


「強ちゃん、ちょっと待っててね♪」

「あん?」


 部屋の外に玉藻が出ていった。というか、


 案内させてどこに行くのだ、アヤツは。


 家の部屋のどこかの扉を開けた音がした。


 トイレにしては早すぎる。一瞬で開けて閉じたような音。


 そして部屋に戻ってきた。


「なんだ玉藻、それは?」


 様子が変わっており何かサンタらしく得意げに白いデカい袋を抱えている。


 コスプレの一環だろうか。コスプレアイテム的なもの?


 それよりもこの天然バカに注意をしなければいけない。


「お前、うちの部屋を勝手に行き来すんなよ……」


 美咲ちゃんの部屋に俺が入ろうものならどんな目に合わされるか。


「俺の部屋はいいけどよ……」


 想像しただけでも怖いわ。俺では責任がとれん。


「その布袋をどこから持ってきた?」

「強ちゃんに……渡しそびれてたから」


 俺の質問に答えずに袋の中をごそごそ漁る巨乳サンタ。


 どこからと聞いちょるのに、渡しそびれたとかなに言ってんの?


「はい、誕生日プレゼント♪」


 大きい枕が手渡され俺はそれを抱きかかえる。


 感触を楽しみたいがなんとなくひかかっていることがある。


 ―—というか、なんて言った?


「これって……」


 ——誕生日プレゼント?


「渡しそびれちゃったから……喧嘩になって」

「えっ……喧嘩?」


 ―—うん………あれ……?


 ―—そういえば……あの日は七月七日!?


 俺が玉藻と麦茶飲んで喧嘩した日が俺の誕生日だったことを忘れていた!


「じゃあ、玉藻……あの時――」


 あの日に家に来たのはこれを渡すためだったのか……。


 俺の誕生日を祝う為に…………。


「そう……本当はお誕生日をお祝いしにきたんだけどね……」


 玉藻は不思議そうにする俺に


「ごめんね……怒らせちゃって」


 舌をペロッと出して謝った。


「いや、あれは……」


 玉藻が首を傾げる。あの日に俺はイラついていた。


「俺が誤解してたのもあるし……」

「誤解?」


 どうしようもなくコイツの発言が無責任に思えてしかたなかったからだ。


 それは俺が誤解していたのが拍車をかけたことだったのだが、


 誤解の内容は――


 言えるわけがない!!


「それより、あれだ、あれ!! 俺もお前にプレゼントあるんだ!」

「えェエエっ――!!」


 なんですか……その反応?


「そこまで驚くこともないだろう」

「だって……強ちゃんのことだから、あげてないからくれないかと思ってて」


 うっ………俺のことをよくわかってやがる。バカのくせに。


「そんなわけ、ない、だろう……」

 

 ちょっとやましい気持ちを持ちつつも櫻井との物々交換で得た、


 わらしべ長者アイテムを取り出す。


 モジモジしている巨乳サンタコスプレイヤーに俺はプレゼントを渡す。


「わぁー、ありがとう、強ちゃん♪」

「ちょっと高いやつだ」


 一万円もするやつだからな。


「うれしいな♪」


 そういうと玉藻はうれしそうにプレゼントを掲げながら俺の布団に倒れこんだ。プレゼントを両手で大事そうに抱きかかえ幸せそうな笑顔を浮かべている。まぁ何上げてもコイツは喜ぶのだが、こういう表情を見ると存外渡してよかったと思えてしまうのは内緒のこと。


「エへへ、本当にありがとう、強ちゃん」

「別にいつも通りだろう」


 いるときは毎年上げているのだから。


「枕、使ってみてよ♪」

「あぁ、使ってみるか」


 俺は布団に枕を置き横になってみる。


 ふかふかでいい感じのクッション。さすが鈴木家チョイス。


 これはテンピュール的な質感に吸い込まれる。


 程よい固さで支えながらも頭にフィットしていく。


 ―—やべぇ……気持ちいい。


 枕のあまりの使い心地の良さに、


 ゴロゴロしていると不思議なことに、


 視線が合う――。


 というか、これ!! 添い寝みたいになってんだけども!!


「強ちゃん……」


 なんか目が潤んでるんですけど!! えっ、えっ、上乳見えてるし!!


 おっぱい近いし!


 俺の鎮まっていた鼓動が再び排気量を格段に上げだした。


 忘れかけていた熱が上がってくる。


 破廉恥な幼馴染のセクシャルアタックに俺の心は打たれる。


 動揺が止まらない!


 玉藻が静かに目を閉じる――。


 ―—えぇー!? これが高校生!?


 俺は深呼吸をして高まる鼓動を押さえつける。


 しかし、そんな抵抗は空しく、確実に音量は増していく。


 これは――


 そういうことなのか――


 俺も思春期の男子。目の前にサンタコスした女子高生。


 ―—これは男を試されているかッ!?


 やるのか――


 やるべきじゃないのか――


 思考がぐるぐる回る。俺は静かに目を閉じた。


 ―—えぇいー、ままよ!!


 口びるを近づけていく。


 心意気を固めて一大決心を決行する。


 コレをしてしまったら幼馴染であるという一線を越えてしまう。


 だが、セクシャルアタックを前に俺の精神はダウン寸前。


 おまけに甘い挑発に心はグラグラとしている。


 ―—ぜんわぬは男の恥と知れ


 冷静な判断など出来るわけもない!


 ――涼宮強!!


 だが、違和感を感じ俺は動きを止めた。


「お~い、玉藻…………」


 それはかすかな……かすかな違和感。


 俺は目を開けて確認する。目を閉じて気持ちよさそうにしている。


「すぅー………すぅー」


 寝てやがる……そうだった、忘れてた。


 前にいるのはサンタコスの女子高生だが……天然の玉藻だった。


 人を振り回すのを得意とする無邪気な女。悪気がない分逆にタチが悪い。


 俺の一大決心は敢え無く撃沈した瞬間だった。


 目の前の天然バカは俺を馬鹿にするように眠っている。


 高校生二年になっても玉藻は変わらない。


 玉藻は玉藻のままだった。



 俺は仕方なくリビングに戻ることにした。


「櫻井先輩、私もたまたま手に入れたものがあるんです!」

「えっ?」

「これお返しプレゼントです!」


 ―—なんだ? 美咲ちゃんがピエロにプレゼント?


 ―—お兄ちゃんには無いのにッ!?


 俺は静かにその風景を見守る。


 リビングの扉の前で堂々と――。


「美咲ちゃん……これ」


 うちの妹が自信満々にプレゼントを手渡し櫻井が口を開いた。


「センパイならきっと気に入ると思って♪」

「……えっ?  女ものなんだけど……」


 違うよ――美咲ちゃん。


 わかってない、わかってない。


 そんなは、櫻井に似合わないよ!


 俺はリビングに足を運んでいき赤髪が持ってきた衣装セットから、


 違うものを急ぎ取り出した。


 ——櫻井に似合うのはコッチだよ、美咲ちゃん。


 俺は櫻井に向けて手を伸ばした、カポっと音がした。


「なにしてんだ……強?」

「お前が本当に欲しいのはこれだろう……」


 やっぱりこっちだよ。


「なんだ……その満足げなツラは……」


 俺のチョイスは完璧だ。


「お前が、今考えてることは触れなくてもわかるが………」


 俺はニッコリ笑う。


 よく似合ってる――最高に似合ってるぞ。


「お兄ちゃん……こっちなの?」

「こっちで間違いないよ」


 俺が選んだのはトナカイ衣装セット。


「いいや、間違ってる――」


 そこから、ひとつを取り出したのだ。


 俺は確信している。


 絶対あってる。だって、


 真っ赤な、お鼻の――ピエロさん。


「取れねぇぞ、コレ! 呪いのアイテム!?」

「ピエロの標準装備だからな」

「先輩から頂いたコレで斬りましょうか!」

「怖いって!?」


 そうして、俺たちがバカ騒ぎした聖なる夜は終わったのだった。




《おしまい》

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