第36話 こいつはそういう存在だ――俺にとって。

「かかってこいや、オラぁああああああああ!!」


 豚の戦いも見るに堪えん……。


 相手の選手と槍とヌンチャクでど突き合いをしている。ベンチの横ではセンターが苦しそうな呼吸をしていた。俺はイラつきの目でセンターを睨みつける。


「ハァハァ――」


 なんでこんな具合悪くまでやんだ、このバカ達は。


 ふざけやがって。死んでまで目立とうとするなど愚かの極み!


「何やってんだよッ!」


 アホな連中だ。高校生にもなってそんなんもん分からんからアホなんだ。


 マヌケなんだ、ったくよ。何が学園対抗戦だよ、ふざけやがって!


 こうなるから止めさせろというゆうちょろうに!


「勝者、マカダミアキャッツ学園!!」


 アナウンスが聞こえると同時に


「オイ、豚! コッチこぉおおい!!」


 俺は立ち上がり、急いで豚をこっちにこまねく。


「なんでふか?」


 豚はうれしそうに俺に近寄ってきた。


 俺は近づいた豚の前で一瞬笑みを浮かべて右手を振り上げ


「オセェエエエエエ!!」


 頭に拳骨を入れる。


「痛いでぶっ!!」


 さっき逃げられた分を忘れていない。


 おまけに試合はタラタラしとるわで怒っているのだ。


 ただ加減は極力してやった。センターが悲鳴で起きるといけないからだ。


「ぐにゅぅうう……」


 俺の怒りが伝わり豚は涙目になり両手で頭を抱えながら座り込んでいるが許さん。俺は怒りの眼光を豚に向け続ける。


「天誅だ、ぶた者ッ!」

「……ごめんでふ……」


 俺が怒りの眼光で見つめてるのに気づきヤツは上を見上げて謝ってきた。


「おせえんだよ、チンタラしやがって! あとは俺がやるッ!」


 コイツに任せてたら時間がどんだけかかるかわかりゃしない。


「どいてろ、邪魔だ!」


 豚を引っ張ってベンチに放り投げて俺は闘技場のリングへ早足で上がっていた。急がなきゃいけない事態だということだ。そして、大きく声を張り上げる。


「選手交代ぃいいいいいいいいい!!」


 俺の声に観客席はざわついた。


「マカダミアは毎回乱入してくるな……」「またアイツが出てきたぞ」「毎回何かの作戦なのか?」


 審判は呆気に取られた顔をしている。


 ただ、どうでもいい。早くしなきゃな。


 俺は観客の声を無視して審判に近づく。


 早くしろと睨みつけると激しく頭を縦に振って。


「わかりました……選手交代承りました!」


 それを聞いて俺は相手に目を向ける。いつも通りにやついている。


「マカダミア、急遽選手交代です! いつもながら……何をしてくるか分からない、マカダミア!」


「そういう能力かもしれないぞ」「なんだよ、そういう能力って?」「仲間が瀕死になると強くなる的な……」「いや今のやつ瀕死じゃないだろう……」「今度こそちゃんと見極めてやるよ」「どうなんだよ……これ」


 目の前に立つのは頭に白いバンダナを巻いた学ランを来た白ティシャツの男。そして、うちの病人と同じくセンターセパレート。だが、キザな部分がウチの塩とは違う。粗塩みたいなやつだ。


「燃えてろ」


 指から火を出してドクロの絵を浮かび上がらせて中二的発言にピキっと来た。どいつもこいつ邪魔クセェええ。もうすでにイライラ状態なのに火を注ぐやつらばかりだッ。


「はぁ~……俺は急いでんだ」


 俺は構えを取る。


「テメェらの三流サーカスに付き合う気はねぇ」


 俺には急ぐ理由がある。


「早くおわらすぞ。こっちには病人がいるんでな」


 構えを取り終え決意を告げる。


「三秒だ。三秒で終わらせる」

「三秒と来たか面白い」


 それを聞いて相手はくくと笑い出した。


「早く終わらせたいなら、また初戦同様ギブアップしてもらってもいいんだぜ」

「ふざけてるの顔だけにしとけ……」

「それか俺に燃やされるかだぜ!」

「うるせぇ黙ってろ、舌噛むぞ……」


 どこからその自信がでてくるのか……


 能力ってやつのせいなのだろうか。


 手から火を出して遊んでる大道芸人の分際で。


 そして、どいつもこいつも勝ち誇ってやがるのが鼻につく――


「試合開始!!」


 開始と同時にバンダナが腕に炎を纏っている。

 

「もえろぉおオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 相手は右腕に纏った炎を大ぶりで横に振り払う。炎が線を作り熱で視界を歪めてる。前方に向けた広範囲攻撃。振るわれた先の闘技場が燃えてやつの前方に巨大な炎の壁に作り上げている。


 景色を歪ませる炎。


「どうだ!! アチィだろ!?」


 ―—熱くもねぇよ。どこ見てんだノロマ。


 相手はどうやら俺を見失ったらしく明後日の方向を向いて勝ち誇っていた。


 もう俺は移動を終えているのに。


 もうすでに攻撃態勢に入っているというのに――


「後ろの正面」


 ——三秒と言ったが、三秒待つとは言っていない。


「——えっ?」


 ―—えっ、じゃねぇよ。


 俺は言葉通り背後から声をかけた。もうすでに真後ろへの移動を終えている。


 ヤツが腕を振り下ろすより早く振り終わったときには到着している。


 振り向こうとしているソイツの無防備な背中を


 


「俺ダァアアアアアアアアアアア!!」




 右の拳で殴りつけた。ガードすらさせる気も無い一撃。


「ガァッ!!…………」


 いつもなら手刀でトンとするがそういう場合ではない。


 一撃で三秒かからずに決めなければならない状況だ。


「辺り一面が炎に包まれて……あれ?」


 相手は白目をむいて意識を失ってその場に崩れ落ちている。なのに、またアナウンスが止まってる。センターが具合悪いんだ。


 ——早くしろ……。


 毎度遅いアナウンサーの反応がイラつく。


 ——もう倒れてんだろうがァっ!


 審判も動かずに見ているのもムカツク。


 ―—まったくどいつもコイツもとろい!


 俺は手をぐるぐる回し巻きのポーズで早くしろと試合終了を伝える。


 ——病人がいんだぞ! 早くしろよッ!


「……勝者……マカダミアキャッツ学園!!」


 俺は急いでベンチに向かって歩き出した。


「アナウンスがおせぇんだよ、いつもいつも!」



◆ ◆ ◆ ◆



「あいつ……何したんだ?」「毎試合、アイツのだけは何が起きたかわからん」「すごい音したよな……」「マカダミアって、もしかして今年強いのか?」「4勝だからな……きっと強いだろう」「っていうか、いつのまに背後に移動した?」


 会場もようやっと理解したようだ。涼宮強という存在がどれだけやばいか。


「これって、え、ちょっと待ってよ! スタッフ本当にこれあってるの!?」


 そしてアナウンサーが放送事故をやらかしている。


「いや……現場見てましたよね。本当ですよ」


 マイクを切り忘れているのかスタッフとのやりとりが会場に流れちまっている。


「あの子だけオカシイことになってますから」


 観客もざわざわしたままそれを聞いていた。


「ヤバいでしょ、試合時間が二分に届いてないってどういうことなのよ!」

「でも、マカダミアの涼宮君だけそうなんですよ!」

「確かに……そうだけども」

「あの子だけ毎試合数秒で終わらせちゃうから、四戦全部を足しても一分十秒しかないんです! 編集しようにも無理ですよ!!」

「じゃあ彼の決勝の紹介VTR作れないじゃないのっ!」

「だからマズイから、どうにかアドリブで伸ばしてくださいってお願いしてるんですよ!」


 どうやら製作側の事情が垣間見えるがとんでもない情報に観客は混乱している。アイツ二分試合してないらしいぞとか、アイツの試合確かに秒で終わってる印象しかないとか。誰もが混乱を示す。戦闘と呼べるものでなかった戦いの積み重ねがその異常さを段々と浮き彫りにしている。


 とりあえず、語彙力を失ったように広がっていく――ヤバイ。


「ちょっと二人ともマイクきり忘れてますよ!」

「「えっ?」」


 そこでブツっと切れた。生々しい放送事故だ。


 客席で見ていた俺は思わずぐちが漏れちまう。


「どいつもコイツも瞬殺だな……」


 まぁしょうがないか。


「さすが師匠ぉおおおおお!! ゲキつよ!! 鬼つよ!!」


 赤髪は本当にうるせぇ。


 仕方ないとわかっていてもやるせない。高校生ごときで強相手にまともに時間を持たせるやつを探す方がむずい。それこそブラックユーモラスあたりの上位を連れて来るしかないから……。


 結構、困るんだよなー。


 いまだにアイツの強さの底は見えない。監視としてこれは困る状況だ。


 もしもの時の対応が取りづらい、というか想定できない。


「……玉藻ちゃん、遅いですね」

「あれ?」


 美咲ちゃんの発言で俺も気付いた。そういえば首を絞められていない。


 きっと、今頃――


『強ちゃんが燃えちゃって、消し炭になっちゃぅううううううううう!!』


 とか言って、俺の酸素吸入を妨害しているはずなのに。


 女神の顔を被った殺戮の悪魔がいない。青黒髪のデーモン鈴木玉藻。


「何かあったのかな……私、ちょっと探してきますね」


 そういうと彼女が席を立ちあがったので、


「俺も行くよ。こんな場所で女の子ひとりじゃ危ないし」


 俺も一緒についていくことにした。


「センパイ……」

「二人の方が何かと早いっしょ。ホットドックのお礼もあるしね♪」

「ありがとうございます」


 やはり先輩であるならば後輩の手助けもするのは当然だ。おまけにこんな後輩なら望むところだ。ギブアンドテイクは既に成立している。何回か食事をごちそうになっているわけだし。


「じゃあ、行こうか」

「ハイ!」


 少し見つめ合い、それから二人で移動を始める。


「………………」


 赤髪を一人残して――。



◆ ◆ ◆ ◆



 校長たちの集まるVIP室でも話題は完全に支配されていた。


「どうなってるんでちゅか……」「マカダミアが……オカマカダミアが……オカマカダミアファミリアがクマ」「ムキィイイ、なんの能力か分からんウッキー!」「オット……」


 敗北者たちの嘆きを聞いてにゃんこは


「にゃはっはっ!」


 ご満悦に高笑いを浮かべる。それもそのはず一時はどうなるかと思って、


 冷や冷やしたが終わってみれば全勝。昨年の記録を逆転させる結果。


「あんな奴を隠してるなんて汚いでマウス!」「どうみてもおかしいクマ! 反則クマ!」「アイツだけおかしいレベルになってるだウッキー!」「オットなげない、オット!!」


「なんとでもいうがいいにゃん!」


 もはや、それは猫への抗議に変わっている。


 涼宮強が強すぎるが故に反則だと物申している。


 猫は勝者の余裕からその抗議をさらりとかわす。


「反則も何もハンデありみたいなもんにゃん。あの子は能力がないにゃんよ」

「何を言ってるでちゅ……」

「本当ことだにゃん。あの子は無能力者にゃんよ」

「だとしたら、あの動きはなんだクマッ!?」

「持って生まれた力なだけにゃん」

「どういう修行すればあんな動きが身に着くっていうのでウッキー!」

「修行などしてないにゃん」

「どんな異世界経験をしてきたというんで……オット」

「あっ、それも未経験にゃん♪」


 動物たちが騒ぎになる。そんなデタラメな経歴があるわけがない。


 猫は嘘などいっていない。逆にその騒ぎっぷりに酔いしれている。


 騒げば騒ぐほどわかってしまう。


 マカダミアが圧倒的に有利なのだと。


 マカダミアの涼宮強という最強の秘密兵器の有用っぷりに――酔いしれる。


「隠している能力がないと聞いてほっとしたわん」


 だがそこに水を差すものがいた。


「そうで、あれば楽勝だわん」

「にゃん……だと?」


 慌てる動物校長たちの中で一匹犬だけは余裕を見せている。


 猫が秘密兵器を持とうと動じない。


 なぜなら関西も同じく無敗を誇っていることもある。


 しかし、それだけはない――


「身体能力だけなら、如月隼人きさらぎ はやとには届かないわん」


 絶対的に自分の学校のエースを信頼している。


「おもしろいにゃんよ……」


 だが、こちらもダークホースに絶大の信頼ではなく圧倒的勝利を確信している。


 そして二匹は火花を散らす。


「決勝戦でわからせてやるにゃんよ!」

「こっちのセリフだ、わん!」


 ペット戦争の強ペット二体の火花がVIP室に飛び散る。




◆ ◆ ◆ ◆



「涼宮こっちでふ!」


 先導している豚が進む方向を指さす。


「わかってるよ!!」


 俺はセンターを背中におぶさって急いで救護室を目指す。病人が背中にいるのである程度スピードを抑えて進む。前の人だかりを豚がどかしていく。


 ——大丈夫か……センター!


 救護室に入り意識を失っているセンターをそっと白い布団の上に横にした。


「小泉シャン!!」


 猫耳が慌てて部屋に入ってきた。


 ご主人の苦しそうな姿に動揺しているが、そんな暇はない。


「猫耳早くしろ!! なんかマインドゼロってやつになって、苦しそうだぞ!」

「ハ、ハイ!」


 猫耳は慌てて治療に取り掛かった。俺も心配そうにそれを眺めていた。


 本当に命に別状はないのだろうか。意識がなくなりつつある。


 荒い呼吸だけが聞こえてくる。


 それだけだと状況が分からないから不安にならざる得ない。


「ちょっと、涼宮!!」


 ドアが大きい音で開いた。


「ミカさん! ちょっと待ってください!」

「離しなさい、サエッ!」


 金髪貴族様が怒りながら俺に近づいてきた。三つ編みメガネが必死に金髪を制止しようとしているがそれを引きずって足音を荒々しく立てて近づいてくる。


 だが俺は無視した。コイツに構ってる時間がもったいない。


 猫耳が必死に手から光を発しているがセンターの顔色は以前と悪いままだ。


 ——本当に大丈夫なのかよ……これ。


「こっち向きなさいよッ!」


 無視を続ける俺の胸倉が強く掴まれた。自分を無視するなと偉そうな貴族は俺を睨みつけてくる。向きを直されたせいで嫌でもその顔が目に入ってしまった。


 目を血走らせて仇敵でも見つけたような顔している。


「アナタまたふざけて……試合中に田中さんを殴るし!! どんだけマナーが無いのよぉおおお!!」


 ―—なに言ってんだ……コイツ。


「そんなことは……いま関係ねぇだろう……」


 俺は声を震わし返した。試合中に殴ったとかどうでもいいだろう。


 ―—ソレがいま大事なことなのかよ。イマすべきことなのかよ。


 俺は怒りから歯を強く噛み合わせる。


「どういうつもりなの、アンタ!! いい加減、限界よ!!」


 見てれば金髪が憤慨していることは伝わってくる。


 ―—俺もそろそろ限界だ。


 けど内側から違うだろうという俺の意思の方が自分に伝わってきた。


 ―—だめだ、こらえることができねぇ……。


 こういうことじゃねぇだろう。


 ―—女相手でも……。


 俺は掴まれてた強く握り手を引き剥がした。


「な、な、離しなさい!!」


 焦る金髪を呆れたように睨み返す。こんな状況で何をやってるのかわかっていないのか。今やるべきことは本当にそんなことなのかよ。苦しそうにしているヤツがいてもどうでもいいのかよ。


 俺を責めてる場合じゃねぇだろう――。


「なにがマナーだ……アホか、お前ら」

 

 相手の目を強く睨みつけた。本当はもっと早くどうにか出来たのではないかと。


「お前らの四人がかりで豚を治療していたけど、どうみてもあっちの方が重症だったろうがぁあああ!!」


 俺の怒りは限界に達した。


「前の試合も、その前も!!」


 別に俺は怪我をしていない。ただセンターはいつもボロボロだった。一番初めに出ていくからアイツがボロボロになるのは当然だ。それは必然で当たり前のことだ。


 少し考えればわかったはずだ――


 ちょっと見ればわかっていたはずなのに――


 こいつ等はッ!


「目腐ってんのかぁあああああああああ!!」


 俺の罵倒は止まらなかった。怒りに身を任せるように口が動いていた。


「何がマナーだ……」


 俺は普通じゃねぇからわからねぇよ。常識だの、マナーだの、


「お前らのマナーっていうのが糞みてぇなもんだから、学びたくもねぇ」


 お前が好きそうなことは分からねぇかもしれねぇ。


「俺をにらみつけて文句言ってる時間があるなら、」


 ただ俺が思ってることが間違いだとも思わねぇッ!!





「アイツを回復すんのが先だろうガァアアアアアア!!」





 俺はすべてを言いきりバカ女の手を振り払った。


 呆けてる奴らを前に呼吸を荒くしていた。


 全員が俺の怒声に動かずに固まっている。


 怖いのか震えてやがる。怯えた目で俺を見ている。わかってる。お前らが俺をそういう目でしか見てないのはわかってる。こいつ等は何時もそうだ。


 俺のいうことを理解できない。変な奴を見る目でずっと脅えて見てくる。


 何も理解しようとしない――


 こんな下らないもんに――


「もう、お前らで好き勝手にやってろッ!」


 付き合ってられっかッ!


 俺は救護室の椅子を蹴飛ばし外に出た。




◆ ◆ ◆ ◆




 救護室は嵐が過ぎ去った様に静まり返った。


 緑色の丸椅子が衝撃で円を描くように転がっている。


 その音が静まり返った救護室に響く。


「みんな、小泉の回復を優先してあげて欲しいでふ……」


 その重い空気の中、一人の男が口を開いた。


「田中さん……わかりました」


 金髪は静かに返事を返して疲れ切った小泉の治療に向かう。他の取り巻き三名も合流し小泉の体を大きな光が包み込む。回復役五人がかり。次第に小泉の呼吸も顔色も正常に戻っていった。


 小泉も途中から目を覚ましていて事の全てが聞こえていた。


 涼宮強が何を怒っているのかと――。


 小泉と田中は自然に目が合い


「「プハハ――」」


 思わず笑ってしまった。


 それは不思議だった。先程の静まり返った救護室は修羅場ともいえる状況だったのだ。その中で二人は空気を壊すように楽しそうに笑っているのである。


 その様子に猫耳の子以外はきょとんとしている。二キルだけはわかった。


 控室でのやりとりを全て見ていたからどういうことなのかと。


 涼宮強という者がなんなのかと。


 だから、猫耳少女は笑って二人の男に話しかける。


「本当乱暴な言い方ですね……涼宮シャンは」

「本当だよ、あれじゃあダメなんだよ……」

「でも僕にはわかるでふよ」


 会話の意味が分からないものには勝手にキレて勝手にどっかへ行ったようにしか見えない。自分勝手でどこまでも野蛮で暴力的でヒドイ男である。それでもわかることもある。


 三人だけはわかる。


 涼宮強が小泉のことを優先したこと。本当に心配していたこと。気遣って救護室に運びこみ、いの一番に症状を二キルに伝えた。試合を誰よりも早く終わらせた。その為に田中と無理やり選手交代したことを。


 不器用すぎることがハッキリとわかるから。

 

「やっぱり、そうでふ。間違いないでふよ」

「そうだね、田中」


 小泉は田中の言葉の意図をくみ取り賛同する。


「涼宮はかっこいいやつでふよ」

「な、なにを言ってるんですか!?」


 ミカクロスフォードが声を荒げる。何ひとつ涼宮強を知らないものはヤツの中身を知ることはない。ただ野蛮で暴力的で自分勝手極まりない。だからこそ憤りが消えない。


「田中さん……アイツにどんなヒドイ目に合されたのか」


 田中に対して疑問を突きつけた。


「覚えていないんですか!!」」


 クラスで一番デットエンドから被害を受けたのはこの男である。


 それを忘れたのかと問うている。


「覚えてるでふよ……色々されたでふ。けど――」


 田中はイジメられたことを忘れたわけではなかった。


「好き放題してるのがカッコいいんでふ」


 ただ笑ってそんな過去など吹き飛ばしている。


 それは田中にとっての涼宮強という存在は、


「僕にとっては涼宮はかっこいいんでふ。憧れなんでふよ」


 ちょっとだけ他のものと違うから。


「少しだけ、僕の話を聞いて欲しいんでふ」


 だから、田中は笑ってみんなに話しを続けた。


 自分の知っている涼宮強を語るべく――




◆ ◆ ◆ ◆




「どうにも……イラつく」


 俺は一人控室を後にして通路をポケットに手を突っ込み不貞腐れて歩いていた。


「ふざけやがって、マナーだ?」


 どうにもこうにもムシャクシャする。何なんだよ。


「誇りだ? アホか!」


 何も考えてないやつはすぐ形が無く意味の無い言葉に飛びつく。そして、それを誇らしげに盾にして正義感を振りかざす。誰かを馬鹿にするために。自分が正しいと押し付けるために。


「バカどもが、ウザッテェ!!」


 俺は間違ってないとイラつきを口に出しながら歩いていたら、


「なにやってんだ……アイツは……?」


 視界に一人通路で座り込んで寝ているのが映る。地べたに座り込んでいるアホ。酔っ払いのような姿に呆れて怒りが消えてくる。しかもそれが自分の知り合いとなれば尚更呆れるほかない。


 ため息をつきながら俺はそのアホの元に歩み寄っていった。


「お~い、起きろ」


 そして、寝ているソイツにしゃがみこんで話しかけた。


「う……ん……」


 微かに反応が返ってきた。


「起きろ。こんなところで寝てるとまた風邪ひくぞ」


 そいつは眠気眼をこじ開けようと必死に目を擦って抵抗しながら、


 俺の顔を見て眠そうな声で話しかけてきた。


「強……ちゃん。ここどこ?」

「まったく、ここは駒沢オリピック公園だ」


 コイツ、用事があるって出掛けてなんで廊下で寝てるんだよ。しかも、今いる場所がわからないってどういことなんだ。本当に酔っ払いってわけじゃねぇだろうな。


 細めで見ている俺の前で半分寝たような状態で辺りを、


「あれ……? そうか……駒沢だよね」


 キョロキョロ見渡している。


 まだ寝ぼけてやがる、この巨乳は。


 ただ玉藻らしい。突き抜けて天然すぎる。


「お前はどこに行くつもりだったんだ?」

「強ちゃんのところ……だよ?」


 疑問系で返事をしてる時点で自分で何を言ってるのか定まっていない。


 質問の答えに全然なっていない。


寝坊助ねぼすけが」


 俺は早く目覚めろと玉藻の頭を軽く小突いた。


「いた……強ちゃん、ぶつのは良くないよ!」


 全然力を入れてないのに両手で頭を抑え玉藻は怒っている。絶対痛くない。もうこちょっと触れたぐらいなのに。ただ声がしっかりした反応で返ってきてる。


 やっと起きたようだ。


 玉藻に優しく語り掛ける。


「目覚めたか?」

「うん♪」

「嘘つけ。じゃあここはどこだ?」

「ここは駒沢だよね。それで……強ちゃんがいる。それでそれで――」


 玉藻が何かを思い出したようで急に慌てだした。


「強ちゃんがボコられる場所だぁああああ!! 強ちゃん、し、し、試合は!?」


 その玉藻の慌てっぷりが可笑しくて俺は笑った。


「ぷ……ハッハッハッ」


 俺は笑ってしまった。本当に玉藻らしいというか玉藻だ。


「えっ……?」


 昔から知ってる玉藻。


 アホで馬鹿で空気が読めない天然の女。それが玉藻。その玉藻らしさが俺のイライラを解消していっている。こいつといると昔からこの天然っぷりにイライラしてばっかだったから。


 だから――


 こいつの前での俺がイライラしても意味がないし、伝わらない。


 だから――


 イライラが無くなっちまう。


「大丈夫だ。もう試合ないから。あってもやんない、俺は」


 玉藻がほっとした表情を見せていた。


「よかった~……」


 昔から心配しすぎだ、オマエは。まったく。


 俺のイライラは玉藻によって消される。いつも。


 こいつはそういう存在だ――俺にとって。




◆ ◆ ◆ ◆




「玉藻おねいちゃんー!」

「鈴木さんー!」


 俺は美咲ちゃんと二人で鈴木さんの捜索にあたっていた。二人で口に手を当て声が遠くに届くように名前を呼んで歩いているが見つかりもしない。一通り会場をぐるっと回っているが姿形はいまだに見えない。


「どこにも……いませんね……」

「そうだね……」


 俺は最適解を持っているが非道にならなければいけないので、


 実行に移すのを躊躇ためらっていた。


 これだけ探していないと迷子センターあたりにいかなきゃだめかもしれん……。


 しかし、それをするには若干の躊躇いがある。


 高校生にもなって迷子センターから呼び出されたら日にはさぞや屈辱だろう。おまけに全校生徒が来ている会場で全館放送などかかるなど耐えがたいだろう。三学期にはみんなに囲まれて迷子になっちゃったのーとか言われて揶揄からかわれるのだろう。


 ―—なんとおぞましい……迷子放送。


「先輩どうしたんですか?」

「あっ……いや、ちょっと」

「玉藻ちゃんのいる場所に心当たりでもありますか!?」

「うっ!?」


 そんな期待した目で見ないでくれ。


 最近、美咲ちゃんの俺に対する評価が高い気がする。


 問いかけられて俺は迷う。迷子センターかこのまま捜索か。


 速攻結果が返ってくる迷子放送、無意味に時間を浪費する捜索。


 どちらが正解か。どちらを選ぶべきか。


 そして、俺が出した答えは――


「きっと、お手洗いとかじゃないかな?」


 ダメだ……非情になれなかった!


「そうですね!」


 彼女は閃いたように手をパンと叩いた。さすが先輩と言わんばかりである。その着眼点はありませんでした的に尊敬の眼差しが注がれている。俺は適当に言っただけだったので少し罪悪感に駆られる。


 ―—どうも騙しているみたいで心中がざわつく……


 ―—こんな素直な娘を騙すのは……良くないよな。


 俺は心の中でため息をついた。


「とりあえず女子トイレに行ってみましょう! 櫻井さん!」

「おう!」


 もうヤケクソだと、俺が気持ちよく返事を返すと彼女が少し心配そうな目で俺を見つめてきた。さっきまで尊敬の眼差しだったものがこんなに瞬時に切り替わるものなのか。


「あの~、とても言い辛いんですけど……」


 いったい、なんだ?


「なに?」

「傷つかずに聞いてくださいね」

「おう」


 なんだ、なんだ? とても重要な話みたいだが……神妙な表情でモジモジしている。美咲ちゃんはトイレに行きたいのか。それなら俺が傷つくこともないのだが。


 ―—じゃあ、なんだろう?


 目線を斜め下に向けたまま俯きながら彼女は話し始めた。


「櫻井さんは……性別的には男性なので……」

「そう……だね?」


 当たり前の話で俺は男だ。股間に着くものが着いてる。姿、格好も男そのものだ。なんならイケメンだ。それなのにとても言い辛そう空気。言葉の端切れも悪い。


「心が女性でも……」


 ——ハ……イ?


 緊張する俺の目を見て彼女はまっすぐに予想外の本心を告げる。


「入っちゃだめですよ……」


「誰が入るかぁああああアアアアアアアアアア!!」


 そもそも心が女性ってなんだよッ!!



≪つづく≫

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