5.デットエンドと運動会。そのとき空を飛びピエロは星(スター)になる。

第15話 理路整然では暴力には勝てない

 秋も段々と深まってきており、そこかしこに頬を染めた色の様な紅葉こうようが見られてきている。葉っぱも慎ましやかに照れる季節。


 風が爽やかに吹き葉っぱの火照った頬を優しく撫でているような季節。


 俺はいつもの様に布団に身を預けうずくまる。


 あぁ、布団気持ちいいよ~。


 だめだ……最高すぎて抜けられない~。


 もしや、ここが俺の望んだ異世界なのかもしれない?


 気候も安定して体温調節も楽で目が自然と閉じる。俺は目を閉じたままぽつりと呟いた。


「おはよう、異世界」

「起きて、現実だよ」


 現実くんはお帰り下さいと瞼の扉を閉めるが、ん?と目を開ける。あまりに美しく可憐で可愛くてついつい見てしまいたくなった。


 永遠に眺めていたい。


 天使が俺の目の前にエプロン姿で立っている。


 こんな現実ならウェルカムだよ。


 いや違う、天使がいるってことはパトラッシュ的なあれですね。


 そうか、お迎えが来たんだ。


 もう天国に行ってもいいんだね……


 もうゴールしてもいいんだよね……


 僕はもう疲れたよ。


 さよなら、現実パトラッシュ。


 俺は温かさに包まれながら命を引き取るように瞼を静かに閉じる。


「起きろぉおお、お兄ちゃんんんん!!」

「ウにゅッ!」


 死ぬなと天使パンチが顔面に炸裂! 


 鼻頭を殴られ現世へ意識を戻され、


 現実に目覚めさせられた。


 天使のお迎えは過激である。


 渋々と現実世界に戻り唯一の楽しみである朝食を頂くことに。


「どれだけ寝れば気が済むの?」

「………………済むことはないかも」

「朝食抜きにするよ」

「ごめんなさい」


 今日の朝食はBLTサンドとゆで卵。


 BLTサンドとは、


 こんがりベーコン・みずみずしいレタス・完熟トマトをサンドし、三度の味を一遍いっぺんに楽しめる素敵食品。


 横に添えられたゆで卵は程よく半熟ではなく黄身が固くなるまで茹で塩をふりかけて頂く。どこかのホテルのブレークファーストみたいだ。


 はむはむ。うまし。


「お兄ちゃんは……いつまで堕落を続けるの?」

「……死ぬまでかな」


 キリっと返すが無言の美咲ちゃんの顔が眉毛を八の字にしたようになっている。


 う~む、この表情は………


 お兄ちゃんは……


 そのままでいいよってことだね!


 兄としてを貫き通すよ!!


「お兄ちゃん、またろくでもないこと考えてるでしょ……」

「美咲ちゃんの愛を感じてるだけだよ」

「ハイハイ」


 軽くあしらわれた妹との朝の交流が終わり、


 俺がいつものように玄関を開けるとセレブ巨乳登場。


「おはよう♪ 強ちゃん、美咲ちゃん♪」


 衣替えされており制服からのぞく紺色の薄手のセーターを着ている洋装は季節感を感じさせられる。実りの秋。実りすぎだ。


 途方もなく突き出ている気がするよ。


 主に一部が、一部だけが。


 ボタンくんが首絞められて悲鳴あげてるぞ。


 なにその衣服で隠れない……ロケットおっぱい?


 スリートゥーワン、GO!


 しちゃう適なものを感じるよ。


 ロケットにダイブしたい。


 美咲ちゃんがいつものように笑顔で玉藻に挨拶を返したのに反応して、


「おはよう、玉藻おねいちゃん♪」

「はよう」


 妄想から帰り俺も返事を返す。


 それにしても……こいつ、


 いつも玄関開けるといるけど、


 いつからここにいるんだ?


「どうしたの、強ちゃん?」


 住んでるのですか?


 貴方は総理大臣の孫の癖に涼宮家の門番的な役職ですか?


 俺の中で謎が謎を呼ぶ。


「なんか私についてる?」


 誇張するデカいものが二つほどついておりますよ、玉藻さん。横に振った体とメロンが一緒に動いてますよ。大層な物をお持ちですね。


 食欲の秋と言いますから、どれ試食をなどと、


 言えるわけもなく。


「……まぁいいや。なんでもない」


 ぶっきぼうに返す。


 疑問くんを忘却の彼方へ連れていって押し殺す。


「今日はいい天気だね~、美咲ちゃん」

「そうですね、風が気持ちよくていいですよねー」


 俺は頭の後ろで両手を組み、鞄を揺らしながら通学路を歩いていく。葉っぱが色づきを変え始める住宅街の中を季節関係なしのフォーメーションをキープして歩く。


「焼き芋とか食べたいかも♪」

「いいですね、今度やりましょう!」


 エセ姉妹は仲良さそうにはしゃいでいる。


 何がそんなに楽しいのか。


 地獄の刑務所へ向かうというのに。


「なぁ、俺より不幸な奴をどうやったら作れると思うよ? 強」


 刑務所につくといつものようにピエロが俺の席によって来た。


 これが本来、学校のあるべき姿。


「お前より不幸か……むずかしいな」


 俺は問いに対して考え始める。


 難問も難問だ。それにしても新しい芸だな。


 客に質問を投げかけ、観客も一体で楽しめる芸を始めだしたのか。


 真剣に考えよう。


 アゴを親指と人差し指ではさみ、俺は思考を加速させる。


 櫻井は絶望の代名詞。櫻井は不幸の代名詞。


 櫻井は変態の代名詞。櫻井はピエロである。


 櫻井は櫻井である。


 そこから導き出される最適解はなにか。


 櫻井は……無理だ。幸福にはなれない。


 結論にたどり着いた。


「不幸な奴を作ってもお前の不幸度を超えることはないだろうな。だって、人の不幸を不幸と呼ぶなら、お前のはって感じだから」


 不幸などと二文字で現せられる代物を遥かに超えている。


 刀剣と一緒だ。刀というものであっても最上大業物・大業物・良業物・業物と四つに分類される。櫻井の不幸は天下無双の超ド不幸である。


 なので、


「上がるステージが違いすぎて、いちを十にするようなものだ。不可能だ。円環えんかんことわりから一生ぬけだせん、オマエという存在は」


 不幸と言う輪廻の輪から抜け出せない事実に、


「そ……しょ……しょんぁな……」


 櫻井が糸が切れた人形の様に足から崩れ落ちた。


 マリオネット芸まで取得済みとは――くそっ。


 腹筋がピクピク痙攣する。視界に映っているものが追い打ち攻撃をしてくる。


「不幸……ぬけだしぇない……なんて……」


 フレーズが神がかっている。それにその目だ。


 その死んだ魚の目みたいな顔をやめろぉおおおお!


 笑いをこらえるのが限界だぁああああああ!!


「二人とも今日も仲がいいね♪」


 俺が吐息を口から漏らしているところに、いつもの割り込みが入ってくる。


「なにやってんだ?」


 なぜか俺の座っている席の隙間にケツを押し込み俺の座席に座り始める巨乳。


「だって寒いんだもん」


 だもんじゃねぇだろ。


 1つの椅子に二人座る必要はない。定員オーバーである。遊戯で椅子取りゲームというのがあるが、椅子取りゲームでは面積を多く有した方が勝ちだ。


 俺はケツをケツで押しやる。


「この……玉藻の分際で……」

「うんしょ♪ うんしょ♪ おしくらまんじゅう~♪」


 それを玉藻は楽しそうにケツで押し返してくる。俺も唇を尖らしてケツをぶつける。確かに寒くなくなってくる。体温と体温がぶつかって悪くない感触だ。


 ケツとケツがぶつかるさなかに、


「お前は……お前は……本当にひどいッ」


 吐血してる櫻井。


 恨み節が籠った震えた声。


 口から大量の血液が流れ出ている。


「裏切り者だぁああああああああああああ!!」


 ピエロは泣き芸をマスターして教室から走り去っていく。


「さ、櫻井!?」


 俺は止めようと椅子に座ったまま手を伸ばしたが


 間に合わなかった。もうすぐホームルームが始まるのに……。


「今日の連絡事項は体育祭が近い。保護者の方も一般人も見に来るから気合い入れろよ~」


 ピエロが失踪したことも気にせずに中年オヤジは、


「各自出る種目を四時限目に決めるから、それまでに考えとくように」


 いつものようにくだらない朝の戯言ざれごと唱えた。


 生徒一同は俺をぬかして「は~い」という声を上げる。


 俺はあくびをしながら「ふぁ~い」といった。意味は同じようなものだ。


 以前体育の授業は稀だと言ったが、唯一許されているのがこの体育祭である。


 マカダミアの年一度の体育行事。


 球技大会や柔道剣道大会、


 水泳大会などないが、


 何故か体育祭だけはやるようだ。


 まぁあくまでもマカダミアなので、普通の体育祭とは違う。


「あれ……」


 オロチが辺りをキョロキョロしながら教室の異変に気付いたようだ。


「櫻井はどうした?」


 俺は無言で答える。


 あいつは不幸から抜け出せずにどこかに走り去っていった。


 裏切り者といいながら人を罵ってどこかに消えていった。


「あいつ、イイ度胸だな……」


 オロチの顔が怒りの表情に変わっていく。


「俺のホームルームをサボるとは……」


 オロチは教壇の両端を震えながら力強く握りしめた。指がめり込み刺さるくらい力強い。木の破片がパラパラ落ちていく。


 掃除する生徒のことを考えろ~。


 教壇は頭部を削られメガンテを喰らう前のようにカタカタ震え始めた。


 お~い壊れっぞ、学校の備品が。


 器物損壊きぶつそんかいだ~。


 メガンテ不発により教壇はなんとか形を保ったまま無事にホームルームが終わった。それでも頭部がボコボコになっているのはアイアンクローの拷問のせいだろう。


「俺はいい事を思いついた、」


 オロチが姿を消した後入れかわるように櫻井が戻ってきたが、


 先程まで何か違う。なぜか目に強い輝きを秘めている。


「クッキーを作る!!」

「へっ?」


 ――どうした、櫻井、パティシエはだめだぞ……。


 お前は器用でなんでも出来るが職業選択の自由を与えられていない。


 お前の天職は限定されているから、


 ピエロにしかなれない。俺が全力で阻止するよ。


 例え、お前を殺してでも――。




 四時間目を迎え学級委員が前に出て種目を決めていく。


「うんじゃあ、学級員前に出て決めてくれ」


 オロチ先生は相変わらず職務放棄。


 椅子に座ってスポーツ新聞を読んでいる始末。


 アイツ……今日は学校の備品破壊しただけでマジ何もしてねぇ。


 うちのクラスの学級委員が前に出てくる。


 眼鏡美少女優等生の花宮はなみやと半身ロボの豊田とよた。豊田君は車のTOYOTAプレゼンツとは関係ない。むしろ機敏に動く当たり人がロボットの着ぐるみを着ている感覚に近い。


 腕とかは超メタリック。たまにオイルを飲んでいるので匂いが酷い。


 豊田異臭問題――一年の時それが不快で俺はヤツのロボットアームであやとりしたことがあるくらいだ。東京タワーを作ってあげた。あの時の豊田はちょっと斬新だったのに、翌日には俺の前衛的美術作品はほどかれている始末。


「それでは……各自……や……し……下さい」


 ――なんだ!? ヤシを下さい!? 


 眼鏡が小さい声でしゃべりはじめた。


 ――何をいってるんだ、あの眼鏡は?


 地獄耳の俺が聞き取ろうとしたが聞き取れないほどのウィスパーボイス。生徒一同耳に手を当て頑張ったが、皆聞き取れてない様子。まぁ俺ですら聞こえないのだから無理もない。


「ヤリタイキョウギノマエニ、ナマエヲカイテクダサイ」


 間髪入れずに隣のロボが話始める。


 ――最悪なコンビプレイだ……片言過ぎてわからん……。


 この人選にはいつも疑問が付きまとう。


 しゃべれないやつを学級員にえてはいけない。


 日本語を喋れるやつを代表にしてくれ。解読班はいないのか?


 俺は器用な櫻井の方を見る。


「……」


 櫻井は何故か料理本を片手に真剣に読み込んでいる。


 まるでこの話し合いなど聞く必要も無いと言わんばかりに集中している。


 ――どうした、櫻井?


 オロチも同様に櫻井に気付いたらしくスポーツ新聞を畳んで置いてから、


 椅子から立ちあがり、櫻井の元へ歩き始めた。


「ほー、櫻井君。イイ度胸だな……」


 櫻井君という言葉が新鮮で怖い!


「ホームルームをサボり~い、料理本を読んでいる~う」


 その通りですね、先生!!


「お前にとってそれは重要なことなのか?」


 オロチ先生の裸眼が充血したように真っ赤になっている。


「クラスの話し合いよ~り~、櫻井く~ん~?」


 オロチの挑発的な顔と言葉に俺は震えた。対照的に櫻井が椅子に座ったまま優等生のような目でオロチを見返し料理本をぱたんと閉じてため息をついた。


 そして、爽やかスマイルで言葉を言い放つ。


「先生、人生を左右する大事なことです♪」


 ――うわー……無駄にイケメンな爽やかさ。アイツにはもったいない!


「僕は集団行動などどうでもいいと思ってます。普通よりオンリーワンの方が価値が高いのは明白です」


 ふむふむ。それは違うぞ、ピエロ。普通が一番楽でいいポジションなんだぞ。


 モブが一番いいのだぞ。


 だが、ヤツはそれに気づかず民衆に呆れると言わんばかりにラップみたいな言葉をつらつらと吐いた。


「模造品になるために生まれて生きるなど、愚策ぐさく愚策ぐさく愚鈍ぐどん愚行ぐこう無知蒙昧むちもうまい怠惰たいだの極み」


 漢字がスゴイ。スラスラとようその単語の羅列が出てくるわ。


「個性を磨く方が大切に決まってるでしょ?」


 おまけに何か手を器用に動かして音ならしたり、ピエロすごいー!


「ねっ、先生♪」


 櫻井は脅しにかかったオロチ相手に、


 爽やかな笑顔で優等生を演じきった。


 ――なんてやつなんだ……櫻井。オロチ相手にその愚鈍で愚行な姿に痺れるぞッ!


 まるでボクシングの世界戦前の緊迫した記者会見。これはお互い言葉を取り繕いながらもディスりあっている。櫻井の口撃こうげきにより俺の眠れるアナウンサー魂に火が付いた。


 心のマイクを握り俺は白熱するであろう試合に解説をいれる。


 おっと櫻井選手! 新しい戦法だ!!


 理路整然りろせいぜんと攻めている。


 ナンバーワンにもなれる、オンリーワンピエロォオオオ!!


 それが櫻井選手だぁあ!! 怒涛の口撃だぁああ!


 暴力一辺倒いっぺんとうのオロチ選手に対して、伝説のアリ戦法を取っている。暴力を使わせない理論というローキック連発だっぁああああああ!!


「はぁ~、そうだな」


 さぁて、対するオロチ選手はどうでるでしょうか!?


「賢いな櫻井は……さすが学年一位だ」


 なんと、オロチ選手が褒めたッ!?


「けど教育してやるよ……」


 いやこれは……ッ!?


「お前ひとりのせいで皆の時間がとられた」


 オロチ選手が臨戦態勢に入るように拳をボキボキと鳴らしている! 


「そして人間は一人では生きていけないんだ」


 これ一旦引いたように見せかけて、


「この世界において協調性っていうのが大事だということを……」


 懐に誘い込み殺す気だあぁああッ!!


「お前の体に刻み込んでやるよ……」


 本気の眼だッ!!


「教育の味をしみこませてやるからな……」


 あれは人殺しの眼だぁああ!!


「この俺が直々じきじきになッ!!」


 やはり暴力は強い! 理論など関係なし、通じない!!


 全くの無効果!! 圧倒的なまでの暴力発言!!


 じっくりコトコト煮込まれるぅううう、


 体罰確定フラグダァアアアアアアアア!!





「ちょっとコォォオオイ!」


 櫻井選手首根っこを掴まれるぅうう! 絶体絶命ッ!!


「イヤァアアアアアアアアアアアア!!」


 櫻井選手、終わったぁあああああああああああ!


 なんて見ごたえのある試合だったのでしょう。


 それではみなさんまた会う日まで!


 いつも通り首根っこを掴まれピエロは引きられていく。


 さよならピエロ。大変面白く見させて頂きました。


 俺は皇太子こうたいしのように微笑み、右ひじに手を当て小さく振った。


 あいつの人生は料理で左右されるらしい。綱渡りの人生。それが櫻井。


 これからアイツはオロチによって調理される。


 正にまな板の上のこい


 どうやら鯉は最後まで抵抗しぴちぴち飛び跳ねるらしい。現に今の櫻井が廊下の端で必死に抵抗してそれを俺に見せてくれている。


 やはり不幸の円環から抜け出せないようだ。


 料理になんか手をだすからこんな目に会う。至極当然のことだ。


 ピエロ以外には成れないということだ。


 うん、うん。



 過ぎ去ったことは忘れ、俺は黒板に視線を戻す。端から順に競技を見る。


  ・100メートルバトル競争。

  ・1500メートル持久能力浮遊競争

  ・100メートルハードル壊し競争

  ・ダメージ耐久競争

  ・回復競争

  ・アンパン競争

    ・

    ・

    ・

  ・聖剣倒し(生徒全員参加)


 俺の選択競技はひとつしかない。アンパン競争だ。楽に行ける。


 歩いてアンパン食ってれば終わる。それでいい。


 俺は黒板に行き、黒板消しを握る。


「邪魔だな……あとはアイツの分も書いとかなきゃな」


 書いてあった田中の名前を消し俺の名前を上書きした。


 俺の種目はこうして決まった。


 櫻井の種目は空いていた競技に書かれることになった。俺の手によって。


 昼休みになり玉藻とご飯食べる。


 櫻井は不在である。調理中だ。


 オロチ先生の三分クッキングではなく、殺戮キッキングである。


 要は蹴り殺し中である。


 おそらく陸に上がった鯉のように、


 口をパクパクしてピクピク痙攣していることだろう。


「強ちゃん、お弁当のおかず交換っこしようよ♪」

「いやだ。美咲ちゃんの手料理は渡さん!」


 俺は弁当を持ち上げ、食いしん坊から遠ざける。


「え~、卵焼き交換しようよ~!」

「だめだ! お前のうちの卵は砂糖入りだ。涼宮家は元来よりダシで作ると決まっている!」

「ぷぅ~!」


 残念そうに頬をハムスターの様に膨ふくらませているが、これはやらん!


 愛する妹の手料理を渡すなど、兄として許されざる行為である!!


「はぁ……はぁ……」


 そこに傷ついた男が木の棒をついて帰ってきた。あれはひのきの棒なのだろうか? 5Gぐらいだろうか。どこにでもありそうな棒である。


 五円位の価値だろうか?


「大丈夫か、櫻井?」

「死ぬかと思ったぜ……段々と過激な攻撃になっていく。オロチは俺を殺す気なのかもしれん、今日は空中で回転して蹴りをテンプルにぶち込まれた。一瞬頭部が無くなったかと思ったぜ……」


 それでも生きてるお前って、ほんとすごい。


「さぁ、飯だ、メシ!」


 櫻井の肉体が頑丈になっていく。


 さっきまで蹴り殺されていた人間の態度とは思えん。


 オロチの不満を漏らしながら隣の机から席をかっぱらい腰かけ、


 持っていた買い物袋からいつものように購買のパンを広げる姿は堂に入っている。


「櫻井くんはいつもパンだね。パン好きなんだね♪」


 違う。巨乳はいつも通り勘違い攻撃を仕掛ける。


「いや別にパン好きってわけでもないよ。鈴木さん」


 櫻井も玉藻の扱い方がわかってきていた。


 そう、コイツの発言は真に受けてはいけない。


「櫻井君、聞いて~!!」


 適当に受け流すべきコメントばかり。


「強ちゃんがヒドイんだよ。卵焼きを交換してくれないの!!」

「俺の何がヒドイんだッ!」


 箸を持ちながら巨乳は手を振り回している。ひどいのはどっちだ! 兄の役目を果たす俺を悪者にしようとしている、玉子焼きを強奪しようとする玉藻は悪くないのか!


「鈴木さん、強は基本ケチだから、しょうがない」

「オイ、待て!!」


 俺はケチという言葉が嫌いだ。


 それで美咲ちゃんに超絶睨まれたのだから。


 俺はお返しにケチをつけることにした。


「俺は大海原おおうなばらの様に心が広くおだやかだ。それをケチとは何事か? 殴られ過ぎて頭がいかれてきたのか、櫻井?」

「すまん、すまん……勘違いをしていた」


 やっと理解したか、俺のことを。


「お前はドケチだったな」

「なぁにいい!」


 全然理解されてねぇッ!


 俺の右拳が震えだしたので左手で必死に抑える。あぁ、ダメだ。殴りそうだ。こらえろ、堪えるんだ太平洋。こないだのうまい棒事件の怒りも残されているが耐えんだぁ……。


「そういえば、俺の体育祭の競技何になった?」


 ピエロも空気を読まず喋り続ける。


 しかし、俺の心は少し晴れた。ざまーみさらせと。


「それはな」

「なん……だよ?」


 言葉を溜めてから、





「ダメージ耐久競争だぞ♪」





 満面の笑みで告げてやった。


「なっ!?」


 櫻井の口からパンの零がこぼれ落ちた。






 学校から帰った俺は夕方家でソファーでくつろぐ。テレビを垂れ流し漫画雑誌を手に読みふけっていった。美咲ちゃんは台所に立ち料理を作っている。


 高校生なのに、もう熟練の老夫婦のようなコンビネーションを見せる兄妹。


 それが涼宮兄妹。


「お兄ちゃん、体育祭何に出るの?」

「アンパン競争だよ」

「それなんだね。まぁ平和でいいけど」


 フライパンがジュージューいっている。中華料理のようにフライパンを振り、食材を宙に浮かせ満遍まんべんなく火を通していく。会話しながらでも料理の手際は変わらない。


 それが我が妹、美咲シェフ。


「美咲ちゃんは何に出るの?」

「ダメージ耐久競争だよ」

「なんだって、ワンモア?」


 聞き間違えたかな。


「ダメージ耐久競争だよ」

「ファッック!」


 な、な、なんだと!! ダメージ耐久競争だぁー!?


 俺は驚きのあまりソファーから勢いよく転げ落ちた。


「何かそれだけ誰もやらなくて……」


 美咲ちゃんがダメージ耐久競争だと!


「結局、学級委員がやることになっちゃったの」


 あんなものにかわいい妹を出せるわけがない。兄として許せん!


「だめだ! それは!! 美咲ちゃんが出ちゃいけない競技だ!!」


 あれだけは他の競技とは違う、鬼畜仕様!


 というか、マカダミアの頭がイカレテるとしか思えない競技なのだ。


「えっ? 出るなって言っても、もう決まっちゃったし」


 美咲ちゃんは鍋の中のものを盛り付けながら事の大きさに気づいていない様子。


「そういえば玉藻おねいちゃん、回復競争だってね」


 回復競争はダメージ耐久競争のあとに行われる。


 ケガ人が出る競技を使って、回復を行う。


 学校としてあるまじき行為。そうなのだ。


 ダメージ耐久競争では瀕死の重傷者がでる競技なのだ!!


 マカダミアめぇー。


 ピエロだけならいざ知らず、我が妹まで巻き込むとは許せん!!


 兄としてどうにかせねばッ!!



≪つづく≫

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