第3話 刑罰は終わっても処刑は終わってない

「強ちゃん次は国語です」

「……」


 拷問はつづく。


「この古文の翻訳を」

「……」


 終わる気配がまったくない。


「間違ってるよ!」

「……」


 いとおかし……。


 意気込んでいる玉藻を止めることは誰にもできない。


 猪突猛進、頑迷固陋がんめいころう


 今の状態を覆すということは強固な砲台がついた要塞に竹槍で突っ込んでいって相手をするものである。だから、俺は無言を貫き通していたが状況を変えるために立ち上がった。


「強ちゃん、どこいくの!?」

「飲み物をとってきます、先生!」


 長丁場に物資の調達が必須!


「五分以内だからね!」


 唇を尖らせているが……


「厳しすぎんだろう、五分って。階段降りなきゃいけないのを計算してくれ。俺だ、めんどくさがりな俺が! 階段を降りるんだ。強君が時速0.3キロで行動をしました、永遠にも似た距離を感じる台所までいくのにどれだけ疲弊しますか?」


 本当にメンドクサイ。飲み物取りに行くくらいええじゃないの?


「階段は十五段です。強ちゃんなら三分で帰ってこれます。猶予を二分与えています」

「……」


 なんで、このしゅうとめうちの階段の段数まで把握してやがる……家主ですら知らんのに。返す言葉もない。竹やりが思いっきりコンクリートに叩きつけられへし折られた気分だ。


 ただ、まだその強くんは本気出してねぇから――


 俺が本気出したら三分なぞかからんし秒で帰ってこれるわ! しないがなッ!!


「めんどくさがりな強ちゃんはしっかりわたしのもとに帰ってきなさい!」


 手を広げて胸を突き出す先生。まるでペットがご主人様の元へ帰るのは当然と言わんばかりだ。俺は負けて返事を返す。


「…………わぁりました」


 心は負けなくても頭への慣れない疲労の蓄積の結果、


 ふらふらになりながら逃げる様に部屋の扉を開ける。


「毎度のごとく徹夜コースだな。こりゃー」


 鬼教官から休憩時間らしきものをもらい麦茶の補充にコップを持って階段を下っていく。あの優しかった幼馴染は勉強のことになると本気になる。スパルタを通り越してやがる。無邪気というのは頭のネジが1本飛んでるのかもしれない。


 人の意見や心情を理解しなくなる。


 やはり無邪気というのは、最悪だ――手に負えん。


「アブねぇッ!!」


 ――なんだ!?


 なにやらリビングで危険なフレーズとドンという騒がしい音が聞こえたので、俺は急いで階段を下りる。リビングに入り美咲ちゃんの無事を急ぎ確認する。


 ——美咲ちゃん!?


 台所にかわいい足先が見えたので急いで向かう。秒もかからなかったと思う。


「どうした、美咲ちゃん!」


 なんだ――台所の隠れたところに男女が二名。


「大丈夫……かッ!?」


 コレは!?


 頭が理解した。犯罪の決定的瞬間だ。


 台所で殺意を覚える光景を目の当たりにした。


「ち、ちがうんだよ……」


 犯人と視線が合った瞬間、


「これは……ご、誤解だよ……」


 犯人は目をばちゃばちゃと泳がせて脅えながら嘘をついた。


類友るいとも……?」

「……」


 俺は無言で無視し首を振る。やれやれ、困った、困った。


 犯人は現行犯ですら嘘をつくのか。


 状況を整理しよう。


 ピエロにより床に押し倒されている妹。最近流行りの床ドンされ涙ぐんでいる。放心状態ともとれる……目が渦を巻いているのが証拠だ。おまけにブラウスのボタンが外れて綺麗な鎖骨がお披露目されている。


 几帳面な妹に限って人前で鎖骨を出すなど起きない。自らとは考えにくい。


 人前で服をはだけて見せるなどありえないのだ。


 ――いったい、何をされたんだ……。


 もはやこの時点で答えはほぼ出ている。俺の怒りも沸々と湧き上がっている。


 おおいかぶさっている男。手に包丁を持って妹に突きつけている。


 床ドンしている姿は押し倒してるともいえる。


 後者だな。押し倒したに違いない。


 俺の怒りは沸騰するマグマの如くボコボコと溶解する。


「うちの妹に何しやがったあぁあああああ!?」


 これらを結論づけて俺はある考えに辿り着く。答えはひとつ。


 目の前の光景が物語っているではないか。


 無理やり衣服を剥がされた妹を包丁で脅し押し倒している犯人。


「さ~く~ら~い~くん!!」


 ――強姦魔ごうかんまッ!!


 俺は脅える男を猫づかみして持ち上げ、犯人の名を恨みを込めて呼んだ。


「ご、誤解だって、強!?」

「スゴイ音がしたけど何があったの、強ちゃん!?」


 慌てた玉藻も階段を走ってリビングに入ってきた。


 全員集合の我が家。俺は櫻井をつまんだまま叫んだ。


「デットエンドだ!!」


 そう、こいつの行き先は決まった。デットエンドだ。


 俺の世界一可愛い美咲ちゃんを襲うとは死罪に値する!


 ぶっ殺してやるッ!!


「ま、まさか……そんな――」


 俺の言葉を聞き玉藻は両手を口に当て、驚いた表情を見せるがそれどこではない。俺は無視し続けて櫻井を殺す勢いで睨み続けた。


 いや、殺さなくてはいけない。この世から消さなくては。


「櫻井くんが『デットエンド』だった、なんてッ!」


 玉藻の言動により俺の前で櫻井の顔が一瞬にして引きつった。


「へっ?」


 次の瞬間、我が幼馴染はステッキを異空間から召喚し、


「魔王、覚悟ォオオオオオオオオ!!」


 走って櫻井の所に向かって、下からすくい上げる様に放物線を描き、


「オフッ――!?」


 犯人に処罰を与える一撃。


 その攻撃はきれいに股の隙間を縫うようにアッパーカットした。


 息子殺し。後世問わず破滅を生む。


 本人だけでなく後世にまでダメージを与えることから『末代殺し』とも呼ばれるあの奥義を玉藻が放ったのだ。おまけに杖の装飾がところどころ宝石なので股間にぐさっと刺さってすごくクリティカル。


「大丈夫、美咲ちゃんんんん!! されちゃったのーー!!」


 クルクルレイプ目をした美咲ちゃんの方には玉藻が駆けていく。惜しい。一文字違いだ。クじゃなくてプだ。ほのぼのした状況ではなく殺伐とした状況の間違いだ。


「お、ふぉぉおお……」


 破滅の痛みに悶絶しながら櫻井は股間を抑え芋虫運動しながらうずくまっている。俺はうずくまるピエロの肩をトンと叩く。すると酩酊しながらも絞り出すようにかすれかけた声でやつは応答してきた。


「強……違う……んだ……」

「気安く俺に喋りかけるんじゃねえ、二度とうちの妹に近づくな、レイプ犯!」


 冷たい視線で俺は侮蔑を込める。


「俺は……やってない、やってないんだ!」


 人としゃべっているのに股間を押さえながら何を必死に言いやがる!


「犯人はどいつもコイツもそういうんだ、最初は! 俺はやってないと!!」


 俺は真っ当な意見を返す。もはやお互い発狂に発狂を重ねる。


「取調官か、お前はッ!」

「ちげぇよ――」


 俺は処罰を受けた友達に優しく笑顔を作り語りかけた。




「——処刑執行人だ」





 親指で外に出ろとジャスチャーをする。


「表出ろ、外道げどう♪」

「人の……はなしをきけ……」


 俺はレイプ犯を家の外に連れ出す。刑罰は終えたが処刑は終わっていない。


 対面に立ち道路で見つめ合っていた。見つめあう俺と犯罪者。


 犯罪者には玉藻の一撃が効いており内股になってプルプルしている。


「おい、両手をあげろ腐れ外道……」


 俺は殺し文句を吐いた。


「強……誤解だ……お前は物凄くダメな勘違をいしている……」


 犯人は未だに必死だった。まぁ処刑が始まる前の犯人は必死だろう。


「話をしよう……話せばわかるはずだ、類友の俺たちなら分かり合えるはずだ!! お前と俺が過ごしてきた時間はこんな薄ぺらいもんじゃなかったはずだ!」


 真剣な目をしていまだに言い逃れをしようとする犯罪者。


「黙って、両手を上げろ……」

「……分かった。上げるから……」


 俺の拳という二丁拳銃を突きつけられピエロは


「落ち着いて話をさせてくれ」


 両手を高く天に上げた。これで準備は整った。


「本当のことを話そうぜ……なぁ……俺がレイプなんてヒドイことするやつに見えるか?」

「最愛の妹を汚された兄に対して、レイパーの言葉に耳をかせだと――」


 聞けるわけもねぇだろうがッ!


「愚問だぁあああッ!!」」


 犯人はいまだに嘘をつくが、俺は両拳を力いっぱい握りしめて、


「ア~ル~プ~ス~い~ち~ま~ん――」


 処刑の歌を口ずさむ。


「ちょ、ちょ待てぇえええ、誤解だぁッ!! 冤罪だぁああああ!!」


 死をもって償え!!


「――ジャブ!!」


 妹の仇を討つべし、


 討つべしぃいいいいいいいいい!! 


 死亡遊戯のひとつ『アルプス一万ジャブ』。


 元は『アルプス一万尺』。


 俺は両手をフルに回転させ――左右のジャブを殺意を込めて一撃一撃。ラッシュとは連続攻撃ではない。殺すつもりで一発一発気持ちを込めて撃ち放つべきもの。


 それをピエロの顔面に叩き込む。


「こやりの上でぇえええええ!」


 死んどけと。


 この一発はアルプスにも匹敵する一撃。そして他の連なる一撃もアルプスと繋がり同等の高さを見せつける山脈の連撃。一発一発が三千メートル級の破壊力を持つ(※意味不明)


「アルペンを踊りをさぁ踊りましょうォオオオオオ!」


 そして、アルペン踊りさながら殴られ揺れるピエロ。それは北斗神拳を喰らったように体をバイブスで震わせる。バイブスというのは魂を震わせるということ。


「ふぁあ………………」


 ヤツの魂は削れに削られいま揺らめいている。

 

 そして、魂の火は消えた――。


 俺はそれをかいつまんで拾い上げ移動を始め、電柱の前で立ち止まる。


「明日は燃えるゴミか……」


 汚物をゴミ捨て場に投げ捨てた。


「せめて地球の肥料になってこい。ゴミ野郎」


 テメェに明日を生きる資格はねぇッ!


 妹がレイプされた兄の悲しみは地獄よりも深い!


 俺は美咲ちゃんの精神ケアに戻る為に家に向かう。


 こうしてピエロは死んだ。


 しかし、相手は櫻井。殺しても死なないゾンビピエロ。


 燃やしたぐらいでは復活してくるかもしれない。


 だが、次にお目にかかったら跡形もなく消してやるから安心しろッ!





 こうして、俺の友達はいなくなったのだ。





 ≪つづく≫

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