第27話 戦闘は初撃が大切ですわよ

 少し時は遡る――


 嵐が吹きすさぶ中で生徒達は市街地に移動し陣形を整えていく。これから始まる戦闘に対して打ち合わせした通りにことを進めていく為に。


「回復魔法及び強化魔法専属部隊は後方支援、戦闘区域より離れて!」


 田中組ヒロインの金髪縦ロールのミカクロスフォードが緋色のローブを風に揺らして、先導をきって嵐に負けないように声を張り上げ、指示を出す。


「盾は最前線にて横一列に! 急いで時間がないですわよ」


 武装を完了した生徒たちは指示に従い、


「攻撃魔法部隊は殲滅・極大魔法の詠唱を開始してください!」


 移動を繰り返す。


「敵の予想地点到達時刻まで残り10分よ!」


 腕をオーケストラの指揮者の様に強く振るい、声には一切の躊躇も迷いもなく、毅然としたものだった。良くも悪くも田中との冒険で戦闘慣れてしまっている。


 横では小さい褐色の少女クロミスコロナがミカクロスフォードに情報を伝達する。


「ミカ、四体とも迷わずこっちに来てる。どうもきなこ臭い」

「クロさん……それを言うならきな臭いですわ……」


 クロミスコロナは隠密専門職である。暗殺を生業とし腰には二本の短剣が装着されている。装備品は軽装である。布に近いといってもいい。元来服にすら抵抗を感じている。憎しみにも近い感情を頂いている。感覚を殺すことが嫌いなのだ。


 自分の感性を信じている。


 だから、彼女は目を閉じ感覚を最大限に広げ、


 索敵により敵の位置を正確に把握する。


「それより迷わずですか……」


 ミカはその情報を受け取り腑に落ちなかった。にこちらを目指しているということが。敵は異世界からきた魔物。地の利はこちらにあるのが当然。それが誘導しているわけでもないのに何の迷いもなく何か吸い寄せられているように、引き寄せられているように、こちらに向かっている。


 ただ、それは朗報でもあった。


 こちらは準備して迎え打つだけでいいのだから。


 誘導したり策をろうす必要がないのだから。


「距離は40キロ先、散歩でもするようにゆっくり移動してきてるよ」


 猫のように地に伏せ、耳を地に当てクロは追加情報を伝える。


「多分30分後くらいにコッチで戦闘かな」

「こっちは大忙しなのに散歩って……敵はのんきでよろしくって」

「ミーカーさぁん!」


 辞書のような本を抱えた黒髪の三つ編み眼鏡少女は息を切らして駆け寄ってきた。ミカはその少女に問いかける。


「どうしたんですか、サエ?」

「ハァハァ……配置完了です。戦闘専属隊への強化支援終わりました。あとあと、」


 少女は息も整わない内にミカへ力ない声で内容を足早に伝えようとする。本をパラパラ捲りながら慌てふためいていて次ぐ言葉が上手く出せていない。


 ミカは窘めるようにサエへ言葉を贈る。


「慌てすぎです、緊張感は大切ですが淑女たるもの毅然としてなさい。それが戦闘のさなかであっても」

「す、すみません」

「で、報告の続きを」

「ハイ! 物資の搬送及び救護場所の設営完了です。回復薬並びにマジックアイテムの受け渡しも終わってます。狙撃部隊の配置も完了です!」


 ミカは優しくサエを抱擁した。労をねぎらうように。


「ご苦労さまでした」

「はわー」


 サエは最初ビックリしたもののその抱擁に大人しく身を預ける。温もりが緊迫感を忘れさせてくれるから、不安を消してくれる尊敬する人に甘えるように。


 ミカは赤く頬を染めるサエを抱擁しながらも辺りを見渡し陣形の確認をする。


 漏れがないか、最良の手を打てているのか。


 学園で打ち合わせして決まったことが出来ているのか。


 決まったことは単純だった。


 ごく単純な大多数による戦闘編成。


 最前列にアタッカー、シールド部隊を敷き、中距離・支援部隊をその後ろに。狙撃部隊はビルなどの高い位置に置く。回復隊は後方に置き、アタッカーが戦闘中に負傷して回復を受ける場合は、中距離支援部隊が入れ替わり負傷者は回復隊の位置まで後退する。


 そして、初撃は一斉魔法攻撃及び一斉射撃。


 初手に最大の一手を打ち、


 敵を打ち砕くシンプルな戦略。


 ただ、シンプルな戦闘こそが難しい――


 指揮することには慣れている。いくつもの大規模戦闘を行った自負はある。ただ今回の戦闘は彼女にとって未知の領域である。これほどの多岐にわたる一流が揃った戦闘など。


 魔法の威力も、武器の種類も、物資も、全てが多すぎる。


 おまけに全員が異世界を救ってきた勇者であり、勇者の中の猛者である。


 選ばれた者たち。心強いことこの上ないのだが不確定予想を懸念する。全てを把握しているわけではない。一人一人の全てを見たことがあるわけでない。どんな技を使い、どれだけの被害を出すか。


 想像することすら出来ない。


 さらに敵の能力も不明ということ――


 マカダミアキャッツ学園の生徒が魔物と戦闘することがなかったわけではない。ただ、今回は異常なのだ。今回だけが異常なのだ。海竜王によりブラックユーモラスがとられているということが、校長の演説に『時間稼ぎでもかまわない』と入っていたことが。


 いままでの経験から言えば負けるはずがないと簡単に思える戦力。


 敵はたった四体。


 対して、こちらは一流の転生者が100名以上。


 それでも懸念がある敵ということも考慮から外れないていない。


 だからこそ、入念に石橋を叩くように考える。


 何かが起きないように――


 異常がないように――


「ミカ!」


 クロの瞳孔が見開き、感覚が時を告げた。


「入った!!」


 敵の位置は30キロ先――


 クロが顔を地から離し簡潔にタイミングを伝える。出来るだけで素早く情報を伝える。ミカは少し頷き右手を静かに上に上げ、下に力強く振るう。


 敵を砕けと意志を込めて――


「戦闘開始!」


 力強く腕を振り上げる。 


 クロミスコロナは30分後といった。ミカクロスフォードは10分後といった。


 これは先制攻撃。


 敵と相対する前の遠距離攻撃。


 最大火力の遠距離砲撃の開始であり、魔物を目掛けて全ての攻撃が叩き込まれていく。いくつもの光が敵のいる位置辺りを目掛けて飛び交う。神速を超える矢、業火を纏う嵐、空中から景色を切り裂くような一筋の槍の投擲、巨大な岩による隕石攻撃。地を焼き尽くすような眩い色とりどりの光を発する魔法。


 最大級の攻撃が一か所を目掛けて嵐の様に撃ち込まれる。



◆ ◆ ◆ ◆




「なんですか……ここは?」


 四体の化け物は異世界デルカントより転移させられた。


 それは突然だった。目の前に白い光が広がり包まれた瞬間に異界に飛ばされた。


 ただそれは彼らの好奇心を大いに刺激した。


 鬼は目の前に広がる景色、空気を吸い込む。


 すべてに感動をした。嵐が生まれたばかりの彼を祝福しているように感じた。


 目を子供の様に輝かせた。


 もはや、デルカントでやることなど無くなっていた。


 すべてを征服し、すべてを強奪し、全てを所有していた。


 宝も土地も世界も――奴隷となる人間でさえも。


 しかし、何でも手に入るからこそ退屈だった。


 すべてを手に入れたが故に退屈も手にしてしまっていたのだ。何も冒険がない。何も苦労がない。何者も敵がいない。何もかもに興味が湧かなくなっていた。つまらないといった日々を無為に過ごす。


「あぁー、最高ですよ……」


 刺激がない生を生きていた。だが降り立った地は違う。


「なんですか、これは?」


 対称的にいま眼前に広がる景色は自分の想像を超えている。想像すら及びつかなかった。世界が違うのだから。自分の世界から想像もできないもの。


 仕組みが違う。景色が違い、構造物が違う。


 ビル、信号機、アスファルトの道路。


 全部が知らないものであり、刺激をくれるもの。


「神から私へのプレゼントですかー」


 そして欲しくなった。


 両手を広げ新世界を堪能し感嘆の声を上げる。三対体の化け物もその意思をくみ取りゲラゲラと低い声で嗤う。そして、何も知らない世界を歩き出した。


 なんとなくだが、引き寄せられるものがあった。


 そこに何かがあると。


 一時間ほど歩いた時だろうか――


 突如として空が色が騒めくように光り輝いたのを四匹は上を見上げる。降り注ぐように魔法が降り注ぐ、矢、槍、全てが嵐のように。


 眩い色とりどりの閃光を見上げながら


「どうやらココは多いに私達を――」


 鬼は手を広げ堂々とそれを迎え入れる。


「歓迎してくれているみたいね」


 新しい刺激を。



◆ ◆ ◆ ◆




 砲撃の雨は続いた。


 ただ閃光と爆撃を嵐の様に振らして、大地を揺るがした。


 そして、光と音がやんだ――


 ミカクロスフォードの口角が緩む。申し分なかった。その先制攻撃は自分が見た中で最大級だった。何一つ失敗などないものだと自負できた。


「クロさん、確認を!」


 即座にクロがまた地に耳をつける。


「モノホン……」


 その瞬間に呆れた表情に変わった。その想いを込めてミカに情報を伝達した。


「バケモン」

「敵の数は!?」


 ミカは急いで声を荒げて状況を確認する。あれだけの攻撃だったのだ。どれぐらいの被害を与えることに成功したのかと。クロミスコロナは呆れ果てていた。


「四体とも生きてる」

「なんですって……」


 あれだけの連続攻撃を受けても一匹も削れていない。


「それに――」


 クロは本当に呆れていた、心底イヤになるほどに。


 その事実がイヤで嫌で仕方がなかった。


「たぶん――」


 会ったことがないこんな化け物に。その一言が口からため息交じりに出てしまった。その耳に届く足音が彼らの状態を伝えている。スピードを上げてこちらに向かってきている。


 呆れた気分がミカに伝わるように目を合わせて




無傷ノーダメージ





 ハッキリ告げた。


「はぁ~あ?」


 淑女の毅然とした態度はその一言で崩された。



《つづく》

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