俺たちの関係をデットエンドで終わらせねぇ!!

ハギわら

1章 誰が為に己が拳を振るう【2016年6月~2016年8月】

プロローグ

前編 世界改変《ミレニアムバグ》

 世界の在り方について、誰もが疑問など持たない。


 世界とは、こうあるべきだと誰もが疑うことを嫌ったからだ。


 何も決まってなどいない世界の在り方を怖がるように、人が世界に自分たちの決まりを作って共有した。世界があるべき形に収まるようにと願い、世界が自分たちのものであるようにと欲求を要求し、世界が何も変わらないようにと平穏を求めた。


 この世界には『理解』できることしか起こってはいけない。


 異能や魔法などの特殊なものなどあってはならない。さらに空想上の生物が存在してはいけない。おまけに神などという偶像がいてはいけない。


 この世界では『常識』という枠から出てはいけない。


 認識が違うのは罪だ。ルールを守れないものは反逆者だ。誰もが持ちうる感覚を持っていないものなどいなくていい存在だ。常識を知らないモノは無知だ。ルールすら分からない愚か者に他ならない。


 この世界では『調和』を乱してはいけない。


 この世界では『同然』であることが正しい。


 人と合わせられない人間は障害だ。集団でいるのに空気を読めない人間はどこに行っても不要だ。心を押し殺して人に合わせて笑顔を作れない者は集団では生きられない。


 だって、邪魔で不要な存在は世界にいらないのだから。

 

 周りの人と同じことをするのが出来て当たり前だ。個性など持ち合わせる必要などない。個性はいらない。同じ服を着て、同じ髪型をして、同じ常識で考えることが、正しい。個性などいらない、邪魔になるものだ。集団に染まることこそが在り方だ。


 この世界では『異常』は怖いものだ。


 この世界では『異質』はいらないものだ。


 この世界で『特別』になってはいけない。


 知りえないことは恐怖だ。変わった人間は恐怖だ。分からない存在は恐怖だ。世界にあってはならないことで溢れ出す恐怖だ。何一つ特別など起こらないほうがいい。特別になった人間は嗤われるために存在するのだから。そんな人間など居てはいけない。そんな人間など生まれてはいけない。


 この世界は『進化』など望んでいない。 


 今のままでいるのがいいのだ。今のままがいいのだ。変わることなどないことが一番だ。一人にならなければいい、孤独でなければいい。集団に混じっていられればいい。感情を押し殺して、この世界に順応している自分を誇りに思え。


 この世界が『最高』だ。


 この世界が『正解』だ。


 夢などいらない。感情もいらない。個性もいらない。人と変わってなどいけない。常識を知らないことは異常だ。誰かに合わせて大多数の人間になることが目指すべきところだ。平穏に暮らして平穏に人生を終えることこそが最良の選択だろう。


 これが最大の正解だ。


 そんな最高の世界で、




【この世界はまったく持って……】


 正解と言われる世界で、




【本当に最高過ぎて――】


 一人がポツリと戯言をこぼす。







【退屈……極まりない……】








 2000年――それはミレニアムと呼ばれた年。


 IT関連会社にとって最悪の年明け。


 時代を跨ぎ変わる日を人類は計算せずコンピュータが誤作動を起こす可能性があった。内容は至って単純な問題であり、未来的なシステムでありながら子供でも間違えないようなあり得ない設計ミスが元だった。


 下二桁の数字でを判断をしていた。


 単純で初歩的な構造の欠落。百や千の桁が変わることを危惧せず作られたことに起因する。下二桁00だけの認識での処理。


 2000になろうともシステム上で1900とコンピュータが判断する。その判断で、データが狂い、誤作動を起こす。


 それだけのことが原因で人々は騒いでいた。たった四桁の数字を二桁で判断するミスで障害が起きる。考えれば誰もが分かるような仕組みで誰もが見落としていた。そんなことがあるわけがないと見落としていた。そんなものは常識でしかないのだから。四桁を処理できる誰もが間違えない当たり前のことが狂った。


 そのバグがもたらす恐怖は大きかった。


 発電、送電機能の停止や誤作動とそれに伴う停電、医療関連機器の機能停止、水道水の供給停止、鉄道、航空管制など交通機能の停止、弾道ミサイルなどの誤発射、銀行、株式市場など金融関連の機能停止、通信機能の停止。


 人々はその異常に引っ掻き回される。多くの者がそのくだらない問題の対応に追われたのが事実だ。四桁の数字の処理を間違えただけで世界は混乱に陥った。


 それがこの世界の在り方だと、まざまざと見せつけられる事件。


『たったで世界は大騒ぎになり、


 たったで世界は大きく変わる』


 と誰かが呟いて世界に言葉を残した時代。





 1900年代、最後の大晦日――【1999年12月31日】。


 年明けを目前に控え会社で泊まり込み、2000年への切り替えを見守る会社員も多くいる。切り替わりを今か今かと予期せぬ事態に脅えながら何事も無いように祈りながらその時を待つ。


「先輩! もうすぐ2000年っすよ!」

「なんで……俺らこんなところで年越さなきゃいけねぇだよー」


 ただ、そこにあるのは危機感などではない。対策を練って待ち構えるだけだ。手順を確立し待つだけの作業でしかない。ただ時の行く末を見守ることだけが仕事に他ならない。


「そりゃドルゲイツあたりに言ってくださいよ。よく固まるミレニアムなんて作ってるんですから!」

「よう固まるよな。あれは発狂しそうになるわ。何を血迷ってあんな物を作ったのか……俺の大事な猫ちゃん画像ファイルの全データぶっ飛ばしやがって!」


 この二人もどこにでもいるようなIT企業の社員に他ならない。


 他愛もない話をしながらコーヒーを流し込み、先輩は怒りを前面に押し出す。


「ぜひ責任者を召喚して会議室に軟禁の上、24時間ほど正座させ問いただしたい!!」

「それはなかなかの拷問ですね……けど俺の彼女とのラブラブ年越しライフを壊した相手ならどんなヒドイ目に先輩があわせても俺が許します! 神が許さなくても、俺が許します!」

「お前、彼女いたのかッ!?」


 急にぶち込まれた後輩の情報リークに先輩は驚く。


「えぇ、いますよ。先輩と違って」

「ちっ、くしょ……ッ」


 それを見て勝ち誇る後輩。


 なぜなら先輩には彼女がいない。後輩の癖に先輩を差し置いて彼女がいるという情報だからである。後輩にあるまじき重罪である。おまけに仕事がなければラブラブで激しい年越しを過ごしたことに違いないのが先輩許せない。


 先輩は殺意が目覚めそうになる心を一旦押し殺し、


 椅子にもたれ掛り後輩の方を向く。


「ただお前の件はドルゲイツはあまり関係ないけどな。そもそもこのアプリケーション作ったのうちの会社だし」

「じゃあ……俺が入社する会社を間違ったせいなんですね……」


 残念そうにする後輩に先輩はニヤリと笑みを浮かべる。


「どうした弱気だな?」


 ここが仕返しのしどころと言わんばかりに携帯を取り出し電話帳を見せつける。


「社長が責任者だ、どうする? いまから緊急コールを装って呼び出して会議室でラスボスを闇討ちでもするか?」

「やめてください! 俺が悪いんです! このブラック企業に入社した俺が!!」


 さすがに一社員が社長を闇討ちするとなるとクビ覚悟。それでは彼女とのハッピーライフが壊れてしまうと後輩は慌てふためく。その姿に先輩はにへらと嫌みったらしくも嗤う。


 二人は時計とにらめっこを繰り返す。時間の短い針はまだ微かに真っすぐではなく十一を指し示している。訪れる時を待ち続け緊張を紛らわすようにくだらない世間話に花が咲く。


「先輩、知ってますか?」

「知ってるよ、アレだろ。年越しキャンセルした彼女から別れたいってメールが来たんだろ」

「違いますよッ!」

「時間の問題であれ!」

「ヒドイ!?」


 人の不幸を願う先輩を前に後輩は眉間にしわを寄せながらも、


「世間でここのところ行方不明者がアホみたいに急増してるヤツっすよ」


 ため息を一回ついて話を戻すことにした。

 

「なんか年間件数が10倍に膨れ上がってるとか、そんな話だっけか?」

「そうっす。んで、どこを探しても見つからない神隠しのようだって」

「確か……バル……ラブ?」

「ヴァルハラっすよ」

「あー、それそれ! 知ってる、知ってる!」


 急増する行方不明者が跡を絶たなかった。


 それはヴァルハラ報道と呼ばれていた。


 突然と人が姿を消してしまい足跡も痕跡も無く、何かの事件の匂いも無い。


 或る日、突然に、人が消えるだけの事件。


 だからこそ、一部のメディアは大きく取り上げる。


 それがの予言に起因するものに違いないと。


「お金持ちの娘さんがいなくなって、」


 そして、メディアを過熱させる要因が他にもあった。

  

「10億の懸賞金が賭けられたりもするんっすよ!」

「いいな~……10億か、夢があるな~」


 金額の大きさに先輩の夢は広がる。10億あったらなにが出来るか。


 この会社を辞めて家を買ってのんびり暮らす余生。最高だなと思う他ない。


「年末ジャンボ買うより、娘さんを探した方が効率良いかもな」

「先輩! 人がいなくなってるのに不謹慎っすよ!」

「そうだな……お前の言う通りだ」


 それは単なる世間話でしかない。本当にやることは他にある。


「そろそろ時間か……」


 秒針が時を刻んでいく。


 休まずに少しづつと、


 ゼロに近くづくように


 着実に、


「先輩、いよいよっすね!」

「何も起きませんように……」


 ひとつひとつ針を進める。時は待てばやがて訪れる。


 時が人を待つことはない。


「「サン、ニ、イチ」」


 声を揃える二人。


 そして、その声は時があける瞬間を告げる。


 そこが世界の――




「「ゼロ!!」」





 となることも知らずに



≪つづく≫

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