もし小さくなれたら

@ryuuzennsoujyuurou

第1話 小さな世界の大きなお部屋


 俺はおっさんだ。…流石におっさんが俺の名前って訳じゃないが、最近近所の子供におっさんと呼ばれる年齢になって来た。顔が老けて来たのかとも思ったが、取り合えず俺はジンだ。おっさん…らしい。


 仕事帰りの夕暮れ、道端で物凄い怪しい屋台を見つけた。警察とか、そう言うのに許可を出しているのかさえ怪しい、兎に角「怪しさ」を前面にアピールする為だけに存在しているかの様な、謎の存在感を放っている屋台だ。


 匂いがしないので食べ物屋さんではないのだろうが、独特な鼻につく布の香りと言うべきか、悪臭一歩手前の匂いに顔を顰めつつ「何を売ってるんだ」と奥の陰に尋ねると、物凄い勢いでヌゥッと影が急接近して来た。


 「お若いの…って程、若くはねぇか」

「うっせ。で、何売ってんだ」

「魔法の道具だ。お前みてぇな一般人には関係ねぇ店なのさ」


 お婆さんである事以外、フードで全部隠れてる。何だか顔以外も含めて全部隠すための様な衣装を着込んだお婆さんは、俺にうってつけの商品を探してやると言いだして、勝手に水晶を取り出した。


 「良いかい、お前の夢を想像するんだ。出来るだけ子供の頃の…純粋な『こうなりたい』って気持ちだ。『こうなりたかった』とか『なりたかったのになぁ…』じゃだめだよ、童心に帰って可能な限り現在進行形の想いを蘇らせるんだ」

「お、おおぅ。随分アツい要求するじゃねぇか」


 昔の頃の夢、未来を想像していた俺。…そうだな、取り合えず車が空を飛んでいたり、カラフルで変な形をした高層ビルが乱立して居たり、チューブ状の高速道路が街中に張り巡らされていたり…子供の想像ってのは面白い物だ。


 そう言えば、中学生の時に随分デカいガラクタを作った事を思い出した。周りが何と言おうと「俺の船だ!」と幼稚園児レベルの工作を見せ付けたっけ。


 「ほほぅ、成程。お前の夢はその船に乗る事か」

「えっ!? …あっ!?」



 心の中に浮かび上がった船の姿が水晶に映っている。心を読まれた事、水晶に我が懐かしき船の姿が見える事。その二つの驚きで俺は心臓が止まる様な衝撃を受けながら、全力で食い付いた。


 忘れもしない思い出。担任の教師が「お前の思い出を捨てるのも忍びない」と、街の文化センターに寄付する事になった、あの船が映っている。


 「乗せてやろう。但し浮かない事はお前が重々承知している事だろう。私が出来るのは乗船させてやる事だけだ。それ以上は出来んよ」


 「それで良ければ良い買い物が出来るぞ」とカウンターから出て来て、俺の目の前にドスンと珍妙な物を置いた。四脚で支えられた逆さになったコーン状の謎の物体をお婆さんは『小人のトンネル』と呼んだ。


 「この商品の凄さをアピールする為だけに、大金叩いて落札したダッチワイフを…投入するっっ!!」

「っちょ、何でダッチワイフなんか買った…消えたァ!?」


 違う、ダッチワイフが小人のトンネルを通過し、下の小さい口から小さくなって落ちて来た。まさかと思ってトンネルの中を覗くと、どういう訳か外側の見た目と違って中の角度が真っ直ぐだ。


 「そいでこうっ、更にこうっ!」


 トンネルを引っ繰り返して再投入すると、お婆さんの掛け声と共にダッチワイフが俺目掛けて飛び出す。突然元に戻ったので、人間サイズの物体に抱き着かれた俺は吃驚しながらも、何とかキャッチした。


 「元の大きさに戻る時は四脚のリング部分から飛び出すのさ。これは変えられない仕様でね、四脚の内側の空間が小さすぎるから、こうして時空魔法を応用して苦肉の策でリングとの間に、一種のワープゲートを設けてあるんだ」

「確かに、地面にぶつかるかと思ったけど…」


 理論は分からないが、理由は分かる。それに日本人なら魔法的な部分は大体想像できるので、お婆さんが何を言ってるのか理解できない訳ではない。


 「お値段何と290円ッ!!」

「やっすいなオイ!?」

「ああ、ダッチワイフの方は非売品だよ」

「要らねぇよ!?」


 よ、要は『小人のトンネル』があったら乗船できるよ。そう言いたい訳だな。確かに俺の船は小人サイズではあるが、このアイテムがあればサイズの問題を解決できるって事か。珍妙で怪しいアイテムではあるが、290円なら安いなぁ。実際、実演して貰ったし、効果の信頼性は高い。戻れなくなる心配もないし、これはお買い得ってレベルじゃないかもな。


 「んー、買えるな」


 職場で自販機を使う為に小銭を入れておく為の、小さな財布。その中には500円玉が一枚入っていた。


 「良い買い物したね」

「ああ、少し運ぶのが手間だけど」

「四脚はトンネルで小さくできるよ。但し簡易ワープゲートの効果が無いから、天井に向かって勢い良く飛び出すし、室内で四脚を取り出すのは注意が必要だよ」

「あのダッチワイフの飛び出しっぷりからして凄いしな」


 そう言って意気揚々と小人のトンネルを持ち返ったのが、30分前の事である。そうしてシャワーを浴びて簡単に夕食を済ませた後、正気に戻った俺はクッソせまいアパートの一室に謎過ぎるビジュアルの、謎の存在感を放つ異物を目にして…全てを後悔した。


 「ま、買っちまったモンはしゃーなしだ。今更返品に応じてくれそうもないし。

…大体、乗船できるつっても肝心の船がねぇじゃんか。こればっかりは俺の不手際…じゃなかった!?」


 何故かテーブルの上にデンと乗っかっている懐かしき我が船を見て、駆け寄る。ハイテンション故に脛をぶつけてしまうが、そんな痛みすら吹き飛ばす驚きに満ちた俺は、ハッとなって置き書きに気づく。


 ――お前の船を手元に戻してやった。話はこっちで付けたから心配するな――


 「もしかして魔法で洗脳したのか」と、あの怪し過ぎる見た目から勝手に魔王陣営的な所業を想像するが、今回に関しては従っておこう。


 「うっし、入るか」


 そこそこの重さのある船を『小人のトンネル』の前に置いて、トンネルの中に片足を入れる。すぽりとトンネルの中に片足が入ったので、次に座る様にしてから滑る様に飛び降りると、意外と長く落下する。


 「ちょっ、この高さは死ぬんじゃねぇか!? ――あだっ!」


 …死にませんでした。そう言えば猫は体重が軽いから、落ちても怪我をしにくいと聞いた事がある。小人になって軽くなった分、相対的に落下耐性が高まったと言う事だろうか。


 「うっし乗船だ!!」


 意気揚々と船を駆け寄った俺は、船体の一番下の部分にしがみ付く。角材を使用しているので、若干上り辛いが垂れ下がっている麻紐を使って乗船する。


 名も無き船は一番下になっている角材に、もう一本の角材をボンドでくっ付けてから、麻紐や段ボールで大型化させていった、俺が作った物でも特に大きな代物だ。


 「こうして見ると、上の部分に繋がってる通路が無いな。紐が縦横無尽になってる分、登れそうではあるけど…」


 うーむと考えながら頑張って頂上へ上ると、テーブルから降ろした筈が、床から離れるだけで結構な高さに感じる。その高さは多分30cm程だと思う。


 「こりゃ凄いぞ。明日ホームセンターで色々買ってこよう。それに空っぽのペットボトルも有った筈だし、浮力の確保に勤しみますかねぇ!!」


 色々頭の中で設計図を妄想しながら、麻紐を伝って船を下り『小人のトンネル』の所に戻って来た俺は「よっしゃ、戻るぜ!」と意気込んだまま微動だにしない。


 「しまった、トンネルを引っ繰り返す奴が居ない!!」


 そう言えばお婆さんから聞いた戻り方は、自分用じゃなかったなと思い出し、猛烈に後悔しながら「ジャンプしたら行けるかな」と軽く跳んでみると、自分を上に引き上げる物凄い力を感じながら、トンネルに吸い込まれた。


 「戻れるのかよ」


 後悔の猛烈っぷり故に「え~、ないわ~」と言いたいが、戻れないよりは遥かに良いので、明日の仕事の為に就寝する事にした。もうこれ以上『小人のトンネル』とお婆さんの事を考えないで居よう。





 ……………夢の中です。夢の中なのに結構意識がクリアです。

目の前の我が船を見つめながら、この状況に俺は困っていた。目の前に見えるのは湖と我が船を固定するドック。そしてお婆さんだ。


 「お前さんや、早く来い」

「はいはい。人の夢に介入しやがって」

「説明不足だった事を思い出したんで」


 説明不足と言うと『小人のトンネル』の元の大きさに戻る方法だろうか、とお婆さんの言葉を聞いた俺は予想した。


 「元の大きさに戻る方法を伝え忘れていたね」

「ああ、真下でジャンプしたら戻れたけど」

「そう、そうすれば戻れる。実は四脚の内側の空間は、全部魔法の領域に設定してあるんだ。もし埃を吸い上げたりしたら、埃が巨大化して大変な事になるから布でも被せた方が良いよ」


 …うわぁ、もう「うわぁ…」としか言えないよ。想像するだけで「うわぁ」だよ。埃が巨大化するって最悪じゃん、うわぁ…。…と「うわぁ」尽くしの想像に顔を引き攣らせていると「次の説明!」とお婆さんが木造ドックへ歩き出したので、俺も続いてドックに入る。


 「良いかい。今、クレーンの釣り上げを解除したら、そのままドッボーンと水没するのが目に見えてる。こいつを浮かせるには浮力が必要だが、アテはあるかい?」

「その事か。ペットボトルをくっ付けるつもりだけど。明日、仕事帰りにホームセンターに行って簡単に材料を揃えようとは思うけど、それに関して何かあるの?」


「まあ、これと言って…って感じではあるね。でも木材は駄目だよ。重いし使い辛いよ。それに推進力はどうやって確保するんだい」

「ホームセンターにモータ売ってるだろ。簡単なキットを買えば必要な物は揃うだろう」


 そう言うとお婆さんは腕を組んで「むう」と唸り出し、何かを考え始める。少ししてお婆さんは「浮力さえ確保できれば船としての機能は何とでもなる」と何か呟き出してウンウンと思考の海に沈み始めた。


 「推進力に関してだけど、帆を張るのって見た目的に浪漫があると思うんだ。モーターを主力にしようとは思うけど、良い案があったら教えてよ」

「なら『何の船』なのかをハッキリさせた方が良いね。交易船、病院船、軍艦、宇宙船に潜水艦。船と一言に行ってもバリエーションは豊富だ」


 「戦う事になったら、火矢で大ダメージ確定な素材だもんなぁ。かと言って鉄板は加工技術的にも重さ的にも使えないし」

「攻撃に関して説明しておくけど『大砲を模して作った物』とかじゃなくて、最低でもBB弾を発射出来る様な奴を装備するのがお勧めだよ。固定砲になる可能性の方が高いとは言え、相手の方の性能を考えれば射程距離は抜群だ」


 しかしBB弾を発射出来る物となると、エアガンしか思いつかない。固定砲台と割り切ったとして、どうやって引き金を引けば良いのだろう。俺には、沢山の小人がロープに引き金を引っ掛けて「せーの」の合図で引っ張る光景しか想像できない。


 「まあ製造できるんであれば、本物の大砲を『小人のトンネル』で小さくして配備した方が、確実と言えば確実ではあるけどね」

「いっそラムアタックに徹した方が良いのか」


 「好きにしな、お前には無限の冒険が待ってるんだ。この程度で迷ってちゃ冒険できないよ」

「無限の冒険ね。そんな事やってる元気ないっての。俺は社会人だ、帰宅は夕方以降だし冒険してる時間は無いってば。それとも毎晩、夢の中で冒険できるってのか」

「あっはっは、人の夢に介入するのだって苦労するんだ。毎晩なんか、商売上のサービス以外で、やってられないっての」


 そう吐き捨てる様に言いながら、お婆さんは魔法使いが使っていそうな、大きな杖をローブから出して「要はこれで終わりだ」と、半ば一方的に宣言しながら、床をドンと叩いた。


 叩いた音が山彦の様に反響し出し、聞こえる間隔が徐々に短くなるに連れ、景色が歪み出して平衡感覚がなくなり出す。気持ち悪く思って、思わず蹲ると意識が遠のき始めて、反響する音が間隔が短くなり過ぎて、殆どなりっぱなしに近い状態になった時、俺は既に夢から目覚めていた。


 「うえっ、最悪だ」

「さいあくですぅ~」

「ああ、全く以て―――って、うわあああああああああああああ!?」


 枕元にちっこい妖精の女の子が居たので、思わず布団から飛び出して訳の分からない転がり方で障子にぶつかってしまった俺は、隣部屋の人に迷惑が掛かっていないかと心配しながら、ちっこい妖精を相手に全身全霊で警戒する。


 「ううぅっ。目を回しながら目覚めるのが、どれだけ最悪な目覚めか…って朝に煩い声って、もう最低最悪なコンボじゃない…」

「得体の知れないちっこいのが居たら、誰だって驚くわ! …お、お前…妖精か?」

「そうよ」


 小さな妖精。それだけ聞けばティンカーベルを想像する人が多いだろうが、俺の目の前にいる彼女はガッチガチの萌え萌え衣装を着こなす『萌え美少女』と表現すべき外見をしている。誰がどう見てもディズニー的な見た目じゃないし、ジブリっぽくもない。秋葉的なオタク色に染まった萌えキャラが眼前で、物凄く不機嫌な顔をしている。


 「お、おまっ――一体どっから入って来た!?」

「召喚魔法と時空移動魔法を組み合わせた『宅配魔法』ってのがあるの。その魔法で私が宅配されたって訳よ」


 一瞬、萌えキャラの美少女フィギュアが喋ってるのかとも思ったが、どう見ても生身の肉体にしか見えない。触って確かめたい所だが、相手はレディー、マナーを考えると迂闊に触れない。それ以上に得体の知れない奴に近づきたくない。


 「一体何の用で、誰がお前を宅配したってんだ?」

「道端で露店を開いてたお婆さん」

「あの人か…」


 夢の中の言葉を思い出し、理由を推測する。最初に思い出したのは「商売上のサービス」と言う言葉。この妖精が何のサービスなのか、全く想像つかないが、お婆さんが何を考えているのか、全く分からないのは段々理解出来て来た。


 「えっと、小人のトンネルのお買い上げ、有難う御座います。私は商品の点検と修理を担当します」

「アフターサービスね」

「そうなの。お婆さん、電話を使わない人だから伝言役が必要なの」


 「しかし、要は魔法でワープして来たんだろ。良く俺の部屋の座標が分かったな」

「うん。夢に介入した時、記憶を見て大体の座標を確認したんだって」

「あんのマッドサイエン…この場合はサイエンティストじゃないか。まあ、ウィッチはマッドなのが基本だよなぁ…。寧ろ常識人の魔女こそ、マッドウィッチなのか?」


 昨日の俺の様な小さな存在、妖精。元々小さい種族なのか、こいつだけ突然変異で小さく生まれたのか、或いは妖精と一言に言っても無数の種類があるのか。考えるだけで疑問が溢れて来る。


 この小さい体となると、脳も小さい筈。なら知能は高くない筈だが、会話は出来ているし人並みには賢そうだ。だとすると脳からして人間の常識に反しているのか、それとも魔法的強化がなされた結果なのか。――そう考えると、こいつって案外、人造人間的な産まれ方をした可能性もあるな。


 「お婆さんは錬金魔導士だから、科学者でもあるよ」

「錬金魔導士って名前だけで想像すると、錬金術を魔法的な視点で研究してるのか」


 俺の脳内では赤いコートを着た、片腕が義手の少年が両手を合わせて、一度合唱の様なポーズをとった後、両手を地面につけて放電現象を引き起こしている姿が。それをお婆さんに置き換えつつ、魔法陣で錬成内容を制御している所を想像すると、大分近づいて来るんではないだろうか。


 「私、比叡。ジンだよね」


 そう言うと比叡は俺の方へ手を差し伸べ、其処からまばゆい光を放つのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る