鷹の雛が死んだ
野見宿禰
第1話 死神の数字
あれは平成何年の正月だっけ?
もうだいぶ忘れてきたが過去の話を書こうと思う。
これは紛れもない現実。私の体験したリアルの話だ。
2011年初頭、我々には正月はない。無いも同然だった。
もちろん大晦日やクリスマス、その他の行事も何もない。休みもない。
仕事を持つにしろ最底辺の一つと言ってよい環境だった。
いわゆるブラック企業で、私は当時それに勤めて約10年目、
定住して約4年目を迎える生粋の社畜というやつだ。
まともな給料は貰えず、それでも食べてはいけたし趣味のゲームをしたりニコニコ動画を見て満足とは言わないまでもこれが普通だと思い込んでいた。
思い返せば普通の社会に一歩も踏み入れることのないままブラック会社に入ったことでその水に慣れてしまっていたのだ。
そんなこととは関係なく新年の初日の出は明るかった。
年が明けたんだなと、職場の玄関から差し込む光を眺めながら思った。
暖かい、冬場で暖房もろくに入っていなかったが、その光を浴びるととても暖かく感じた。
朝日はいい。力を感じる。この力が年末ジャンボに力を与えてくれるに違いない!そう思って私は胸ポケットに宝くじを忍ばせ胸元に光を当てるように仕事に就いていたw
当たった!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
一月三日だったと思う。新聞を見ると私の持つ宝くじの番号が載っていた。一万円だ!たまたま遠出して駅で入手した宝くじが一万円に化けた。
嬉しかった。これで何を買おう!
しかし、近場に宝くじの販売所はない。遠出するにしてもそれなりの準備が必要だし、今すぐにとはどうしても思えなかった。
それは自分の住むこの辺りが田舎でバスも一時間に一回あるかないかだったし、朝の仕事終わりで休憩時間は四時間ほどあるのだが正直きつい。
一月十二日、朝の定例となっている社長への売上げ報告。
電話をした。ほぼ何を言っているかわからないぐらいの声。
小さいし呂律もまわってないし。それでも最後の方は分かった。
「……牧場に今持ってる売上げ全部、支払っとけ……」
「……それと、今日はこれから検査入院するから連絡取れなくなるからな……」
と言うことだ。
私は朝の仕事を終えると早速今手持ちの四十二万円を牧場に振り込み家に帰った。
家に帰って休憩が約四時間。いつものパターンでご飯を食べ、TVかゲームかニコニコ動画見てお昼寝。そして、午後三時頃から出勤して夜の十時頃までお仕事だ。
夕方の五時頃だっただろうか?
私は何時ものようにテナント料を引かれた店の売り上げを取りに行く。
幾らだっただろうか?もう忘れてしまった。
うち以外にキーホルダー屋さんの分も一緒に貰っていたので封筒からお金を取り出し振り分けに掛かった。
大した金額でもないのは覚えている。
そのお金の中に珍しくピン札の樋口一葉、5000円札が混じって入っていた。
客商売をしている以上外面の良い観光宿泊では普通ピン札は重宝されるものだ。
それがなぜか客でもないうちに回って来た。
商売には関係ないのだがピン札ってワクワクするよね。
そんで数字を確認するよね。ぞろ目だったりなんだりで価値が出るって聞くし。
ブラックで給料もまともに貰えなかった私は、あわよくばを考えつつもそうでなくても分ける為に自分のしわくちゃの紙幣と交換両替しようかな?とかとも考えていたが生憎出来る札はなかった。
が、番号の数字が並んでいる!
それがわかった途端、心がゾワゾワしたのを今でも思い出せる。
それが世間一般で悪魔の数字と呼ばれるものだ。
しかし、雑学が好きでそれ系の本を色々読んでいた私からするとその数字は間違っているらしいのは読んだことがあった。
それでも縁起を担ぐ癖と言うのか何と言うのか?それが染みついた私にはいいモノには感じられなかったのは言うまでもない。
それは悪魔の数字と呼ばれているからだけではなく、にこやかに社交辞令の言葉をかけ合いその紙幣で態々支払って来た観光宿泊会計からの言いようのない悪意めいたものを感じずには居れなかった。
返して貰うお金が何十万とかで、ピン札も多くある中のそれであったならそこまで感じることはなかったかもしれない。
だがこれが三万円以下の売り上げの返金で、お札の枚数は明らかに少ない。
その中にこれが含まれていたのだからそう感じても仕方がない。
私は直ぐに縁起を担ぐため、縁起の良いキーホルダー屋さんにそのお札のことを話し、両替してもらった。
これで悪いことは起こらない・・・はずだ。
何時もの様に時間は過ぎていく。
今日もインバウンドは金もなく何も買ってくれない。
このまま今日の営業は終わるのかと思っていた午後9時前。だったと思う。
一本の電話が私の携帯に入った。
「何々よく聞いてね。今日の午後8時51分、社長が亡くなったから。末期だったけど今日手術して頑張ったんだけど、さっき午後8時51分に亡くなったから」
電話の相手は壊れたCDかレコードかの様に同じようなセリフを連呼する。
ああ、あの数字は悪魔の数字なんかじゃない。
悪魔の数字って言うのは間違いだと言うのは本当なんだな。
あれは死神の数字なんだ。
って心で思った。
「社長は何々が暮らして行けるように考えてたよ。私も色々聞かされてたから、やりたいならそこで続けていいから。きちんとやって、お金をこっちに納めてくれればいいから」
放心状態の私はあまり言葉を発せずにいた。
そこに「お金をこっちに納めれば」との言葉。
なんでそっちにお金を払わないといけない?
会社の役員も降りるって言って降りてもいるし、働いてないし関係ないじゃん。
売上少ないのにお金納める?支払いのが先だろ?
こちとら給料だってまともに貰ってないのに何言ってるんだ?
とも思ったが、それよりもこの先どうしたらいいんだ?との思いが強かった。
自分にはこういう仕事を10年ぐらいした他には何もないから結局続けようって考えてた。
バカな考えさ。
今までそれしかやってこなかったけど、商品の金額や色々なこと、知ろうともしなかった。それはいつか辞めてやるって思って、思ってても出来なくて、それでもいつかは・・・。って思いの表れからそこら辺は適当に聞き流していた。
周りにその商売の知り合いもいるし、学ぼうと思えば学べるって思いもあったし。
時間はあるはずだった。
兎に角、同業のキーホルダー屋さんに社長が亡くなったことを淡々と伝えた。
不思議と悲しいなんて思いはなかった。冷静なものだ。
社長が亡くなったこと以外普段と変わらない日常が流れていた。
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