子供たち
魔族の治療はあらかた終ったらしく、キースペリは後回しにされていた治療を受けていた。多分、エルフ……なのかな? 耳の長い薄着のお兄さんが、
「キースペリ! 魔族さんたちを奴隷にしてるってホントなの?!」
すると、キースペリは何だか決まりの悪そうな顔をしてそっぽを向いた。
「ふん……。それもこれも、すべて魔族が悪いのだぞ。先日も、鉱山で魔族らが蜂起して、大勢が死んだ。主人にたてつくような野蛮な連中なのだ。奴隷として鎖で縛っておかねば、物騒で仕方がない」
「なっ! それ、本気で言ってるの?! 奴隷として束縛したり、こき使ったりするから、不満が溜まってイザコザが起こるんでしょ! 順序が逆じゃない!」
先ほど、ちょっと見直したのは間違いだった。こんな……、こんなひどいことを考えるような人だとは思わなかった。
その時、私たちにつき従っていたマヒナちゃんがその場で片膝をついた。
それを見た他の魔族たちも、重傷の患者も一斉に礼をとる。
「奥方様……!」
「ヒーちゃんもコーちゃんも、こんなところにいたのネー。パーパさんもどっか行っちゃうし、1人でお部屋に置いて行かれて、タイクツだったのヨ~」
「ママっ!」
のほほんと言うママに飛びつくと、頭をぽふぽふされた。
「ン~? ヒーちゃんどうしたノ? そんなに甘えテ~」
私はなんと言っていいか分からず、とにかくぎゅっと抱きつく。
「何か、悲しいことでもあったノ?」
「んーん。何でもない」
悲しいこと。そうなんだろうか。ちょっといい人かも知れないと見直したキースペリが、実は魔族を奴隷にすることを、まったく悪いこととさえ思っていない様子なのを見て、ショックだったのかも知れない。
と、ママがぽんと手を叩いた。
「そ~だ、2人とも! お城の中はもう探検したノ? 水が宙に浮いているお部屋トカ、壁から血が流れ続けているお部屋トカ、面白そうなお部屋がいっぱいあったノヨ~」
「まじでー?! おれ行く~!」
「ネ? ヒーちゃんも、気分転換に探検しまショ。せっかくのキャンプなんだカラ!」
ママなりに、元気づけようとしてくれているのかな。そういえば、私たちはキャンプに来たんだった。そんなこともすっかり忘れていた……。
私たちはママに連れられて、大広間を後にした。
◆ ◆ ◆
夜。
いくらなんでも日帰りじゃないとは思っていたけれど、パパは帰ってこない。
1人の部屋でだだっ広いベッドに座り、私は大きな枕をぎゅっと抱きしめていた。
(もし、パパが、魔族さんたちが奴隷にされているってことを知らなかったら? ううん、もしもそのことに気づいて、言い争いにでもなったら……。今、パパは味方が誰もいないんだよ? あっという間に捕まって、殺されちゃうかも知れない)
私は昼間見た、深手を負った狼男のことを思い出す。
いてもたってもいられなくなって部屋を飛び出し、ふらふらお城を歩いていると、月の光差すバルコニーに迷い出た。
「へぇ、太陽がまだ出てる……」
2つある太陽のうち、薄ぼんやりしたほうの太陽はまだお空の真上にあって、満月と同じぐらいの光を放っている。月はというと、2つの太陽に照らされているせいか蟹のハサミみたいなちょっとおかしな形をしているけれど、ほぼ三日月のような大きさ。これが満月になったら、昼と同じくらい明るくなって、眠れないんじゃないの? と少し心配になる。
と。
「あれ? ……マヒナちゃん?」
バルコニーの頭上の空に、マヒナちゃんが翼を広げて浮かんでいた。
「これはこれは、王女殿下。どうなさいました?」
「私は……ちょっと眠れないだけ。マヒナちゃんは何をしてるの?」
「はっ! このままの姿勢で答えることをお許しください。今は月の光を浴び、体内で魔力を練成しております。
「ふぅん……」
マヒナちゃんに尋ねておきながら、私は上の空で聞いていた。
「ねぇ。……パパがいるのは、あっちだっけ?」
「聖王国の城ですか? 昼間なら、忌々しい
「そっか。ありがとう」
「そんな、滅相もないことです。あ、あれ? ……王女殿下?」
マヒナちゃんの困惑した声を背中に聞いて、私は廊下を戻る。突き当たりにはガラスなんて入っていない、ただ穴が開いているだけの大きな窓があった。
数瞬、意識を集中すると、プレイヤーにBlu-rayディスクを入れた時のようなフィー……ンという音がして、窓の外に氷の円盤が現れる。
私はひらひらのネグリジェの
「よっ、と!」
かけ声と同時に、円盤の上に着地。そのまま、空中を滑らせ、お城を背に向き直る。太陽と月の間。聖王国──パパのいるほうに向かって。
やっぱり、パパが何も知らないままなのは危ない気がする。せめて、魔族が今置かれている状況だけでも教えてあげないと……。
(飛べ……)
そう念じると、円盤は勢いよく飛び始める。──けど、風を切って飛んでいると、1分もしないうちに後ろから声がした。
「
「ま、マヒナちゃん!? こ、来ないで!」
「も、もう少し、速度をお下げください~! その速さでは、追いつけませぬぅ~」
「ダメだよ! 来ちゃダメ! 来ないで!」
「そ、そんなわけにはぁ~! 陛下に、ご家族の皆様をお守りするよう、仰せつかっておりますのでぇ~!」
と、マヒナちゃんは翼を折りたたみ、スカイダイビングの急降下の時みたいな『気をつけ』の姿勢で、私のほうに突っ込んできた。そのまま胸から着地。円盤がぐわんぐわんと揺れて、私は尻もちをつく。
「わわ、わわわ!」
「んみゅ、ふむぅ~」
2人とも危うく落ちそうになって、必死にしがみついた。
「いった~……。もう、なんなの」
「うぅ……、今ので、ちょっと潰れた気がする……」
「もう、帰ってよ! 私はちょっと、パパに伝えたいことがあるだけだから」
「そ、そういうわけには参りませぬ! ならば、私もお連れください! この世界のことについては、氷燦名様よりも詳しゅうございます!」
「だ~め~! マヒナちゃんにはママのところにいてもらわないと。ほら、帰って。か~え~って~!」
「や、押さないでください! 落ちます、落ちますぅ!」
狭い円盤の上で必死の攻防を繰り広げていると、薄い太陽と
頭上から、聞き慣れた声が降ってくる。
「ね~~~ちゃ~~~ん! マ~~ヒナ~~~!」
幸四郎だ。
あいつ、いつもは9時過ぎになったらすぐに寝ちゃうくせに。念願の1人部屋が落ち着かなかったんだろうか。
「幸四郎! 何やってるの! すぐに帰りなさい!」
「ね~~~ちゃ~~~ん! 落ちるぅ~~~!」
と、幸四郎が光の姿になって、ぴしゅん、と空に飛び上がる。──けれど、あんまり長い距離を飛べない幸四郎は、すぐに人の体になって自由落下を始めた。そのまま落っこちていきそうになったところで、また、ぴしゅん。
だんだん、人の姿でいる時間──落下時間が長くなっている。そのせいで、光の姿になってもこっちに向かっては来れず、上にばかり飛んでいる。次第に、高度が下がっていく。このままじゃ、落ちる!
「幸四郎! 待ってて! 今行くから!」
すると、その言葉にふと気が緩んだのか、幸四郎がふらついて真っ逆さまに落ちはじめた。
「マヒナちゃん!」
私が悲鳴に近い声をあげるのと同時、マヒナちゃんも幸四郎に向かって飛び出していた。私は円盤を操作し、幸四郎の落下地点まで滑らせる。
どすん!
幸四郎とマヒナちゃん、2人分の体重で、円盤が揺れた。──ただし、さっきみたいな大地震にはなっていない。幸四郎がどこに落ちてもキャッチできるよう、円盤を大きくしておいたからだ。
「……まったく。あのまま落ちてたらどうするつもりだったの!?」
「うぅ~。でも、ねーちゃんが……」
「でもじゃない! もう、どうするのよ。あんた1人じゃ帰れないでしょ? マヒナちゃんも、あんたを抱えては飛べないって言うし……」
「でもぉ~、でもぉ~!」
「なによ」
精一杯冷たく聞くと、幸四郎は目に涙をためて、私をにらみ返してきた。
「ねーちゃんが、おれをおいてどっかに行っちゃうから、わるいんだもん……。父ちゃんをたすけに行くなら、おれも行くもん。……ねーちゃんのズル! アホ!」
なんだか、その顔を見たら怒れなくなった。こいつもこいつなりに、真剣に考えているのかな……。
「はぁ~……。仕方ない、か。マヒナちゃんには幸四郎を見ていてもらわなきゃいけないし。……3人で行こう。ママには、あとで謝る!」
私は、怒った時のママの怖さを思い出しながら、ひとり、悲壮な決意を固めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます