聖王国首都グランゼニス

 馬車は、オレと、オレよりも上背タッパのあるバイストとかいう騎士を乗せても、みしりとも言わない頑丈なものだった。内部にも、外から見たのと同じような金色の装飾が施されている。

「ほぉ~。これは、見事なもんですな。この装飾。っと、あれ? これ、つる、ですか?」


 金髪ロン毛の騎士、ジューリンが優雅な笑みを浮かべて答えた。

「ええ。ご復活なさったばかりなら、知らないのも当然でしょう。それは魔金草まこんそうといって、教会で聖別された水で育てることにより、そのように金色の輝きを放ちます。魔力の流れを遮断する効果があるので、透視や盗聴の魔法などに対する簡易的な結界として使われておりますね。あぁ、もちろん、魔王陛下のお力を遮断するほどの効果はないので、ご安心を」


 そうか、盗聴。魔法が存在するということは、どこで誰が見ているか分からないということでもあるのか。

 それから、オレはさっきからムッツリと押し黙っているバイストのほうを見た。だが、バイストは反応せず、代わりにジューリンが苦笑する。


「連れが無愛想で申し訳ありません、陛下。彼は元々、利発で聡明な少年だったそうです。しかし、神への愛の深さゆえ、彼は聖爵せいしゃくを受けました。その時、彼が捧げたのは“知恵”だったそうです。その時、彼は一切の知恵を失い、代わりに、獣のごとき絶対的な力を与えられました」

「それは……、怖いですね。自分の知恵が失われてしまうことなど、想像もできません」

「怖い? そうですか? 神は、その者にとって最も大切なものを捧げた時のみにしか、聖爵せいしゃくを授けてはくれません。神の恩寵を値踏みすることはできないのです。しかし、神は必ず、捧げた以上のものをお恵みくださる。我々の覚悟を見ておられるだけです。神を信じていれば、何も恐れることなどありませぬ」


「それは……、よく分かっておらず、申し訳ありません」

 怒らせてしまったか? そう思ったが、ジューリンは気にしていないようだった。


「私にはむしろ、どうして庶民らも聖爵せいしゃくを受けぬのか、理解に苦しみます。全員が聖爵せいしゃくを受ければ、より強固な王国を築けましょうに。もちろん、聖爵せいしゃくを受けてから信仰の誓いを破ると、命を落とすほどの罰を受けるのですが……、そんなものは、誓いを破らなければ良い話でしょう?」


「は、はぁ……」

 どうも、流麗なたたずまいとは裏腹に、このジューリンとかいう聖騎士も、ちょっとアブナイ人のようだ。むろん、そのぐらいの覚悟がなければ、聖騎士長など務まらないのだろうとは思うが……。それきり、気まずくなってしまった。無言の我々を乗せたまま、馬車は切り立った断崖を削って造られた隧道ずいどうを下りていく。


   ◆   ◆   ◆


「さて。聖王国シンリュートの首都、グランゼニスが見えて参りましたよ」

「ほぉ~……、これは綺麗だ」

 街自体が結構な高地にあるためか、雲の霧に包まれ、幻想的な雰囲気を醸し出していた。晴れの日にはスイスの街並みのように、空は鮮烈な青に染まるだろう。町の中央を貫く白い石畳の大通りを囲む家々は、全てが紫一色。時々、この馬車にも巻きついている魔金草まこんそうに覆われた家もある。


紫煉土しれんどの街並みですね。粘土に混ぜて焼くと、あのように紫に色づき、軽く強靭な煉瓦が出来上がります。紫煉土しれんどは容易に手に入るため、庶民らには人気があるようです」

「これは、綺麗なグラデーションですな」

「グラデ……? 今、なんと?」

 っと、ジューリンが聞き返す。彼の語彙にはない言葉だったようだ。今、オレは日本語をしゃべっているが、キースペリの話を思い出すに、こちらの世界の住民には彼らの公用語に聞こえているらしい。固有名詞や、彼らの語彙にない言葉は、翻訳されないのだろうか。


「ええと、つまり、あのように、段階的に紫の色が変わっていくのが、まるで1枚の絵画のようで美しいと、そういうことです」

「ああ、なるほど。紫煉土しれんどの分量を変えることで、軽さや固さを微妙に調節できますのでね。壁や柱、上部や下部でも配合を変えるので、あのように色が変わっていくのです。貴族や金持ちには、より高価な白い天然の石材のほうが人気ですが……。そうですね、確かに、私もこの街並みは綺麗だと思います」

 見慣れた光景を褒められたのが気恥ずかしいのか、ジューリンは頬をかく。


 町を抜けると、馬車は急な登り坂に差しかかった。そこからまた数刻、ゆっくりと雲の上へ戻っていく。

「さぁ、着きましたよ。我が王のおわすグランゼニス城です」

 そう紹介するジューリンの顔はどことなく誇らしげだ。彼のうしろを白い石材を乗せた荷馬車がせわしなく行き来している。オレが折ってしまった塔の修復作業が進んでいるらしい。


「オレが力の制御を誤ったばっかりに……申し訳ありませんです」

「なに、気に病むことはございません。すぐ元通りに直してみせましょう」

「そう仰っていただけると……うおっ」


 と、恐縮しているオレの腰のあたりを、重そうな石材の群れが横切って行った。4本の肢で石材を支え、残りの2本の肢で歩く蟻のような生物が、行列を作っていた。そいつらはオレの顔を見上げ、なにか物言いたげにしている。


「陛下の臣民たる魔族の方々にも、ご協力いただいております。彼らは力が強く、よく働いてくれるので、助かっておりますよ」

 そう言われて作業している上空を仰ぎ見れば、確かに、羽根の生えた蛇や、コウモリにも似た魔獣、壁を這うように軽々とよじ登る毛むくじゃらの獣人らが作業しているのが見える。


「人と魔族が互いに協力し合い、友好的な関係を築いているんですね。危うく、オレのせいでこの平和を乱してしまうところだった」

「我が国王は寛容なお方。魔王陛下から直接お話しいただければ、すぐにご理解下さるでしょう。こちらとしましても末永く仲良くさせて頂きたいものです」


 そこでジューリンが振り返った。

「さぁ、こちらへ。ささやかではありますが、使いを先にやって、歓迎の宴を準備させております」

 合図とともに、10トンはありそうな城門の落とし格子がゴゥンゴゥンと音を立てて巻き上げられていく。奥には壮麗な1匹の竜の姿があった──。

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