スカウティング用のカウンター
西洋風の板金鎧なのだが、どこかアラベスクな、つる草をあしらった反復のデザインで、なかなかに精巧な造りをしている。
「ほほぉ~。これはまた、大したモンだな」
「ま、ままま、魔王!」
「あ、どうも」
思わずペコリと頭を下げたが、キースペリは上体だけ起こした体勢のまま、尻をこすって逃げた。
「ねっ、姉さんたちが聖騎士昇格の祝いにくれた大事な鎧が! そ、その鎧には強力な祝福がかかっていたはずだぞ! 例え破壊されようとも、持ち主の命を1度だけ守るって……」
「いやぁ、うちの坊主が申し訳ない。せっかくの見事な鎧を、ダメにしてしまって」
「ま、魔王の息子だと!? まさか、魔王だけでも人類の脅威だというのに、さらに息子までいるのか!」
いまいち、
何にせよ、キースペリには本国へ帰って、こちらに戦う意志はないということを伝えてもらわねばならんのだが……。
思案していると、キースペリの大声に驚いたのか、幸四郎がファイティングポーズをとった。
「父ちゃん! やっぱこいつたおすか!?」
「もう! 幸四郎! さっきもパパに怒られたでしょ!」
と、
ほんと、父ちゃん、お前にはいつも助けられてばっかり。
「そうだぞ、コーシ。誰かを守ろうとする気持ちはいいことだが、お前の力は人を殺してしまいかねん、とっても危険なものだ。父ちゃんとの約束が守れないなら、絶対に使っちゃいかん。さっきの約束、覚えてるか?」
「えーっと、人にたいしてつかわない。ものをこわしたりしない。広いところでつかう。父ちゃんがいるときしかつかっちゃダメ」
「よし、そうだ。それが守れないなら、使うのは禁止だ。いいな?」
「……はぁい」
なんか不服そうだが……、まぁいい。今はキースペリが先だ。
「それでですね、キースペリさん。どうやら私が魔族の長らしいので、私が代表して話すんですが、こちら──魔族としましてはですね、皆さんと戦うつもりはまったくないのです。そもそも、これまではお互い仲良くやってきたわけでしょう? 私ひとりが増えたところで、それを変えるっていうのは……」
「あんな力を見せつけておいて……戦わず支配下に入れと、そういう脅しか」
「そ、そういうワケではなくてですね。そもそも、私、こちらの世界に来てからまだ日が浅く……というか、半日も経っていないのですよ。さっきそこのマヒナに聞いた話じゃ、魔族と人間はこれまで仲良くやっていたんですよね? 私は出来るだけ穏便に、今までの関係を継続してもらって、ついでに、魔王なんていう役職も下り、元いた場所に帰りたいのです」
「帰るだと? 何を言っている? そうやって煙に巻こうたって……」
と、キースペリはしばし考え込んでしまう。
「お、おそれながら、陛下! お尋ねしたいことが」
騎士の返事を待っていると、マヒナが直立不動のまま声を上げた。さっきオレに怒鳴られて以来、かなりビクビクしているが……。
「なんだ? 話してみろ?」
「へ、陛下のお力をもってすれば、聖王国など簡単に攻め滅ぼしてしまえましょう。なにゆえ、そのように慎重におなりなのです? 陛下のお力は、今にも天を覆わんばかり。神でさえ、その力の前ではひれ伏すでしょう」
「そうは言ってもだな、オレにそんな力があるなんて、自分自身じゃまったく分からんのだ」
だって、何も感じないし。
「父ちゃん、すっげーつえーぞ! おれ分かるもん!」
「うん……。パパからは、すごく強い力を感じる」
子供たちはそんなことを言うのだが……。
と、何か思いついたのか、氷燦名が口に親指を当て、その場をうろつきはじめる。
「う~ん。どうにかして、パパでも力の強さが分かるように出来ないかなぁ? そんな……力が見えるメガネみたいな……」
氷燦名は手を前方にかざし、氷で小さな眼鏡を作った。
それを自分でかけてみて、呟く。
「なんか、作れそう? 私の“目”をこれにコピーして……。あれ、レンズに文字がうまく出せない。ねぇ、幸四郎。ここに光で文字を書いてみてくれる? ──あ、いいよね? パパ?」
「お、おう。危なくないなら、別にかまわんが」
子供たちが何をしているのかさっぱり分からない。小4のころ、氷燦名が3DSでYouTubeを見ていたのを知ったときと同種の疎外感である。いや、ゲーム機じゃん、あれ。
「できた! ……パパ、これ!」
そう言って氷燦名が渡してくれたのは、透明な小さい氷の板だ。というか、本当に氷なのだろうか。触ると確かにひんやりと冷たいのだが、体温で熱せられても、まったく溶ける気配がない。
「タップ! タップして!」
「あ、危なくないのか?」
「いいから早く!」
そう言って、氷燦名がピースサインをしてみせる。スマホで写真を撮るように、氷燦名を氷の板から透かし見て、板の中央を指で押した。
カシャッ!
……と、音はしなかったが、代わりに何やら金色の文字が浮かび上がる。
「おっほ。これは面白い」
「うまくいった? パパ?」
「えーっと、なになに、“つよさ 83200”だと」
光の文字は幸四郎の字だろう。“よ”の字が最終コーナーをうまく回り切れず、上に向かって終わっている。これはいわゆるアレか。
「すごいな、氷燦名。さっきから超能力を使いこなしてるじゃないか。なんでわかるんだ? その、使い方とか」
「んー? 分かんない、けど、なんか、そういうスキル? なんだと思う」
“スキル”だと?
また新しい概念が登場したぞ。
「パパも、力の使い方が分かんなかったら聞いてよ。教えてあげる」
その言われようは、父としての自尊心が微妙に傷つくのだが……、背に腹は変えられん。後で、氷燦名にレクチャーしてもらうべきかも知れない。
「なー、父ちゃん! おれは?! おれも見て!」
幸四郎がオレにしがみつく。
「まぁ、待て、待て。見てやるから、ちょっと離れろ。ええと、コーシは……“つよさ 46000”か。へぇ。姉ちゃんの方が強いんだな」
「えー! ねえちゃんズルい! おれのほうがつえーし!」
「あんた、さっき私に閉じ込められて泣きべそかいてたの、もう忘れたの?」
「ないてねー! ねえちゃんのバカ! うそつき!」
っと、氷燦名はぱっと片手をふりあげ、弟を威嚇する。
「なに? あんた、やんの!?」
幸四郎がオレの脚の後ろに隠れた。
「さっきのやつは、ナシだかんな! せいせいどうどう、しょうぶだかんな!」
おいおい。我が息子ながら、ちょっと情けないぞ。幸四郎よ。
子供たちがケンカしている間に、他の2人にもカウンターをかざす。
「ふぅむ、マヒナは……。なんだ、2100ぽっちか」
「お、おそれながら、性魔は本来、戦いに向いた種族ではありませぬゆえ」
「まぁ、いいや。それで、キースペリさんは……」
「なにをしているんだ、さっきから」
「あ、これはこれは、すみませんね。ふむ、強さ370ですか。やはり、聖騎士としてのお力を失ったというのは、本当のようですね」
「バッ、バカにして……!」
さっきは、まがりなりにもマヒナ相手に善戦をしていたようだったし。この数値が本当なら、キースペリはかなり弱体化してしまったようだ。
「マヒナ、ちょっとオレを撮ってみてくれるか」
「はぁ。陛下がなさっていたのと、同じようにすればよろしいので?」
カウンターを手渡して、ポーズをとる。こういうとき、ついピースサインをしてしまうのが日本人だ。ピースピース。
「では、失礼して……」
そう、マヒナが構えた瞬間──、
こめかみに、強い衝撃を感じた。
数度たたらを踏んで、地面にすっ転ぶ。
「シャンヴィロン様!」
膝をついて起き上がると、さっきまでオレのそばにいたはずのキースペリが、大広間の中ほどで叫んでいた。
──その隣に立っているのは、異様な風体の男だ。
両手両足が異常に長く、両手にナイフのような黒い刃物を持っている。全身を黒い包帯でぐるぐる巻きにして、その上から、申し訳程度の黒い鎧を着ていた。顔の下半分は黒い布に覆われて見えず、服と同じく黒い髪は床に届きそうなほどの長さをポニーテールにしている。
瞬間、危険を悟った。
「2人とも、階段だ! さっきの階段から逃げろ!」
だが──、
「げっ! ダメだ、父ちゃん!」
黒髪の男は階段へと先回りし、子供たちの行く手を塞ぐ。男がその手に持ったナイフを振り下ろすのが見えた。
(頼む、出てくれ! さっきのやつ──!)
男に向かって右手を突き出す。
と、矢のような閃光が間隙を貫き、男の眼前に伸びた。エネルギー波が突き刺さる寸前、男は一瞬で10mほど飛び退って難を逃れる。
「コーシ! 姉ちゃんを連れて、飛んで逃げれるか?!」
「だ、ダメだ、父ちゃん! とちゅうでどうしても、おとしちゃう!」
すでに何度か、試していたようだ。
光の速度で逃げられるのは、幸四郎1人ということか。
ならば──、
「コーシ! お前は1人で母ちゃんのところまで逃げろ! 母ちゃんを守ってやってくれ。それから、氷燦名! さっき、コーシを閉じ込めたやつ、あれを出して、中に入っていろ。マヒナ、氷燦名を頼む!」
そう叫ぶと同時、オレは黒ずくめの男に向かって突進した──!
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