イセカー・インクレディブル(完結)
斉藤希有介
聖王国編
異世界で魔王になっても娘には冷たくされてます
昔は日本も緩かったのだ。本当だ。
「おい、
オレのひとり娘、氷燦名の髪が青くなっていた。青だ、青。始めは茶とか……、ちょっと不良っぽい子でも、金とかからスタートするもんなんじゃないのか。まだ12歳だぞ、うちの娘。マジか。
「はぁ? 染めてないし」
身長2メートル近いオレから見ると、つむじまではっきりと見えるその頭はどう見ても真っ青なのだが……、この言い草だ。
このところ反抗期なのか、オレに対する当たりが強い。
「でも、お前。真っ青だぞ」
「はぁ? ふざけ。私がそんなの、するわけないじゃん」
こちらを振り返りすらしないで、答える娘。
──まだ12歳。
そう思っていたが、もう12歳。
巣立ちのときなのか。
もしかしたら、今日のキャンプも、ウザいとか思われていたのかも知れない。1か月も前から、準備してきたっていうのに。
「ねぇ、ママぁ~! パパがおかしい」
後ろを振り返らぬまま、氷燦名は声を張り上げる。
子供ふたりを生んだ今も、なお匂い立つように美しい我が妻・クロジンデはオレの後ろから、山腹の神社へと続く階段を上ってきているはずだ。
思えば、こいつの母親がこの子を宿したのも、まだ10代の頃だった。日本に来てまだ日も浅い、不安いっぱいのドイツ人の美少女を、性的な意味で食っちまったのが、何を隠そう、若かりし日のこのオレである。
この子を産んだ時、クロジンデはまだ17歳だった。母が母になった年まで、もう5年しかないのだ。この子が大人になるのも、そう遠いことではない……。そう考えて、オレは
──時に、今の世の中、未成年の女の子と最後まで致してしまうのはご法度中のご法度、死刑に相当する重罪かのように言われているが、ほんの10年ちょっと前は、日本全体がもう少し緩かった。少女マンガでは高校生が当たり前のように20代のエリートサラリーマンや30代の若社長と付き合っていたし、当然、することもしていた。例え子供ができてしまっても、責任を取って結婚しさえすれば、割と許されていた時代なのである。本当だ。少なくとも、オレは許されたし。
(いかんいかん、誰に言い訳しているのだ)
と、ついに氷燦名が振り返って、オレの腰あたりからきつくオレを
母親に似たおかげで色素の薄い、ヘーゼルの瞳。日本人の柔らかな雰囲気と、欧州人の鼻の高さが絶妙にマッチした、母をも超えかねない逸材である。オレも縄文系で目鼻立ちはくっきりしているほうだから、形の良いアーモンド型の目の形は、もしかしたらオレのほうに似たのかも知れないと、密かに思っている。
「あのねぇ! 朝からずっと一緒にいたのに、どうやって髪を染めるっていうの」
うむ。
確かに、氷燦名の言うことももっとも。当然の反論である。
今朝、うちのフィットに乗り込んだときには氷燦名の髪は真っ黒だったのだ。
それが、たった数時間でいきなりグレちまって……。
(ん?)
何かがおかしい。
そう思って氷燦名の顔をもう一度よく見る。──すると、氷燦名は小ぶりな口をあんぐりとあけてオレの顔を見上げていた。
「ねぇ、それなに?」
「なんだ、それって?」
「頭、重くないの?」
確かに、さっきから少し頭が重い気がする。大した問題ではないが。
「ねぇー、ママ! パパがおかしい!」
氷燦名が再び、声を張り上げる。
かわいいひとり娘におかしいと言われると、地味に傷つくのだ。もう少し、その、手加減ってもんを覚えて欲しい。
「あらぁ? パーパさん。その頭、どうしたノ~?」
背後から聞こえるおっとりとした声は、我が妻、伊坂クロジンデのものである。
「頭? 頭が何だって──」
そう言って、頭に伸ばした手が、ふと、固いものに触れた。
「ん?」
「ねぇ、パパ。それ、硬い? 痛いの?」
氷燦名はまるで自分が痛い思いでもしているかのような顔をして、肩をすくめている。
「んんん? 何だこれ? オレの頭、何か生えてるのか?」
「あのね、パパ。なんか、でっかい牛みたいなのが生えてる」
牛。
確かに、頭部の左右ににょっきり突き出しているであろうコレは、手探りで知り得た限りでは、牛、というより水牛のツノの形にそっくりである。
こんなものが、一体、いつの間に……。
「なぁなぁ! 父ちゃん、父ちゃん! ここどこだ? どこだ、ここ?!」
と、ひとりでだいぶ先まで登っていた8歳のドラ息子・伊坂
「うおっ! なんだそれ?! かっけぇ! おれにも! おれにもつけて!」
オレの頭に生えているらしい角に気づいて、ぴょんぴょん飛び跳ねる。
「ねーちゃんも、なんだそれ?! かみの毛、超青いじゃん!」
「そうゆうコーちゃんは、髪の毛まっ黄色ですヨ~」
クロジンデがそう声をかけると、幸四郎はオレの脇をすり抜けて、愛しの母ちゃんに突っ込んでいった。
子供たちはドイツとのハーフだから金髪だと思われがちだが、実は違う。クロジンデは
──いや、していたはずだったのだ。今朝までは。
「かーちゃんも! かーちゃんも、かみ、なんていうか、雪? 雪みてぇ!」
「バッカ、雪はもっと白いでしょ」
「じゃ~、包丁! 包丁みてぇ!」
オレは恐る恐る、振り返る。
クロジンデまで、変わってしまっていたら?
オレみたいに変なツノが生えていたり、牙が生えていたりしたら? トカゲのような肌になっていたり、蛇のような舌をくねらせていたりしたら?
無論、どんな姿になってもオレは愛せる! 愛せるが──、オレが惚れたあの微笑みに、二度と会えなくなるのはつらい。
オレはゆっくりと、顔をあげた。
しかして──、そこには、オレをいつも癒し支えてくれた、見るだけでほっと心が
オレは何だか気が抜けて、にへら~っと、ほほが緩んでいくのを感じた。
クロジンデさえいれば、たいていのことは何とかなりそうな気がする。子供たちが髪を染めようが、オレにツノが生えようが、何ほどのものか。
「なぁ、父ちゃん! ここ、どこだ? なぁなぁ!?」
そう言って、幸四郎がオレのズボンを引っ張る。
「どこって、キャンプの無事を祈って、お参りに……」
キャンプ場からちょっと階段を上ったところにある神社からの景色がなかなかの絶景だと聞いて、それでキャンプ場を決めたようなものだった。キャンプ道具はひとまず車に置いたままで、これからのキャンプの無事を祈りに、ちょいと家族でプチ山登りとしゃれこんだのだが──、
「なに、ここ?!」
氷燦名が悲鳴じみた声をあげた。
目の前に広がっていたのは、果てしない
眼下には霧がけぶり、まさに雲海と呼ぶのがふさわしかろう白き大海原が、遥か先まで続いていた。遠く、水平線──いや、雲平線のかなたに、小さな建造物が見える。おそらくは、城だろう。それも、日本の城ではない、どこか西洋風の、石造りの城だ。
さっきまで、何人かの参拝客ともすれ違っていたのだ。日本人がひとりもいないのはおかしい。だが、もはやここが我々が登り始めたのと同じ山だとは思えなくなっていた。たったあれだけの階段を上っただけで、雲の上に出るわけがない。そもそも、キャンプ場のある山自体が、そこまで標高のある山ではないのだ。
「なぁ、父ちゃん! なぁ、見て! ──あれ!」
幸四郎がぴょんぴょん飛び跳ねて、オレの背後を指さす。
振り返らずとも、予感はしていた。──地面に落ちた影が、二重になっている。
オレは観念して振り返った。
つられて、氷燦名も、クロジンデも、顔をあげる。
太陽が、ふたつあった。
「一体、どこなんだ? ここ」
どうやら、我が伊坂ファミリーは日本──、いや、地球上のどこかですらない、
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