第8話 薬の副作用

「………………」

何だこれ、頭が痛いしお腹も痛い。口の中はパサパサするし、とても息苦しい、吐き気もする。心臓は常にバクバクいってるし……。何だこれ? もう一度言う。何だこれ。

 頭が痛いけど、群発頭痛レベルでは無いのが救いか……。

「ちょっとトイレに……」

何だこれ……。ふらふらして立ち上げる事も出来ない。けれども頭は妙にはっきりしている。視界は少し捻れて見えるが故に頭が妙にはっきりとしているのが気持ち悪さを加速させる。

 これはアレだな……。あれ、薬の副作用だ。

 薬を飲み始めて1ヶ月と半分そこらを少し過ぎて、ようやく副作用に悩まされ始めたというわけか……。

 不幸か幸いか、新しく移動した部署では俺の周りは何故か誰もいない。いわゆる陸の孤島……いや、部屋の孤島だ。隣に人がいたりしたら、心配されて説明するが面倒臭くなるのだが、今回は近くに人がいないことが幸いだった。

 あー、でも本当にヤバイ。ちょっとトイレの個室に入って休憩しないと本当に不味い気がする。俺は手を机に上から押し付けて、何とか立ち上がる。後はふらふらしながらトイレの個室に向かうだけだ。


***


 そんな感じの会社生活を1週間位続けていると、部長に呼び出された。

「ちょっと会議室にいい?」

「あ、はい。大丈夫です」

息切れしているのがバレないように、必死に鼻呼吸で誤魔化しながらの返答。いや、ここで呼びだされた時点でもうバレているのだが、当時の俺にそんな注意力は無かった。



 会議室に入った瞬間、俺は新しい生命の息吹を受けたような錯覚に包まれた。

 涼しい。

 たったその3文字を体全体に浴びると、不思議な事にあんなに苦しかった息切れが自然に止まっていた。頭とお腹は相変わらず痛かったが。

「なんか最近辛そうだけど大丈夫?」

と部長。それに対し、俺は『冷房の温度は28度とか決めた奴本当に屑だな』と思いながら、

「えぇ、ちょっと薬の副作用が辛いですけど大丈夫です」

と返答する。冷房の温度を指定する奴らはパソコンの排熱温度とかを考えていないんだ。そうに違いない。

「薬は効いてる? あと、病院の先生はなんて?」

「薬はかなり効いてます。ただ、副作用がきつくて、体が付いて来ていない感覚ですね。あと先生ですが、来週に病院を予約しているのでその時に行ったら聞こうかと考えています。はい」

大体、冷房の設定温度は高いのに、暖房の設定温度も高いと云うのはおかしいんだよ。パソコンの排熱があるんだから、暖房は22度では無くても大丈夫だと思うんだが……。きっと、そういう決まりを作ったのは冷え性の女性に違いない。

「そう……あと、発達障害者支援センター行ってみた?」

「あ、はい。行きました。行きました」

予想外の質問が飛んできて、思考がこっちに戻ってくる。

「どうだった?」

いや、どうだった? って言われても、何から話せばいいのか……。

「どうでしょう?」

と言って笑いながら返す。だってそう、収穫がほぼ無かったのだから。

「えーっと、どこから話しましょうか」

と切り出し、そこであった事を話す。


***


 まず、俺はADHDについて質問した。

「『ミスが多い』と言われるんですが、どうしたら良いでしょうか?」

と。それに対する答えがこうだった。

「それに対して貴方はどんな努力を行いましたか?」

質問を質問で返すなあーっ!! と言いたいところだが、そこをぐっと堪える。

「取り敢えず、すぐメモを取るようにしました。その後、認識のズレが無いように、口頭でもう一度自分の口からやらなければならないことを説明し、間違っていないか確認を取るようにしています」

と説明する。ここまで説明したのだから、なにかしら有用な案を出してくれるのだろうと思っていたが、帰ってきた返答が、

「そうですねー。努力してらっしゃるんですねー」

の一言。いや、その努力してもどうにもならないからここに相談している訳で……。


 そんなやり取りが3回続いた時、もう我慢ならないと、俺は少し話題を変えることにした。

「努力してるのは当たり前なんです。努力でどうにもならないから、ここに相談に来てるんですけど、ここで解決策とか心構えとかそういうのを教えてもらうことは出来ないんですか?」

「正直、できません。なぜなら精神障害者と言っても、個人個人で症状が違うでしょう?」

確かに違う。

「それに真下さんは充分に対策を行ってますから、私としてはそれ以上言える事がないのですよね」

ぐぬぬ……上手い逃げ口を……。

「でしたら、ここは他にどのようなサービスがあるのでしょうか? 例えば、障害者の就職先とか紹介してもらえる事は出来ないんでしょうか?」

「そうですねぇ……サービスとしては、会社に障害についての理解を深める為の講習などを行うことが出来ますね」

講習……ねぇ……。特には必要じゃないな……。

「又、障害者の就職先ですと、障害者手帳はお持ちですか?」

障害者手帳? なんだそりゃ? 初めて聞いたな。

「いえ、持ってないです。その障害者手帳っていうのは何なんですか?」

「障害者手帳っていうのは、簡単に言うと障害を証明する為の手帳ですよ」

いや、それは言わなくても分かる。

「それがあると、障害者採用枠というのが受けれるようになりますね」

障害者採用枠? 小学生の時に学んだ気もするが、確か、身体障害者とかを積極的に採用するというやつだったかな?

「ちなみにそれは私も貰えるんですか?」

「えぇ、真下さんですと、精神障害者の3級が貰えるかと。ちなみに通院されはじめたのは何月からか覚えてらっしゃいますか?」

「確か……4月、いや、アスペルガー症候群と診断されたのが5月の初め位ですね」

「でしたら、最初の診断から6ヶ月ですから……、11月には手帳が貰えると思いますよ。それを使って再就職をしてみるのはどうでしょうか?」

「はい、そうですね……」

障害者手帳か……。いい事を聞いたな。もしも会社をクビになってもそっち方面で職を探せば良い訳か……。


***



「――という感じでした」

と俺は部長にあったままを説明する。

「つまり、発達障害者支援センターはあんまり役にたたなかった訳と……」

「そうですねー。個人的には何かアドバイスを貰えて、その通りに行動すれば普通の人と大差無いくらいの働きが出来ると思ったんですが、現実は甘かったです。ですが、障害者手帳の事を教えて頂けたのは収穫でした、が……それだけですね」

「じゃあ、当面は障害者手帳を取得する為に動いて行くと」

「そうなります、はい」

まだ、病院の先生に本当に貰えるのかどうか相談していないのだけれど、大丈夫だろう。多分。駄目だったら、部長にまた相談すればいいわけだし。

「あ、そうだ。この事をマネージャーと人事に展開してもいいかな?」

「あ、どうぞどうぞ。よろしくお願いします」

別に拒む要素も無いので普通にOKする。

「仕事、退屈だと思うけど頑張ってね」

「はい、今の自分に出来る数少ない事なので頑張ります」

と引きつった笑顔で対応する。内心退屈で退屈でしょうがない。どんな事をしているかを分かりやすく説明すると、A1の大きさの紙に図面が書いてあり、その図面の中にスポット溶接の意味を示す「+」の記号が無数に存在しているので、それを数えるのを想像して頂きたい。本当は少し違うが、こんな作業をほぼ毎日やっていたのだ。

 ただの会社からのイジメでは無いのか? という意見もあると思う。けれどこれをするのにはきちんと意味があり、スポット溶接の数とスポット溶接を用いて作った過去の部品の強度を比較することで、部品の縮小化や無駄なスポット溶接の減少に繋がり、工数の削減に繋がるかもしれないのだ。だから決して無駄な作業ではない。(現に部品ごとの違いやスポット溶接の位置の違いを見比べたりして、結構楽しみながら作業をしていた。※空調以外)

 しかも偶に入ってくる別の仕事(歩留まり率の調査など)も結構楽しんでやっていたので、そこまで不満があった訳では無いという事をここに弁明しておきたい。※空調以外

 ただ、あまりにも単調な作業すぎて退屈だったのと、マネージャーに言われた、「やってもやらなくてもいい」という単語に少し引っかかり、本当はやらなくてもいいんじゃ無いか。と云う考えが頭をずっとよぎっていたので、そこが不満だっただけである。※空調も含む

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