第5話 コミュ障改善の為の1分間スピーチ

「というわけで、私はアスペルガー症候群ですが、今後共よろしくお願いします」

と、次の日の朝会で俺はチームの全員にぶっちゃけた。正直、1日悩んだがコミュニケーション能力を上げる為の秘策が分からず、相談する友達もいなかった結果、チームのメンバーにぶっちゃけると云う手段を取ったのだ。

「ごめん、アスペって何?」

とチームのリーダーである女性の主任が一言。正直、女性は苦手だがサバサバしている女性だと普通に喋れるので、この主任に対する苦手意識は特にない。余談だが、マネージャーも女性だ。彼女はサバサバしすぎているので、もう女性としては見ていない為、苦手意識は全く無い。

「簡単に言うと、コミュニケーション能力が低い病気です」

と言うと主任は「あぁー」と納得したような顔をしたが、本人を前にそれは失礼では無いだろうか?

「じゃあさ、毎朝朝礼で昨日やった業務の内容を1分間でスピーチしたら? 話さないとコミュニケーション能力も上がらないでしょ?」

確かに一理あるな……。

「それにさ、ベトナムから来た派遣の方も日本語の練習になっていいでしょ? 真下さんがスピーチして、派遣の人が質問する。真下さんがそれに答える。うん、それで行こう」

と、取り敢えずの答えが出た所で、朝礼は解散した。俺の心には「話さないとコミュニケーション能力が上がらない」という文章が頭の中でひどく反響していた。

     


*次の日*



「――以上です」

朝礼で昨日の業務の発表を終えたが、どうも反応が芳しく無い。

「あんまり面白くないね」

と主任。いや、アンタがそれ言ったら駄目でしょう。

「ねぇ、真下さんって業務が終わった後のプライベートの時間って何してるの?」

はい、出たー。一番質問されたくない質問出たー。ネットゲームしてます。とか言えるわけ無いでしょうが。言った瞬間、俺の評価がだだ下がりなのが流石の俺でも分かる。

「えーっと……特に……何もしてないですね」

と思考をフル回転させながら答える俺。この回答で誤魔化せるほど社会は甘く無いという事を、新入社員が集まった飲み会で腐るほど知ったのだ。

「いや、何もしてないこと無いでしょ? 帰ったらすぐ寝るの?」

うん、絶対そういう風にくるよね。分かってた。でも大丈夫。思考はまとまりつつあるから……。

「そうですね……昨日ですと、ミンチが安かったので、ハンバーグを作ったのですよ。私の母親はいつもハンバーグに豆腐を入れるのですけど、せっかく一人暮らしをしているのですから、豆腐を使わない、純粋な肉と玉葱だけのハンバーグを作りたくなったので作りました」

「味は?」

「そうですね……。豆腐が入っていないおかげで肉のジューシー感はかなり増し、ご飯のおかずとしては最高に美味しかったですね。あまりに美味しすぎて3つ一気に食べてしまったので、カロリー消費の為に今日はキビキビ動きます!」

と本当は1週間前に作ったハンバーグの事をさも昨日作ったかのように喋り、何とか場を凌がさせて貰った。

「うん、いいね。この路線で行こう。じゃあ真下さんは明日から、昨日やった業務ではなく、プライベートの時間にあった事とか何でもいいから1つ話す事。いい?」

「はい、分かりました」

「じゃあ今日も1日よろしくお願いします」

と云う事でその日の朝礼は解散となった。俺はその日以降、毎朝スピーチネタを考えて話す事となり、それが原因でマネージャーの好感度が下がるのだが、それは又別のお話で。



***



 その日以降、毎朝スピーチをしていたのだが、俺の頭の中には「話さないとコミュニケーション能力が上がらない」という文章がグルグルしていた。誰かと対話しなければコミュニケーション能力が上がらないのは分かる。でも軽い気持ちで話す事の出来る友達がいない俺は非常に悩んだ。そして悩んだ結果、なぜだか俺は家電量販店にいた。

 そう、ここは自分の店の商品を売ろうと隙あらば声をかけてくれるまさに天国のような所だ。しかも話すだけならタダというのもデカい。俺が知ってる他の人と話す場所は相席居酒屋かガールズバー位しか知らない。けれどどちらも金が掛かる。貧乏社会人にとって、そんな店に行く金は無い。よって、家電量販店が最適な場所なのだ。



***



「ありがとうございましたー」


 買ってしまった……。キーボードを……。いや、今使ってるキーボードがもう6年前の古いやつで買い換えようとは思っていたんだ。そんな所に発売日から目をつけていたキーボードの試し打ち出来る場所が新しく出来ていたら買うしか無いじゃないですか。決して俺は店員さんの口車に乗せられて衝動買いした訳ではないんだ。そう、これは必要経費。ネットゲームを快適にする為の必要経費なんだ。と自分を正当化しながら、店内をぶらついていると、1つの広告に目を奪われた。

『貴方も実況動画を投稿しませんか? 必要なセットは全てコチラで販売しております』

 そうか、何も話すのはリアルで無くてもいい。ネット上でも構わないんだ。ネット電話の通話相手を募集している掲示板で通話者を募るか? いや、駄目だ。相手が女性の声だとまともに会話できる気がしない。それに偏見かもしれないが、ああいう場所に居るのは性格が捻くれてる人が多い気がする。いや……まて、何も声と声で会話をしなくてもいい。別に声と文字でもコミュニケーション能力の向上は図れる。そうだな、やってみるか。ニコニコ生放送を……。※2




※2 ニコニコ生放送とは:KADOKAWA(DWANGO)が提供するニコニコのサービスの1つでライブストリーミングの動画共有サービス。多分読んでいる人の方が詳しいので多くは書かない。(文字数稼ぎの為に後で詳しい説明を追記する可能性あり)

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