風の電話

東北地方のとある丘に


”風の電話”というものがあるらしい


風の通り道になった


海をのぞむ美しい庭の中に


白い電話ボックスがひとつ


中に置かれた黒電話の電話線は


どこにもつながっていないという


この無言の”風の電話”を


震災で大切なひとを失ったひとたちが


次々と訪れている、ということを知ったのが


知り合いが行方不明になったと聞いた夜のことだった


監視カメラの映像が


彼が海に飛び込む姿を捉えていた


せめて、あまり苦しまなければよかったな


せめて、彼の体が見つかればな(まだ見つかっていない)


せめて、どこかで全く別の名前で生きていたらな


これまで理解できていなかった


海に誰かを奪われる感覚が


0.1%以下の希望にすがる感覚が


はじめて分かった


死者と行方不明者は違うのだと


はじめて知った


大切な誰かの死に納得ができない者は


とにかく、話したいんだ


もう1度だけでいいから


幽霊でも幻覚でもいいから


会いたいんだ


私が”風の電話”の受話器を握ったならば


すごくどうでもいい話と


「またいつかね」と


笑って言いたい

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