※とある少女の告解

 テーブルの上には今日のために溜め込んだ薬と、新品の剃刀。それから冷蔵庫からくすねた缶チューハイが一本。大して美味しいとも感じないそれのプルタブを引くと炭酸が抜ける音がした。

 一口含む。甘いのか苦いのかよくわからない味が口いっぱいに広がった。缶をテーブルに戻して薬袋から睡眠導入剤を五シート取り出す。ぷちぷちとテーブルの上に錠剤を押し出して並べていった。

 全部取り出したら手のひらに乗せて空いている方の手で缶チューハイを持って再び飲み口に唇をつける。先ほどより多く口の中に流し込むとしゅわしゅわと炭酸がはじけてその中に睡眠導入剤を入れると独特な苦みが混ざり出した。

 その味が嫌で一気に飲み込む。水分が足りなかったのか喉に引っかかる感覚がしてアルコールを追加すればすべて胃の中に落ちていき人心地つくことができた。

 続いて向精神薬の出番だ。これは複数種類があった。またテーブルの上に広げる作業を繰り返して手のひらに乗せようとすると収まり切らない量で面倒に感じる。けれど乗せられるだけ乗せてまた缶チューハイを呷った。今度は失敗しないように量を多く口の中に含んで錠剤たちを口の中に放り込んだ。喉を通り越していく炭酸と固形物の何とも云えない感覚を味わいながら深く息を吐く。

 まだテーブルには錠剤たちが残っていた。それでも睡眠導入剤が早くも効いてきたのか作業を繰り返すことが億劫に感じる。しかしこれだけではまだまだ致死量には届かない。指先の痺れを感じながらもまた錠剤たちを身体の中に押し込むために身体を動かした。

 アルコールに酔っているのか、それとも睡眠導入剤の効果なのかふわふわと高揚感を感じて気持ちがいい。

 テーブルから剃刀を取って手首を切る。痛みはまったく以て感じなかった。それがつまらなくて剃刀を垂直に持ってぐりぐりと突き立てると一気に血液が流れ出してくる。身体を流れていたはずなのにその血液はやけに冷たく感じた。それだけ傷口が熱を持っているということだろうか。

 痛くない。つまらない。こんなことなら先に手首を切っておけばよかった。手首に飽き足らず腕に複数の赤い線を作っていっても何も感じない。

 急に嘔吐感を覚える。しかし飲み込んだ錠剤たちを吐き出すわけにはいかず床の上に横になってやり過ごそうと試みた。途端に意識がブラックアウトしそうな感覚に陥る。

 手首から止めどなく溢れ出してくる血液が床を汚した。これから死のうとしているのになぜかそれが気がかりで云うことを聞かない身体を騙し騙し腕を顔の上に持ち上げる。

 真っ赤に染まった傷口を眺めているとひとしずく、またひとしずくと降ってきて頬を濡らす。まるで血の涙のようだと思った。もともと涙の成分は血液なのだから。そう考えると自然と笑みが浮かんできた。

 ここ何年も涙など流していない。泣くことなどできなくなっていた。久しぶりに涙を流したことに感銘すら受ける。


ーー神さま。もしいるのならば、いったい私の何がいけなかったのでしょうか。ただ普通に生きることができないのはなぜなのでしょうか。いつも息をするだけで胸が苦しいのです。物心ついた頃から自分を傷つけずに生きることが困難なのです。同級生たちは当たり前のように日々を送っています。私にはそれすらできないのです。両親には気味の悪い生きものを見るような眼で見られ、疎まれています。こんな私は早く死んでしまった方がいいのでしょうか。


 ぽたぽたと流血は止まらず頬を濡らしていく。それを舐めてみるととても冷たい。意識が混濁しているためなのか、そもそも人間ですらなかったということなのだろうか。

 意識が途切れる前、初めて幸せだと感じた。これで、すべておしまいにできるのだと。




 重たい目蓋を押し上げると白い天井が視界に入った。これで何度目だろうか、同じ絶望を味わうのは。

 手首を見ると縫合された傷痕が見える。醜い身体がよりおぞましいものになったようで空調で適温に保たれている病室のはずなのに寒気を感じた。

 せっかく死ねると思ったのに、外面だけはいい両親のどちらかが救急車を呼んだのだろう。正直云って余計なお世話だった。こんな出来損ないの子供なんて本当は早く死んでほしいと思っているはずなのに。その証拠に生死の境をさまよった娘が目覚めたというのにここには誰もいないではないか。


ーー神さま、あなたはまだ私に苦痛を与えるのですか。何のために生き続けろと云うのですか。こんな何の役にも立たない生命なんて早く機能を止めてしまえばいいと思わないのですか。それともあなたは存在しないのでしょうか。それならば私はいったい誰に許しを乞えばいいというのですか。


 哀しい、つらい。泣きたいのに涙は一滴もこぼれはしない。縫合された傷を開いてまた血の涙を流したくてもベッドに拘束された身体では叶わなかった。

 オーバードーズの後遺症なのかまだ意識が混濁していた。それでもただ、ひとつだけ。確かなことがある。それは。


 「また、死ねなかった」

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