水の夢 - 9 -
翌日、学校から帰った俊樹は逸る気持ちを抑え切れず玄関にランドセルを投げ捨てて、そのまま最後に瑞貴を見た病院へと走った。
母が心配するあまり最悪の事態しか想像していなかった。しかし大学側が休学中だと云うのならば入院していると考えた方が自然ではないだろうか。
むしろそうであってほしい。俊樹は自分の直感が間違えではないようにと切に願いながら入院病棟をくまなく探した。
しかし階を上がるごとに不安が募る。やはり現実はドラマのようには簡単ではなかったかと。
最上階まで来た時、諦めに似た絶望感が胸を占める。この病棟は今までの病棟と違い、ひどく静かだった。見舞う人がいないためなのか。それにしても患者たちの雑談すら聞こえなかった。
気になって適当な病室に入り患者を見てみる。ベッドの上で寝かされていた患者は眠っているのではないかと思うほど微動だにせず、その瞳は虚ろでどこを見ているのかわからない。
他の病床を見てもそれは同じで、俊樹は恐ろしくなった。
死体に囲まれているような錯覚に襲われていると、電子音しか聞こえなかったこの空間に足音が混ざり、思わず息を詰める。
足音は近づいてきて、それは少し離れた場所で止まり、次に聞こえたのは重い扉を開けるような金属的な音だった。
扉の影から音が聞こえた方を窺うと、そこには緑色の電灯が非常口だと示している。
いったい何のために。避難訓練であればそう放送があってもいいはずだろう。それにこの階には先ほどの足音の主と俊樹しかいないのだ。
引っかかりを覚えて、俊樹はその場で非常口を見張り続ける。しばらくすると看護師が空になった点滴を持って戻ってきた。
非常口の先にも患者がいる。今眼の前で起きたことはそれを示していた。俊樹は足音が聞こえなくなってから、看護師が出てきた扉の前に立つ。近くで見ても何の変哲もない非常扉のように見えた。
取っ手を持ち上げて捻ってみると当たり前だが扉は開く。その先は薄暗くどこに続いているのかわからない階段が、ぼんやりと見えるだけだ。
不思議と恐怖心は感じなかった。ただ好奇心と期待感を抱えて階段を上がっていく。上り切ると窓がないためか下の廊下よりは薄暗かったが、同じ光景が広がっていた。違うところと云えば下の階よりも、扉と扉の間隔が空いていることだろうか。
廊下を進んで行くと唯一灯りが点いている部屋があり、そっと扉を開く。
その隙間から懐かしい、大好きな匂いがした。衝動に逆らえず一気に扉を開くが中からは何の反応もない。
今まで見てきた病室よりも明らかに広く、中に入ってすぐ視界に入ったベッドも大きかった。その上で、ずっと探し求めていた人が眠っている。
感極まって、喉が締めつけられて声が出ない。しかしこころの中ではうるさいくらいに名前を呼んでいた。
瑞貴は生きている。僅かに上下する胸が生きていることを伝えてくれた。
しかし瑞貴は眠っている上に今日は探すことに時間を費やしてしまったため、あまり長居することはできそうにない。
名残惜しいが、瑞貴は確かにここにいる。そう自分を宥めて、俊樹は部屋をあとにした。
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