夢幻の人 - 6 -

 先の言葉通り、大して考えごとをする暇も与えられず車のヘッドライトが玄関を照らして、瑞貴がきたことを伝える。

 表に出ると、小型の外車が玄関の段差に沿って停車したところだった。

 それから車内の瑞貴がシートベルトを外して、車を降りようとしていることが見て取れる。その瑞貴の行動に苦笑を浮かべて俊樹は、先に自分で扉を開けて車に乗り込んだ。


 「恐れ入ります」


 「気遣い過ぎでしょ、どこの運転手?」


 謝罪を口にした瑞貴の表情があまりにも平淡で、俊樹は呆れたように云う。しかし車内を満たしている懐かしい瑞貴の匂いに、彼の心は落ち着いてしまった。

 俊樹の問いに答えず、瑞貴はシートベルトを締めて運転を始める。

 その姿に俊樹は懐かしさを感じ、家に着くまで飽きることなく眺め続けた。

 聞きたいことは山ほどある、それと同じくらい話したいことも。しかし、俊樹の中でそれらはまとまらず、言葉にならない。


 「食欲がなければ無理に食べなくても構いませんが、水分だけは必ず摂ってください」


 俊樹の家の前で車を停めた瑞貴は、彼の無遠慮な視線が気になるのか、運転していた時のように前を見据えたまま注意を口にした。

 瑞貴にこれ以上会話をする意思がないと悟った俊樹は、結局何も云い出せないまま「わかった」と答えて、鍵を開ける。


 「……お大事に。おやすみなさい」


 「……おやすみ、センセー」


 扉を開けて、車を降りた俊樹が振り返ると瑞貴はこちらを見て、笑っていた。好感の持てる、綺麗な造りものの笑顔で。

 その笑顔は記憶の中のものとは違い過ぎていて、ふっと視線を逸らして俊樹は他人行儀な言葉を返した。

 本当に心の底から笑っている顔を、俊樹は知っている。

 それに比べたら今浮かべている微笑は冷たくて、そして嘘臭い。

 家の中に入ると車の発進音が聞こえて、俊樹は今日何度目になるのかわからないため息を吐いた。


 「俊樹おかえりー。熱出たって大丈夫?」


 出迎えにきた母に向けて、俊樹は頷いて答える。


 「んー? 具合が悪かったわりにはなんか嬉しそうだね、お母さんが迎えにきてくれて嬉しいのかー?」


 「全然違うし」


 ふざける母に俊樹は速答し、そのまま自分の部屋へ向かった。

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