二一話

「どうなってるんだろうな……。まさか、やられちゃったなんて事は……」

「それはないだろう」

 もし、二人がやられていたのなら、グールはこの教室に流れ込んでくるはずだ。それが無いと言うことは、二人はまだ戦闘中なのだろう。

 最初はグールに追われた緊張から気持ちも張り詰めていたが、張り詰めていた糸は時間の経過と共に緩んでいき、最後はぷつりと切れて落ちた。

「遅いな……、二人は大丈夫かな」

 すっかり平静を取り戻した文也は、落ち着き無く周囲を見渡しては、舌打ちをしていた。黒い靄のような幽霊も最初は怖がっていたが、人畜無害だと言うことが知れると、文也は子供のように無限に広がる教室に興味を持ち始めた。

「この世界、どうなっていると思う?」

 文也の問いに、典晶は教室を見渡す。改めてみても、途方もなく広い教室だ。等間隔に並べられた無数の机、椅子、天井は現実世界と同じような木目調の天井だ。スケールが違うだけで、他は全て同じように見える。

「果てってあるのかな?」

 素朴な疑問だが、もっともな疑問だ。典晶が住んでいる世界、現実世界に生きている限り、『果て』と言う考え、概念は宇宙にしか適用できない。そして、宇宙には典晶達一般人はそうそういけるものではない。『宇宙とは?』という、概念と知識しか持ち合わせていない。こうして、果てを実感することはない。

「どうなってるのかな?」

 此処が広いだけの教室なら、壁沿いを歩けば、もう一方の壁に辿り着けるはずだが、この世界は典晶達の常識から逸脱している。ハロが作り出したこの世界、どのくらいの広さなのだろう。

 途端に、典晶は寂しくなった。もし、この世界に一人残されたとしたら、果たして、典晶はいつまで正気を保っていられるだろうか。食料も何もない、何処に何があるかも分からない世界で、典晶達は朽ちていくしかないのだ。大海に放り出された蟻のように、典晶は自分がこの世界にとって、一点の染み以下の存在なのだと感じるようになった。


 ガラッ……


 その時、典晶達が入ってきたドアが開いた。

「ハロ!」

 廊下から転がり出てきたのはハロだった。続いて、ドアの向こうに広がる闇から、イナリが出てきた。イナリは典晶達の姿を認めると、ホッと溜息をついてその場に膝をついて座り込んでしまった。

「二人とも!」

 明らかに様子のおかしい二人に、典晶と文也は駆け寄る。

「待って……!」

 何とか状態を起こしたハロは、右手を振ってドアを閉めると、光弾を放ってドアを破壊した。

「これで、少しは時間が稼げるかな……」

 ヘナヘナと、ハロは床に倒れ伏してしまった。

「イナリ、大丈夫か?」

 典晶はイナリに近づくと、手を貸した。イナリは典晶の手を掴んだが、呼吸するので精一杯で、起き上がる元気もないようだった。

「どうしたんだ! 二人ともヤバそうじゃんか!」

 文也が慌てふためくが、二人はそれに答えることもできないような状況だった。ハロはブラウスがボロボロで、チューブトップブラが露わになっている。イナリの方は服装自体は乱れているだけだったが、疲労困憊具合はハロよりも酷く、滝のような汗を流して、ゼーゼーと荒い呼吸を繰り返している。

「グールってそんなに手強いのか?」

 典晶の言葉に、イナリは首を横に振って答える。

「瘴気が……、この世界に充満している瘴気が……、私たちの力を削ぐんだ……」

「瘴気……?」

 聞いたことのある言葉。だけど、思い出せない。典晶は教室を見渡すが、何の力も無い典晶には瘴気を感じることもできない。

「余り濃い瘴気じゃないから、今のところ人には無害なのよ。でも、私たちにはちょっときつくってね……」

 上体を起こしたハロは、机に手を掛けて何とか体を起こす。

「人間で言うなら、空気の薄い場所で、全身に重石を付けて動くようなものだから、体力的にちょっときつくなるのよ」

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