二二話

 二人の様子を見れば分かる、ちょっとどころではないのだろう。二人は、典晶達に心配させまいとして、強がっているのだ。

「だから、私は最初にこの空間は尋常じゃないと言ったんだ。それに、どんどん瘴気が強くなる。もしかすると、凶霊の近くにいる理亜や美穂子には影響が出てるかも知れない」

「影響って……!」

 泣きそうな顔で文也がイナリを見る。

「それほど深刻じゃないわよ。記憶障害や、体調不良を少し訴える程度よ。意識を乗っ取られたりする場合もあるけど。ほら、幽霊に取り憑かれると、体調が悪くなったりするでしょう? それって、瘴気のせいなのよ。凶霊は、体から瘴気を出して、周囲に悪影響を与えるからね」

「普通は、取り付かれた人だけに影響が出るんだが、ここは密閉されているからな。どんどん瘴気が濃くなってくる」

「それだけ、凶霊の力も増しちゃってたりして」

 この状況においても、ハロは小さく舌だし、自分を小突く。視界の隅で、イナリが拳を握ったのが見えた。元気なら、間違いなくイナリはハロに手を出していたに違いない。グールを軽く吹き飛ばしていた力で殴られたなら、流石にハロも笑ってはいられないだろう。同時に、もし典晶が不誠実を起こしたとき、その力の矛先がこちらにも向きかねない。それを考えたら、ゾッと背筋に寒気が走った。

「これから、どうするんだ? 那由多さんが来るまで、此処で隠れているのか?」

 不安そうに文也が尋ねる。

「そうね、そうしたいのは山々だけど、そう簡単にもいきそうにないし」

 机に腰を下ろしたハロは、遠くに見えるドアを見た。廊下で見た時は、現実世界の学校と同じように一定間隔にドアがあったが、この広大な教室に入ったら、ハロが先ほど壊したドアの他に、左右の遙か向こうにドアが見えるだけだ。

「グールが入ってくるって事?」

「グールだけなら良いんだけどね……。凶霊、グールを食ってどんどん強くなってる……だから、瘴気も濃くなるし、私たちの力は削がれるし」

「この空間を破壊したら? ハロさんが作ったなら、解除もできるんだろう?」

「この状況で解いたら、グールが現実世界に出ちゃうかも。それに、凶霊は今は食事に夢中だわ。ここで解いたら、凶霊は間違いなく美穂子ちゃんと理亜ちゃんを殺すでしょうね」

「そんな……」

 本末転倒だ。自分が助かりたいために、二人を見殺しにしては、ここに来た意味が無い。

「何とか、時間を稼がないとね……。冗談抜きで、那由多もそろそろ来ると思うし」

「那由多さんが来れば、本当に何とかなるのか?」

 文也は自分を抱き、心配そうに尋ねる。

 口にはしなかったが、典晶も不安だった。イナリとハロがこの調子なのだ。那由多だってどうなるか分からない。しかし、典晶の不安を払拭するように、ハロはニコニコと笑った。

「大丈夫大丈夫! あいつ、強さだけは天下一だから。ただ、そのためには、典晶君の力が必要よ。ほら、八意からアプリ貰ったでしょう? それを使わないと、那由多も駄目だって言ってたから」

「ポケコンを?」

 すっかり忘れていた。典晶はスマホを取り出すと、ポケコンを立ち上げた。これがあれば、何とかなるのだろうか。

「典晶君、そこに座ってる幽霊を捕まえてみてよ」

「え? はい……? 今、此処で?」

「だって、練習が必要でしょう? 八意が作った物だから、心配は無いと思うけど……」

「練習しておけ! 典晶、お前は人一倍、プレッシャーとか本番に弱いだろう」

 この状況でも、いや、この状況だからこそ、文也は万全を期したいのだろう。彼は、典晶がここ一番と言うときに、いつも失敗してきたのを幼い頃からずっと隣で見てきたのだ。

「確かに、いざというとき、上手くつかえないんじゃ話にならない」

 典晶はポケコンでサーチをした。アマノイワドにいたときと違い、GPSは現在地を拾っていた。やはり、現住所は学校だ。


『ポケコンにようこそ! チュートリアルを始めますか? スキップをする場合は、画面のスキップボタンを押してくださいね♪』


 デフォルメされた八意が登場し、説明を始める。この状況で携帯を覗き込むのはかなりおかしな感じがするが、仕方ない。

「スキップスキップ。時間も無いし、習うよりも慣れろだ」

「そうだな。とりあえず、起動させれば何とかなるだろう」

 画面を見る限り、これは最近巷(ちまた)で流行したゲームとUI(ユーザーインターフェイス)は殆ど同じだ。問題は無いだろう。

「ソウルビジョンも忘れるなよ」

「ああ……」

 ポケコンでサーチすると、学校が幽霊で埋め尽くされた。自身のいるエリアだけに拡大すると、幽霊の座っている席に、ちょうど幽霊のシンボルマークが表示された。ソウルビジョンを立ち上げ、携帯を黒い靄に向けると、画面には俯いて座る男子生徒の姿が映った。ポケコンとソウルビジョンの同期は上手くいっているようだ。

「これって」

「幽霊だ、間違いなく」

 以前会った、晴海や玲奈と同じ幽霊だ。学生服を着たおかっぱ頭の彼は、この状況でも机に向かって勉強をしていた。イナリが言っていた。幽霊に人格はない。生前の行動を繰り返しているだけだと。

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