一〇話



 那由多は重い頭を振って分厚い扉を押し開ける。

 ムワッと埃っぽい熱気が那由多の長い髪を揺らす。

「ふぅ……」

 那由多は腰に手をやり、眼前に広がる赤い荒野を見渡す。赤茶けた岩の地面、所々に隆起した岩は、触れただけで肌を切りそうなほど鋭く尖っている。

 およそ、視界には生命の痕跡すらないこの場所だったが、那由多は舐めるような視線を至る所から感じていた。視線の主が出てきた所でどうと言うことはないが、今は何よりも時間が惜しい。所用で約束に遅れてしまっているのだ、典晶の話からすると、これ以上の遅刻は人命に関わる。

「さて、少し急ぐか。こい、ヴァレフォール」

 那由多が告げると、正面の空間が円形に歪んだ。そして、一人の妖艶な美女が現れた。足下まで真っ直ぐ伸びる長い銀髪に、白い肌。緑色の瞳は那由多を見ると、嬉しそうに細められた。紫色のイブニングドレスを来た美女は、直径二メートルほどの三日月に腰を下ろして浮かんでいた。

「ヴァレフォール、すまないな」

「マスターの願いなら、いつでも何処でも。……でも、珍しいですわね。地獄で私を呼ぶなんて」

「少し悪魔を探す。手伝ってくれ」

「ここは、ベリアルの所領ですわね」

 唇に指先を当て、ヴァレフォールは辺りを見渡す。

「ああ、今は龍樹の訓練に付き合ってると思う。まず、ベリアルの所へ行く」

「畏まりました」

 那由多がヴァレフォールへ近づくと、ヴァレフォールは彼を受け入れるように両手を少し広げて目を閉じた。那由多は彼女の腹部に右手を当てた。ピクリと、ヴァレフォールは眉を顰めて体を震わせた。那由多の右手がヴァレフォールの体に吸い込まれていく。細いヴァレフォールの体を突き抜けた右腕には、幾何学模様が刻まれ、黒い長袖が見えた。音もなく、那由多の体はヴァレフォールと一体化していく。右手、右肘、右肩、右半身左半身と、徐々にヴァレフォールと同化していく。最終的に、ヴァレフォールの体は那由多と同化し、那由多は黒いロングコートを身に纏っていた。右手には、ヴァレフォールが乗っていたのと同じサイズの巨大な鎌、『破壊者』の名を持つアナレティックを持っている。

『多数のグールがこちらを狙っているようですが、如何なさいますか、マスター?』

 頭の中にヴァレフォールの声が響いてくる。

「無視だ。今は一分一秒時間が惜しい」

 言うが早いか、那由多の足は地を蹴っていた。ふわりと、那由多の体は宙に浮かんだ。

「いくぞ……」

 那由多の足が今度は宙を蹴った。那由多の体は弾丸のようなスピードで深紅の空を飛び、遙か彼方に感じる大きな気配を目指した。



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