十一話

 那由多が地獄でベリアルに会っている頃、典晶達は天野安川高校に到着していた。

「…ハァ……着いた……ぞ……」

 汗だくになり肩で息を切らす典晶は、両手を膝について学校を見上げた。

「……ハァ…ハァ…普通だな……」

 同じく息を切らした文也は、何の変哲も無い学校を怪訝な表情で見上げた。もし、凶霊に憑依された理亜が学校に来ているなら、騒ぎになっていて当然と思っていたようだ。それは、典晶も同じだった。学校はいつも通りの休日で、グランドではサッカー部や野球部が部活に勤しんでいる。

「異常はなさそうね。でも、確実にいる(・・)わ」

「どうする典晶? 学友がいては邪魔になるが。病院と同じように、学校全体に幻術を掛けてもらうか?」

 イナリはハロを見る。ハロは「無理じゃないけど、広範囲は疲れるわね」と、眉間に皺を寄せた。

 典晶と文也の人間コンビは息が切れて話すのもやっとだというのに、イナリとハロの人外コンビは至って平静な表情だ。この炎天下をダッシュしてきたというのに、汗一つかいていない。

「……でも…ハァ…ハァ、何とかしないと。早く学校に行って理亜と美穂子を救わないと……」

 痛む喉に粘度の高い唾液を流しながら、典晶は歩き出した。久しぶりの全力疾走で体力は底をつき、足はガクガクだが、文句を言ってる暇はない。典晶は携帯を取り出し、ポケコンとソウルビジョンを立ち上げた。

「ハロさん、お願いします」

「待って典晶君、幻術を掛けても、騒ぎが起これば、何処までごまかせるか分からないわ。中に入ったら、凶霊を別空間に引きずり込む。そこで、決着を付けましょう」

「そんなこと、ハロにできるのか?」

 イナリが不思議そうに尋ねる。

「ん~……。まあ、ね。那由多が仕事で使う亜空間に移すのと、理屈は同じようなものなんだけどね」

「確か、デヴァナガライである那由多は、デヴァ・アルカナとかいう亜空間を作れるらしいな」

「そうなのよ。私たちの神様が、地獄と天国の間にある空間を使うことを、特別に許可してくだっているの。でも、私はそんなことできないから、擬似的な、本当に擬似的な空間を、この上に作るの」

 ハロは人差し指を天に向ける。息を整えながら、典晶はハロが指さす青空を見上げた。いつの間にか、太陽は中天から低い位置へと移動している。直に、青空も鮮やかなオレンジ色に染まり始めるだろう。

 急がなければいけない。美穂子が攫われて、もう三時間が経とうとしている。しかし、息も絶え絶えのこの状態で一人で突っ込むわけにも行かない。それに、道すがらハロが説明してくれた。凶霊の元である黒井真琴は、放課後、自分の所属クラスであった二年D組で首つり自殺した。強い負の念で構成された凶霊に、黒井真琴の自我はもう殆ど残っていないが、本能とも言うべき怒り、憎しみは凶霊の中で渦巻、さらに強くなっているようだ。

「凶霊は、必ずと言って良いほど、自分と同じ死に方を相手にさせるわ。そうしないと、自分との関連性が他の人に知れないから」

 ハロは走りながらそう言っていた。確かに、取り憑いた人を自分とは関係のない死なせ方をして、誰が凶霊の元となった人と結びつけるだろう。それだと、この世界への復讐、つまり、人々に恐怖を与えることができない。

「夕方までまだ時間はあるわ、じっくり行きましょう」

 ハロは典晶と文也の呼吸を整えるのを待った。

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