六話

「何だろうな、このガッカリ感……。イナリちゃんが嫌いとかそう言うのじゃなくて、一大イベントを台無しにされたって言うか、サンタの正体が実はお父さんだった的なガッカリ感……」


「まあ、転校生に変わりは無いんだし。それに、イナリだって決まったわけじゃないんだ。本当に転校生かも知れないし」


 その時、始業開始のベルが鳴り響いた。


「だな! そうだな! まだ希望を捨てちゃダメだ! じゃ、転校生を温かく迎えてやろうぜ」


 ニカッと笑った文也は鼻歌交じりで席に戻っていく。


 ざわついていた教室が一斉に静まり、程なくして担任が姿を見せた。


「え~、もう知ってる者もいると思うが、二年A組に転校生が来る事になった」


 一旦言葉を切り、開いているドアへ向かって手招きした。


 ゴクリと誰かが唾を飲み込む音が聞こえる。もしかすると、自分が立てた音かも知れない。


 コツッと足音がしたと思うと、銀色の髪を首の後ろで一つに纏めた女子生徒が入ってきた。天安川高校の漆黒のセーラー服を身につけた生徒。



 おお!



 男子生徒が感嘆の声を上げた。女子生徒からは溜息が漏れる。


 教壇に上がった転校生は、睥睨するように教室を見渡すと、典晶の上で視線を止めた。ルージュを引いたように赤い唇の端が持ち上がる。


「葛ノ葉イナリさんだ。皆、仲良くするように」


 スッと頭を下げたイナリ。まばらな拍手が起こった。次第に拍手は大きくなり、最後には典晶と文也以外の全員がイナリに対して拍手をしていた。

文也に至っては、ガックリと机に突っ伏している。典晶は突っ伏すどころか、意識が遙か彼方に吹っ飛んでいったかのような衝撃を受けていた。典晶の安息地である学校。それが今、崩壊した。イナリとの結婚に向かい、外堀からどんどん埋められていく。


「イナリちゃーん!」


 真っ先に声を上げたのは、クラスでもお調子者の生徒だった。イナリはそんな生徒を見ると小さく手を振って答えた。それを皮切りに、男子生徒が一斉に声を上げる。


 家でも学校でも、典晶はイナリから逃れる事はできそうになかった。




 午前は学校中イナリの話題で持ちきりだった。休み時間の度、帰国子女を一目見ようと上級生下級生問わず、二年A組を訪れていた。窓から教室を覗き込む生徒、ずかずかと教室に入ってマジマジとイナリを観察する生徒。全校の生徒が来たのではないかと思うほどの賑わいだった。昼休みになってもイナリの回りには人だかりができていた。


 人の視線を一身に集めるイナリから距離を置き、典晶は美穂子に理亜の様子を伺っていたが、美穂子から返ってきたのは意外な答えだった。


 通学路で見た理亜は少しおかしかったが、先に教室にいた理亜はいつもの理亜だったようだ。授業中も別段おかしなところは無く、普通に授業を受けていたようだ。


 心配のしすぎだったか。ホッと安堵した典晶だったが、まだ黒井真琴の凶霊が学校を彷徨っていることに変わりは無い。安心するのはまだ早いだろう。


「か~っ、ド田舎だな、ここは。イナリちゃんがまるで見世物だぜ。ここは動物園じゃねーっての」


 呆れたように文也が呟くが、それは典晶も同意見だった。

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