越えられない壁

JUST A MAN

第1話;卒業旅行

 今の時期の空港は、海外に向かう人混みでいっぱいだ。冬の寒さは通り過ぎ、春先の暖かさを感じ始めた人々は、少し浮かれ気味になる。

 春休みを迎えた空港は騒がしく、誰かを待って集合場所に座っている人ですら、その雑踏に自分が迷子になったような錯覚に陥る。


 ここにも1人、初めて訪れる空港で友人を待ちながら、忙しく動く人々に圧倒され、少し寂しさを感じている女性がいた。


 彼女の名前は如月南。今年、短期大学を卒業したばかりの…社会人としておこう。

 彼女は今日、同じ大学を卒業した友人らと共に、海外旅行に出掛ける予定だ。初めての海外にして学生生活最後のイベントであり、生涯で最も思い出に残る旅になるだろうと楽しみにしている。


 約束の時間よりも少し早く到着した彼女は、教えられた集合場所に座って友人らを待っていたのだが、次第に約束の時間が近付き、それでも誰も現われない事に不安を感じていた。

 見知らぬ人ばかりが行き交う空港では、その不安は特に大きく感じられる。耐えられなくなった南は、友人にメールを打ち始めた。


「おはよ~!南が一番乗りだね。」


 メールを送信する前に友人が1人、集合場所に到着した。


「もう…!誰も来ないから心配したよ。」

「何言ってんのよ。まだ遅刻って訳じゃないでしょ?」

「そうだけど…。」

「…南、1人で不安だったんだ?」


 友人は南をからかった。どうやら彼女には、海外旅行の経験があるらしい。この騒がしい空港において、1人落ち着いていた。


「美緒は慣れてるかも知れないけど、私は初めてなんだから…。そりゃ、緊張もするよ。」


 南は友人と会えた安心を隠し、少し拗ねた振りをした。

 美緒と南は高校時代からの知り合いで、この5年間、同じ学校に通った親友である。


「2人…遅いね。」


 2人が落ち合ってから、10分ほどの時間が経過していた。

 約束の時間ギリギリに到着した美緒ではあるが、早速、他の2人の到着が遅い事を気にし始めた。時間に五月蝿い訳ではないのだが、海外旅行に出発する前の、面倒で時間が掛かる手続きを知っていたので、これ以上のロスが勿体なく思えたのだ。

 卒業旅行である。飛行機が飛ぶ前から、いっぱい記念写真を撮りたいのだ。それでなくとも今日の空港は人が多く、手続きにいつも以上の時間が掛かる事が予想されていた。


「お待たせ~!待った?」


 間も無くして、もう1人の友人が現われた。

 彼女の名前は香と言い、おっとりとした性格で、今回のような、少しだけの遅刻は日常茶飯事であった。


 香が到着した事には安心したが、それでも後に残る大きな心配を美緒は消せなかった。

 最後に訪れるはずの女性は雛と言う同級生で、あだ名も『ヒナ』だ。名前自体が珍しいのだが、それでも『名は体を現す』と言う諺のように、彼女は鳥の雛のようにピーチクパーチクとおしゃべりが好きで、我侭で、それでいて反省の色など一色も知らないトラブルメーカーであった。

だが、それと同時にムードメーカーでもあり、それが他の友人との友情を保たせていた。


 約束の時間から、30分程が経過した。思っていた通り雛は現われない。

 いつもこんな調子なので覚悟はしていたが、美緒は痺れを切らしてしまった。実際、これ以上の遅刻は出国も危なくなるのだ。


「もう!ヒナ、何してるんだろ!?だからあの子には、本当の集合時間よりも20分早い時間で伝えているのに!」


 作戦に失敗した美緒は癇癪を起こした。どうやら雛は、50分の遅刻をしている様子だ。


「おっ待ったせ~!!」


 3人の背後に、突然現われた女性がいた。勿論、雛である。彼女は遅刻に反省の色を示すどころか、後ろから静かに近付き、皆を脅かそうとした。


「…行くよ。」


 少しは驚いた美緒だが、それが雛だと分かると自分の荷物を引きずって、皆を誘導し始めた。


「えっ~!待ってよ~!何それ!!つまんない~!」


 雛は甲高く大きな声で愛想が悪い美緒に叫び、ぴょんぴょんと跳ねながら両手をバタバタと動かし始めた。これも、雛がヒナと呼ばれる理由であった。


 美緒は特別怒っていた訳でもないのだが、急いでいた事もあったので、雛の悪戯を無視するように早足で歩き始めていた。

 美緒は愛想が無かった事を、申し訳ないとは思っていない。そこで相手をしてしまうと、時間が勿体無いのだ。

 また雛も雛で、無視された事に怒ったり拗ねたりする女性でもない。


 窓口に並び、その列を待つ。予想通りに人の列は長く、大よそ30分以上も待たなければならない様子だった。今の時期の空港の込み具合は、ただ事ではないのだ。

 しかし、この事を幸いと思うのは美緒だけだった。他の3人は、ただただ列の長さに驚いていた。南と雛にとっては初めての海外であり、香は1度だけ海外に行った経験があるのだが、それは小学校の頃の話で、彼女自身の思い出にしっかりとは残っていない程の、昔の話だ。


「こっち見て~!」


 早速、香がカメラを手に持ち、列に立つ3人にレンズを向ける。

 雛がカメラの前に出て大きなポーズを取り、その隙間から南と美緒がピースサインを見せた。


 そろそろ番が近付き、美緒はカバンの中から4人分のパスポートとチケットを取り出した。他の3人はほぼ海外初心者でもあったし、注意力が無い雛の性格も気になったので、彼女は前日までに3人からそれを預かっていた。

 チケッティングが終わると美緒はもう1度全ての物を預かり、出国審査が終わるともう1度それらを預かり、そうして旅行の最後まで、自分が皆の分まで管理するつもりでいた。


 時間は掛かったものの、4人はどうにか搭乗口にまで辿り着けた。

 途中、出国審査で雛には時間を掛けられた。撮影が禁止されている審査場で、写真を撮ろうとしたのだ。


「ふっー!どうにか…間に合った!」


 搭乗口に到着した美緒は、そこで安堵の表情を見せた。

 付近の壁は天上から床、そして端から端までがガラスで出来ており、そこから覗ける大型飛行機を眺めながら、3人は近くの待合のベンチに座った。

 雛は初めて近くで見る飛行機に興奮し、窓際で手をバタつかせ、元気良く飛び跳ねていた。

 じっとしない雛が気になるが、後は飛行機に乗るだけである。安心した美緒はもう1度大きな溜め息をついてベンチに背中をもたれさせ、暫しの休息を取る事にした。

南は隣で彼女の苦労を労い、海外旅行の面倒臭さを実感していた。


 一息ついたが、ゆっくり休む余裕も無く搭乗案内が始まった。

 3人は荷物を手に取り、雛が羽ばたく場所へと向った。

 雛の荷物は香が預かっていた。彼女は、いつもそんな役割を任されている。


 座席に着いた彼女らは、離陸前の緊張と、これから待っているだろう楽しい時間への期待で胸がいっぱいになった。雛は窓からの景色が、飛行機の翼に邪魔をされて見えないと嘆いた。


 やがて飛行機が後方に動き出し、彼女達の気持ちは緊張だけになった。


 前方に動き始めた飛行機が滑走路まで辿り着くと、機内には大きな轟音が聞こえ、体は重力を感じ始めた。

 機体が浮いたと同時に、雛が大声で叫んだ。南が口を閉ざそうとしたが、それで止むような雛でもない。

 やがて静かになった雛を確認して、南はゆったりと背中を倒した。すると彼女は宙に浮いている感覚を取り戻し、改めて海外に向っている事を実感した。


 フライト時間は約4時間…。短大を卒業したばかりだったので、それほど無理な旅行は出来ない。また現地でのショッピングなどを考えると、贅沢な旅費は払えなかった。それでも彼女達は、初めて訪れる『海外』と言うものに心を躍らせていた。

 初めて座る飛行機の座席、初めて食べる機内食、そして初めて見た、雲の上の世界…。景色の殆どは翼で見えなかったが、それでも隙間から見える雲海は、3人に不思議な体験をさせていた。雛ほどの興奮は無かったものの、南は徐々に心の高揚を抑えられなくなっていた。



「暑い~~!!」


 旅先に到着して飛行機から降りると、既に異国の匂いが漂っていた。気温が高い国だったので、驚くほどの暑さも感じた。

 彼女達は遠い、自分の国ではない国に訪れた事を肌で感じた。


 空港を出る頃には、周囲にはもう、自分の国の人を見かける事が出来ず、目の当たりにする異国の景色に気持ちの高揚を抑えられない反面、言葉も通じなくなった環境に戸惑い始めもした。

 この国に来る事は初めてだったが、海外へ旅行した経験が多い美緒だけが、落ち着いた様子で残りの友人をエスコートしていた。


「暑いってば~~!!」


 暑さの為か、喉の渇きを覚えた彼女達は雛を先頭にして、一旦空港内に戻りコンビニで飲み物を購入した。香は何処の国でも売られている、見覚えがあるジュースを購入し、南と雛は見た事も無いジュースに挑戦した。

 美緒はミネラルウォーターを購入し、4人は空港の外にある、市内に向かうバス停で、自分達が乗るバスが来るのを待つ事にした。旅行慣れした美緒のお陰で、彼女達は煩わしいツアー旅行ではなく、自分達でプランを立て自由気ままに旅行を楽しむフリー旅行をする事になっていた。従って、空港とホテル間の送迎もないのだ。


「何か…緊張してきた…!」


 不安を抑えながらも、興奮は抑えきれなくなった香が大きな声を上げた。逆に、雛にはいつもの調子はなく、肩を小さくして静かになっていた。

 美緒は慣れた感じでガイドブックを開き、ホテルまでの道程と、到着してからのスケジュールを考えていた。時差は2時間あるので、現地時間は少し早い午後だ。明日からのスケジュールは隙間なく詰められているが、移動日である今日は疲労の事も考え、スケジュールはその場の状況を見て決める事にしていた。


 美緒は早速、お昼に食べる物と場所を模索していた。

 南も美緒の横に付き、一緒にメニューを考えた。


「あっ!これ、美味しそう。」

「いいねぇ…。この場所ならホテルからそう遠くもないし、同じ建物がショッピングモールになってるから、ここにしようか?」

「賛成!」


 2人の会話に、香が参加する。


「あっ!バス来たよ!これに乗るの!?乗らないの!?」


 こちらに向って来るバスを見て、雛が焦ったように叫び始める。いつものように手をバタバタさせて飛び跳ねた。


「あっ、あれは番号が違うよ。違うバスだよ。」


 美緒は落ち着いた様子でバスの番号を確認し、もう1度ガイドブックを読み始めた。


「凄い…。慣れてるね、美緒は。」


 南が、そんな美緒に感心する。


「まぁね。親が旅行好きで、一緒に色んな国に行ってるからね。任せてよ。」

「流石だ。美緒は!」



「あっ、あのバスじゃない?ほらっ!」


 少し離れた場所で、雛と一緒にバスを待っていた香が2人に呼び掛ける。

 美緒はバスを見て、乗るべきバスだと皆に教えた。雛がまたバタバタと跳ね始め、バスが到着した頃にはそれがピークに達していた。


「香ー!私の荷物~っ!」


 雛はその動きを止めないまま、誰よりも先にバスに乗り込んだ。

 彼女の荷物は香が手に取り、南は香を手伝った。


 バスの窓から見える風景は、3人だけでなく美緒までをも感動させた。たった4時間ほどのフライトではあったが、この国は彼女らの国と全く違った街並みを見せてくれた。

 経済的に遅れているこの国は、熱帯地域でもあったので緑も多く、それが4人には新鮮に見えた。

 空港を出るまでに並べ立てられた大きな看板らにも、彼女達が知らない芸能人が写っていた。有名なブランドの広告看板にも知らない芸能人やモデルが写っており、やがて見え始めた住居、大きなビルですら見慣れない物ばかりだ。


 雛は、恐らくもどかしかったであろう。窓から見える全ての物に歓喜の声を上げたがっただろうが、バスの中にいる人々は知らない国の人達…。勝手が分からないので、静かにするしかなかった。

 仮に専用車両で移動でもしていたのなら、雛は恐らく爆発していただろう。



 市内に入ったバスは人混みの横を通り過ぎるようになり、この国の人々の顔立ちや服装、ファッションまでもが確認出来るようになった。空港からここまでの間、全てが新しい物、知らない物ばかりだったので、4人の興奮と、撮った写真の枚数は大変なものになっていた。


「さっ、ここで降りるよ。」


 バスは終点に着き、美緒の案内の下、4人はそこで降りた。美緒はこの時、何処かしら作った表情をしていた。

 実は、宿泊するホテルへは1つ手前の停留所で降りた方が近かったのだが、美緒はそれを見逃した。停留所は把握していたが、案内放送が聞き取れなかったのだ。次が最後の停留所だとも知っていた彼女は他の3人には何も伝えず、そのまま黙ってバスを降りた。


 バスを降りた場所はこの国一番の繁華街の通りの一角で、長い一直線の、幅の広い道路であった。大通りの両脇には様々な店舗が並び、背が高いビルも目立った。

 美緒は作った表情を保ったまま、バスが走って来た道を戻り、皆を引率して歩き出した。


「危ない!」


 雛の荷物も持たされている香が、少し遅れて信号を渡った。

 その彼女に美緒が叫んだ。信号は青だったのだが、曲がって来た車にぶつかりそうになったのだ。

 注意を促したので大事には至らなかったものの、美緒がいい加減、雛を怒鳴った。


「ヒナ!もう、自分の荷物は自分で持ちなさい!」

「は~い!」


 雛は詫び入れる様子も見せず、香から自分の荷物を受け取った。

 香も美緒に叱られた。この国は、自分達の国ではない。安全だと思って交差点を渡る事は危険な行為で、常に周りを確認する事が大切なのだ。特にこの国の交通マナーは悪く、だが、それがこの国の常識だった。


「ご免なさい…。」


 香が、苦笑いをしながら答える。

 南はそれを後ろで見て、美緒が香に話した警告を自分に言い聞かせた。


「うわっ~!でも凄いね。この道路…。人でいっぱいだよ!あっ、見て、あの建物!ちょっと変わった形してない?」


 静かだった美緒が、突然おしゃべりになった。前方の、特に変り栄えがないビルを指差し、皆の注意を引いた。

 他の3人は気付かなかったが、実はこの時、ホテルから一番近いはずの停留所を通過する最中だった。3人は美緒が指を差した、さほど珍しくもないデザインの建物を見ていた。


「よしっ!到着!ここが、私達の泊まるホテルだよ。」


 上手く3人を騙せた美緒はホテルの前に到着すると、その建物を指差した。ホテルは大通りに沿って建てられていたので、見つける事は簡単だった。


「うわっ!大きなホテル!滅茶苦茶テンション上がってきた!!」


 雛が、いつもの動作を始める。南も、ホテルの背の高さに感動していた。


 ホテルのロビーには冷房が充分に行き届いており、彼女達の体を落ち着かせてくれた。

 そこで4人は何よりも先に記念写真を撮り、ホテル内部の写真も撮り続けた。

 雛はまた香をこき使い、単独写真を撮り始めた。その間に美緒と南は、フロントでチェックインを行っていた。


 予約の確認を終えると宿泊者のサインが必要になったので、2人は雛と香を呼び出し、ホテルのキーを受け取った4人は部屋へ向かった。部屋はツインを2つ、南と美緒、そして香と雛が同じ部屋を使用する。


 それぞれの部屋に入った4人は荷物を置いて、早速ベランダでお互いの顔を確認し合った。部屋はどちらとも繁華街に面しており、窓から下を見ると、先ほどホテルを見上げていた場所が確認出来た。ベランダには胸ぐらいまでの仕切りがあったものの隣の部屋は覗け、手を繋げる距離まで近かった。

 そこでも4人は記念写真を撮った。恐らく今日一日は、どの場面でも写真を撮り続けるのだろう。


 突然、4人に強い風が吹きつけた。異国の匂いを運ぶ、いつもとは雰囲気も温度も違う風だった。

 肩よりも少し長いストレートだった南は乱れた髪を掻き上げながら、吹きつける風に顔を向けた。強い日差しも彼女の顔を照らした。

 南は、風が運んで来た異国の雰囲気を、もう1度感じようとしていた。


「さっ、部屋に戻ろ?あんた達は、こっちの部屋に来て。鍵は、ちゃんと閉めて来るんだよ?」


 ベランダで楽しんだ後、美緒は早速、街へ出掛けようとした。


 部屋の呼び鈴が鳴り、南が扉を開けに向う。

 雛が飛び跳ねながら部屋に入って来ると香もそれに続き、3人はソファーで先ほどのガイドブックを広げた。

 雛は部屋に入るや否やベッドに向い、その上ではしゃぎ始めた。


「このお店で、お昼を食べたいと思うんだ。…どう?」

「あ、良いかも。美味しそうだね?この料理。」


 バス停での会話に参加しなかった香に、お昼のメニューを確認させる。

 ちなみに、雛には好き嫌いがない。彼女は、悲鳴を上げながらでもゲテモノ料理を食べる事が出来た。


「それじゃ、お昼はここで食べて…同じ建物がショッピングモールになってるんだ。そこでお買い物しない?晩はホテルに戻って来て…近所にも美味しいレストランがあるって調べたから、そこで食べよ?」


 美緒が、午後からのスケジュールを立てた。誰もそれに異存はない。


「決定!それじゃ早速、出掛ける準備しよ?」

「は~~~い!」


 美緒の掛け声に、ベッドの上ではしゃいでいた雛が両手を挙げて、大きな声で返事をする。彼女はまだ、これから何処に向かうのかも知らない。


 4人は出掛ける準備を始めた。パスポートや帰りのエアチケット、そして大きなお金を美緒の部屋の金庫にしまった。

 今日使う分のお金は全て美緒が管理する事にし、いよいよ本格的に卒業旅行を楽しむ為に街へ出掛けた。


「ここから…さっき乗って来たバスの反対側の路線に乗るの。そして…4つ目の停留所で降りて、そこからもう1度、違うバスに乗るわよ。」


 大通りに出たところで、美緒がガイドブックを広げながら説明する。

 もう、失敗は許されない。次に乗るバスも乗り換えてからのバスも、最後の停留所までは遠い。降りるタイミングを間違えると、大変な事になるのだ。

 美緒は、もう少しだけガイドブックをチェックした。…念入りに。


「ヒナ、こっち来て。」

「は~い!」


 バスの番号、通過する停留所の数を充分に確認した美緒は雛を呼びつけ、彼女が背負うリュックサックにガイドブックを詰めた。


「あっちの信号から、向こう側に渡ろ!?」


 美緒の指示に従い、3人は大通りの向かい側まで歩いた。

 大通りは6車線、そして中央には路面電車が通っており、そこを横断するには少々距離が長かった。信号の形も自分の国の物とは違い、勝手が良く分からない。

 4人は早速始まった海外での行動に、不安と期待を感じながら大通りを横断した。

 通り過ぎる人々の顔の作りも、皮膚の色も、そして交わされる言葉も、全てが新しい体験だった。美緒までもが新鮮な感覚に心を弾ませた。雛も、最初は大人しかったが、そろそろ持ち前の騒がしさを取り戻していた。いつもはおっとり気味の香も今日は口数が多く、キラキラした目で見える全てを関心深く眺めた。

 南も、2度と同じ旅行は出来ないだろうと、この卒業旅行に心を躍らせていた。

 街角を1つ曲がっただけで、新しい世界が開けた。通りで売られている服や食べ物も、見慣れた物ではない、同じく新鮮な感じがした。


 旅行は、特に見知らぬ国への旅行は、新しい発見や驚きの連続なのである。


 こうして、4人の卒業旅行は幕を開けた。

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