一四〇字物語

終末禁忌金庫

第1話 序文

 序


 かつて、日本では、五・七・五、あるいは、五・七・五・七・七という限られた字数の中で表現を行う、実に優美な、かつ典雅な詩作がそこかしこで励まれてきた。身分の貴賎はなく脈々と受け継がれてきた営みは、近代化を境に徐々にその姿をくらまし始める。原因はなんであれ、いまの平成の世では、恋人に短歌を贈るなど聞いたこともないし、故人を偲んで一句、というのも聞かない。そもそも、現代社会の産物であるサラリーマン戦士たちはそのような情緒や機微に触れる暇なく、日々忙殺されている。

 では、日本の誇るべき短文文化は失われてしまたのかというと、案外そうでもない。発端こそアメリカ発であるが、その仕様や仕組みが、日本人の気質となんともマッチし、毎日のあわただしさの片手間に操る文化がある。一四〇字という、俳句、短歌に比べれば冗長にも思える字数ではあるものの、それは、たしかに日本人の心を見事魅了した。

 ツイッターである。ツイッタージャパンによれば、二〇一五年時点における全世界のアクティビティユーザーのうち、一割は日本からのアクセスであるらしい。

 通信技術の発達により揺り起こされた日本の短文文化は、日々そのつぶやきという形で、人々の心中をよく表している。

 さて、前置きが長くなった。これより僕はいままで生きてきた半生を、いまだ三十にも至らぬ齢ではあるものの、戸棚の奥で眠りこけている食器を選び出して、ほこりを払い磨き上げるがごとく、大いに省み、時に懐かしんでいこうと思う。その手法として、せっかくなので、――なにがせっかくなんだか――まずは冒頭部分を一四〇字で書きあげる。諸君らには、まずその一四〇字を、それこそ、ウェブ上のツイッターをそうするように拾い読みいただいて、もし興味を持たれたならば、しかる後に本文をお読みくださるよう申し上げる。こうすれば、諸君らにとって興味のない無駄話を延々と読んだ挙句、つまらないオチに絶句する、という、苦痛と肩透かしの感をすこしでも和らげると思うのだが、いかがだろうか。

 一四〇字を読むのに一分もかからぬだろうし、本文一編あたりにしても、十分か十五分程度で読了する分量で書き上げていくつもりだから、職場へ向かう忙しさのほんの間隙に、あるいは、友人を待つコーヒーブレイクのわずかな合間に、もしくは、朝からパチンコ屋の抽選を引きに行った再整列の時間にでも、お読みくださったなら、限りない幸福です。

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