第6話
「いや、それは無理だ」
練習見学の翌日、登校してきた俺と岡崎を見るや否や、望月は早速入団を迫ってきた。
昨日の練習終了後も話したそうだったけれど、俺たちは時間も遅いからとそのまま帰ったのだ。
その後に多分、望月は舟橋さんに“話をつける”とでも見得を切ったのだろう。
「松坂はともかく、俺は絶対に出来ない。分かるだろう?」
岡崎は話にならない、とでも言うように頭を振った。
「岡崎、無理を承知で誘っているんだ。なあ松坂、一緒にやろうぜ?岡崎もすごかったけど、オマエもきっといい声だと思ってんだ」
合唱団の雰囲気も良かったし、ひとつの曲がどんどん仕上がっていく様子には胸が高鳴った。
だけど、週に4回の練習をずっと続けていく覚悟はまだ無い。
「ゴメン、望月。確かに面白そうだけど、ちょっと考えさせてくれよ。中途半端な気持ちでやりたくはないんだ」
意気込んでいた望月が、ハッとしたように頬を擦った。
「そうだよな、確かに大変だしな。好きじゃないとやっていけないだろうな」
「それからさ、俺が言うことでもないけどさ、岡崎はやっぱり合唱団は難しいと思うよ。コイツ、音を直接取れる俺らとは違うし、そもそも指導を受けるのだって一苦労だろう?」
岡崎が俺を見て、大きく頷いている。
「んーっ、そっかー、とりあえずこの話、保留だな。俺は諦めないけど、無理強いもしたくないんだ」
仕方ないな、というようにため息をついて、望月は「また見にきてくれよな」と言い残して自分の席に戻っていった。
昨日の岡崎の歌声は確かに衝撃的だったし、俺もずっと聴いていたいような不思議な感覚だった。
だけど、必死に楽譜をたどっていた姿を見て、やっぱりしんどそうだとも思っていた。
学校の授業中でも教師の言葉をひとつひとつ拾わなくてはならない状況で、きっとコイツはすでにいっぱいいっぱいだろうよ。
その上合唱団というのは、負担が大きすぎる気がする。
「松坂、ありがとう。俺、なんにも考えずに歌っちまって。まさか入団を誘われるなんて思ってもなかったから」
そりゃそうだよな。
事前に耳のことは話していたんだし、望月だってそんなことは考えてなかっただろう。
でもあの歌声を聴いて、是非にと思う気持ちもよく分かる。
「でもさ、正直あんなすごい歌声聴かされたら、俺だってその気になっちまうよ」
「え?」
岡崎は、真直ぐに俺を見据えた。
「あ、いや、なんていうか、オマエの歌声、もっと聴きたいって思うってこと……」
だから、その目で見つめるなっつうの。
思わず俺は目を逸らした。
視界の端に、人差し指の節を噛んでいる岡崎の姿が映った。
どうやら考え事をするときのクセらしい。
担任が教室に入ってきてこの話は一旦中止となったが、岡崎は朝のホームルームの間も、ずっと節を食(は)んでいた。
そんなに考え込ませるようなことを言ってしまっただろうか。
もしかして、また失言したのだろうか。
いろんな思いが俺の頭の中をグルグル回った。
そのまま入った一限目の授業はうわの空で、俺は何度も岡崎を横目で盗み見てため息をついた。
すぐにでも話がしたくて、45分が異様に長く感じられる。
やっと授業が終わったと思ったら、同時に奴はフイッと席を立って教室から出て行ってしまった。
追いかけようとも思ったけど、もし怒らせていたらと思うと面と向かう勇気が無い。
俺も少しは人の気持ちを察することができるようになってきたのかな。
それとも、ただ自信が無くて傷つきたくないだけなんだろうか。
椅子に座ったままぼんやりしていると、真後ろからパシッと背中を叩かれた。
「痛っ、誰だよっ」
不意打ちを食らって思いのほか強い痛みが走った俺は、振り向きざまに相手を睨みつけた。
「……岡崎」
立っていたのは、いつの間にか戻ってきた岡崎だった。
「昼休み、ちょっと話しようぜ」
無表情で話しかけられると、その抑揚の無いしゃべり方は感情をも塞ぎこんでしまい、冷たく耳に響いてくる。
ああ、やっぱり何か気に障ることを言ったんだろうな。
俺は小さく頷いて、わざと授業の準備に忙しいふりをする。
岡崎もそれ以上何かを言ってくるわけでもなく、俺は昼休みまでやるせない気持ちで授業を受け続けた。
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