第1話



 


「もう一度、言って」

「え?」


初めて聴く、独特のイントネーション。

ここ高峰高校に入学して、隣の席になった奴だ。

入学式から教室に戻り、しばらくはクラスの様子を伺う自分に精いっぱいだった俺は、帰りがけにようやく隣に声をかける余裕が生まれた。

そういえば隣の奴も全くしゃべらない奴で、今こっちから話しかけて初めて声を聴いた。

その抑揚の無いロボットのような話し方に、俺はかなり面食らった。

なんだかヤバい奴と隣になっちまった。

しかし、奴の表情には全く邪気は感じられない。

ふざけている様子も見られなかった。


「俺、松坂貫(いずる)。……よろしく」


戸惑いを隠して、もう一度言う。

奴の顔に、静かな笑みが浮かんだ。


「岡崎天音(あまね)。よろしく」


あまね?

女みたいな名前だな。

名は体を表すというけれど、確かにコイツの顔は中性的だ。

着ている制服が、かろうじて奴を男だと認識させる。

それにしても、どうしてこんな話し方をするのだろう。

個性とか通り越して、ただのおかしな奴にしか見えない。


「岡崎、オマエのしゃべり方変わってるな」


奴はビクッと肩をこわばらせて、驚いた表情を見せた。

しまった、まただ。

思ったことをあまり考えもせずに口にしてしまう俺は、いつも言ってしまってからその失言に気づくのだ。

相手の反応は人それぞれだけど、だいたいコイツみたいに言葉をなくして俺を凝視するんだよな。

奴の話し方に驚かない人なんていないだろう。

でもきっと、敢えて誰も触れなかったんだ。


「面と向かって言われたの、初めてだよ」


やっぱり俺、無神経なんだな。

かなり凹みながら、居心地悪く目を泳がせる。


「ゴメン、俺、デリカシー無いよな」

「いいんだ、不思議に思って当然だし」


コイツ、自分の話し方がかなり変わっているということは自覚しているんだ。

伏し目がちになったその横顔は、影が落ちるくらいまつ毛が長い。

髪も、日に透けて透明感のある栗毛色だ。

小ぶりで筋の通った鼻、薄いベージュピンクのふわりとした唇、黙って座っていれば、そこだけが異空間になったようなオーラがある。

俺は思わず見とれてしまっていた自分に気が付いた。


「何か、理由があるのか?」

「ん?」


また普通の人間なら聞きづらいことを無遠慮に聞いてしまったようだ。

俺は慌てて、答えなくていいからというように両手を振った。

岡崎はしばらくキョトンとした表情で俺を見ていたが、急にクックと笑い出した。


「松坂、だっけ。面白いな、オマエ」

「面白い?」

「理由、聞きたいの?聞きたくないの?どっち?」


『面白い』の意味を捉えようと黙り込んだ俺に、岡崎はすました顔で聞いてくる。この様子なら、どうやら悪い意味ではなさそうだ。


「話してもいいって思えるなら。無理に話さなくたっていいから」


俺は観念したように答えた。

岡崎はフッと笑って、前を向いた。


「話してもいいよ。明日な」


口元に浮かんでいる笑みを見ながら、なぜか俺は、コイツとは長い付き合いになりそうだと思っている自分に気が付いた。

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