第43話 魔鳥来襲
魔鳥が一羽、この大陸に来襲したのだという。それも結界を突破し、天空城の、もうすぐそこまで迫っているのだと。
「エルダ姫!」
叫ぶなり、ボリスはエルダを抱き上げた。この洞窟にいたほうが安全かもしれない。だが、エルダを一人きりにすることはできなかった。
身の丈は成人男性ほどになる魔鳥。
ふたつの目が縦につき、首を大きく回すことができる、魔の種族だ。青い炎を吐く、この獰猛な鳥は、魔力を用いて自らの分身を操り、敵を完全に翻弄する。それは本体と同じ攻撃力を持つが、いかなる打撃にも傷つかない。殺すことができるのは本体だけだ。だが、それは、分身によって生まれた陰のうちに隠れており、見つけるのは容易ではない。
そして、邪悪な猛禽が好んで食するのは──若い人間の女性──なのだ。
エルダは洞窟内を駆けぬけるボリスの様子から、変事が起こったことを察した。それは、不注意から声をもらした自分が招いたという可能性がある。
──眠っているあいだに、私はお父さまの夢を視たのかもしれない。
そうであるなら、父が来たのかもしれない。
この大陸の強い結界を破る、『命名の絆』を利用して。
「娘よ。おまえがおまえであるかぎり、私にはおまえの居場所がわかる……。そう、そうだ。逃げたとて逃げおおせはしない。なぜならば、おまえはおまえであることをやめられぬ。
さあ……エスタ・メスタ。ファントーレン・レッザ・エヴァリード!」
エルダは頭の中で響く父親の声を振りきろうと、両目をかたく閉じた。
──これ以上の違背が許されないのだとしても、私は責任をとらなければ。
強い光がエルダの視界を奪った。滝の飛沫がわずかにかかる。外に出たのだった。
ボリスがエルダを下ろす。
「エルダ姫。城に帰るまでは何も見るな」
言うなりボリスはエルダの頭から『闇のマント』をかぶせた。
されるがままにしているエルダを抱え上げ、ボリスは腰から『雷光剣』を抜く。白銀の刀身は光り輝き、電気火花をまとわりつかせて熱を発している。それはボリスの精神を感じとって生まれる放電である。
木立の上を青い炎が走った。
──来た。
ボリスは森の中を飛んだ。
走るよりも、飛行するほうが早い。
木々の幹や枝を避けて飛ぶのは難儀だが、森から出ることは危険だ。巨大な鳥は、樹木の密生する中には入ってこれない。それはつまり、森から出た後が危険であることを示している。
「森の奥へ!」
それぞれの巣から出てきた、紺青色をした鳥の群れに叫ぶ。だが、星の洞窟に来るときに出会った、ひなが生まれたと言っていた鳥の姿はない。我が子を置いていくことができないでいるのだろう。あれほど嬉しそうに、さえずっていたというのに。
ボリスは唇を噛む。
耳の長い子守りリス、真っ白い毛皮に金色の角を持つ鹿、胴よりも長い後ろ足のウサギが、我先に森の奥へと避難していく。
青い炎が木々を焼き、火の粉が舞った。
「エルダ姫」
黒いルードの背が、弱々しげにつかまれる。
「森を抜ける。しっかりつかまっていてくれ。いいね」
マントを被った頭が頷いた。
木々の間から飛びだすと、すぐに魔鳥の一羽に襲われた。
身を一転させて青い炎を避け、剣の先から雷電を発射する。赤みの強い黄色の電流が命中した。だが、分身による幻は傷つくことなく、姿を消した。
青い炎が二本、ボリスめがけて空中を走ってくる。新たな分身だった。炎の球は彗星のように尾を引きながら迫ってくる。降下して一本は避けたが、もうひとつの炎が追ってきた。
上昇が間に合わない!
苦肉の策として、ボリスは剣先から冷気を放つ。
「ボリス王子!」
横から赤い炎が吹きつけ、魔鳥の青い炎を寸断した。『雷光剣』から発された冷気が暖められ、吹きつける。
「ウルピノン!」
きわどいところでボリスを助けたのは、紅い子竜だった。
「殿下!」
「ボリスさま!」
若い警備兵たちが飛んでくる。
「王子、怪我は?」
幼いが、誇り高い声色だった。ボリスはほっとして、破顔一笑する。
「ありがとう。大丈夫だ、ウルピノン」
「姫君は無事かい?」
姿は見えないはずだったが、ウルピノンはエルダの存在を感知した。竜に備わる鋭敏な嗅覚によって。
「ああ」
ボリスのもとに行こうとした兵たちが、途中で魔鳥に阻まれてしまっている。
「王子殿下ぁーっ!」
いかめしい声の叫びが、そのはるか向こうから届く。左右の手で鎖つきの鉞を振りまわしながら、魔鳥の分身を手当たり次第に斬り捨てている。
「ウルピノン。エルダ姫を城に──」
ボリスは一瞬、言いよどんだ。
安心してエルダを任せられるのは、父王をのぞけば2人しかいないが、そのうちの1人、エリンは、侍従長と城内の混乱を治めるべく走りまわっているのに違いない。そして、父は緊急時における王としての務めを果たそうとしているはずだ。
この状況では、エルダに対して好意を持つ者でなければ、任せる気になれない。できれば、しっかりした大人が望ましいが……。
ボリスは瞬時に決断する。
「──とりあえず、サーシャのところに連れて行ってくれ」
「それはお安い御用だけど……」
子竜の背に乗せられたエルダはもがき、なんとかマントを開いて顔を出す。見えなくとも、魔物と闘っていることは解っていた。自分のせいで襲ってきたのかもしれない危険にボリスたちがさらされるなど、耐えられない。それも、自分は安全な場所に守られて。
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