禁忌の来島
第11話 サーシャ
サーシャの寝台は、王子の童僕ということから、ほかの者たちとは別に与えられている。
ボリスの寝室の隣に、特別に個室が用意されているのだ。侍従たちと一緒に大部屋で寝かされている、ほかの童僕には悪いと思ったけれど、1人でのんびり眠ることができるのは嬉しかった。
半時間ほど前、数分間、話をした姉のターニャが、与えられている二人部屋の侍女の寝室に下がった。それからずっと、サーシャは一人でボリスが帰ってくるのを待っている。
ボリスが警備隊隊長のソーニャに呼ばれて謁見の間に行ってしまってから、もうずいぶん経つ。サーシャは心配でたまらなかった。
何があったのだろう。いったい、どんな大変な話をしているのだろうか?
サーシャは、初めて召されたとき、王子の私室にしては質素だと思った彼の部屋のなかを、ぐるぐるとまわっていた。
姉が出て行って、まず、サーシャは廊下に出る木製の扉を少し開けた。それからその扉から鏡の前へ歩いて、ふたつの窓と、衣裳部屋に入る扉の前を通り過ぎる。
角を曲がり、いくつかの本棚と、どっしりとした机の横を通れば、二つ目の角だ。その角を曲がって、箱型の時計、火球石のランプ、湯沸かし器など、さまざまな道具が並ぶ棚や机をよけながら壁際を歩いたら、地上とリベルラーシの地図を何枚も貼った壁の前に行きつく。三つ目の角を曲がって、大小さまざまな地図で埋まった壁を通り過ぎれば、出入り口の扉の前に戻る。
部屋を三周してから立ちどまり、細く開けた扉から廊下を覗いて、ボリスが歩いてくる姿を探し、ため息をついて、サーシャは再び三周する。
まるで、おまじないでもするように一連の行動をくりかえしていると、出入り口の扉が開いた。サーシャは勢いをつけて、身体ごと振りかえる。
深緑のスカートと白い帽子という女官の衣装を身に着けた者が、荷物を抱えて入ってきたところだった。何かと思えば、それは積みあげた十数冊もの本である。そのほとんどが城の書庫に所蔵されている貴重な古書なのだが、サーシャには、そこまでは判らなかった。サーシャに分かったのは、それらを運んできた人物の名前だけだ。
「なんだ、エリンさまか」
ボリスが部屋を出る前に辞去したはずの、王子づきの女官である。彼女は耳ざとく、かすかなサーシャの呟きを聞きとがめた。
「なんだ、ではありませんよ、サーシャ」
腕に抱えた本の塔の向こうから、不機嫌そうなエリンの声がする。
「失礼でしょう」
「ごめんなさい」
素直に頭を下げた少年の近くにある机に、エリンは運んできた本を下ろす。
どすん、という音とともに古い本のページのあいだから細かい塵が噴出して、彼女はむせた。えび茶色や暗青色、緑色など、色とりどりの背表紙には、サーシャの知らない言葉ばかりが刻印されている。
「ああ、くたびれた。まったく、あの司書官は、わたしを見るたび殿下に申しつけられた本を押しつけていくわ。まったく迷惑だこと」
ひとしきりぶつぶつと呟いてから、エリンはサーシャの顔を眺めた。
「おやおや、まあ。目がトロンとしているわね、サーシャ。無理もないわ。いつもより、1時間も長く起きているのだものね」
サーシャは一生懸命に欠伸をこらえた。
「ええ。でも、ボリスさまが、まだ帰っていらっしゃらないから」
エリンは少し黙って少年を見つめた。
「そう。でも、そろそろ休まなくてはいけませんよ」
「ボリスさまより先には休めないよ」
むっとしたサーシャを見て、エリンは微笑した。
以前にも、夜おそくに図書室に閉じこもったボリスから命じられ、サーシャをベッドに押しこんだことがある。それはたしか、失われたはずのリベルラーシの歴史書か何かが発見されたときのことだった。
エリンは躊躇しなかった。
「そのことで、殿下からの
たちまちサーシャは不満げに唇を尖らせる。エリンは以前と同じように、少年の両肩に手を置いた。
「サーシャ。おまえが明日、睡眠不足でふらふらしたりしてごらんなさい。以前のように、殿下はおまえを心配なさいますよ」
それを聞いて、サーシャの頬が赤くなった。後ろめたい過去を思い出したのだ。
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