かわいい手品

めらめら

かわいい手品

「お嬢ちゃん、赤、青、黄色、好きなカードを選ぶんだ」

 欄干の際に小石で置きとめた茶封筒。雑踏の中から、興味を惹かれて寄って来た十歳くらいの少女に、私はそう言った。

 ぼんやりした薄曇の空の下、橋の上を慌ただしく行き交う人通りさえ、どこか気怠く見える昼下りのことだ。


 小石を少女に手渡しながら、私が封筒から取り出したのは、赤青黄、三枚のカードだ。

「えーと……じゃあこれ」

 少女は道に並べた三枚から、赤いカードを選んで小石を上に置いた。

「なるほど……では私の予言をご覧にいれよう!」

 私は封筒の中に残った最後の一枚、折りたたまれた便箋を取り出した。

「さて、この一枚の手紙には……?」

 私が開いた便箋に書かれていたのは一言。


 『あなたは赤を選ぶ』


「すごい! おじさん占い師? 預言者!?」 

 少女が目を輝かせる。

 だが、彼女がもう少し疑い深ければ、気付いていたかもしれない。

 道に置かれた小石の裏側には『あなた青を選ぶ』、黄色いカードの裏側には『あなたは黄色を選ぶ』、そう書かれている事に。

「ははは。まあ、ちょっとした『能力』さ」

 私は少女を見て秘密めいた笑みを浮かべる。

 他愛のない手品。暇を持て余した年寄りの、ささやかな午後の楽しみだ。


「じゃあ、今度は私が占ってあげる。おじさん、目を瞑って好きな色を思い浮かべてみて!」

 おや、少女から意外な『反撃』だ。

「ん……? ああ」

 少し虚を突かれた私は、それでも喜び勇んで言われるままに目を瞑る。受けて立つぞ。時間はたっぷりある。


 赤だ。好きな色は『赤』。


「……わかった!もう目を開けていいよ!」

 耳元で嬉しそうな少女の声。


 私は目を開けた。


 ……目の前に少女の姿はもう無かった。いや、それだけではない。道を行き交う人影も消えて、橋上に佇んでいるのは、私一人。

 いつの間にか運河の向こうに落ちかかって川面を金色に照らしながら、橋と私を真っ赤に染め上げていたのは、血のような夕陽。

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