わたしとあたし

サゐコ氏

第1話 はじめまして、わたし

・市街地


 夜。路上。一人の女子中学生が歩いている。「にゃー」と猫の鳴き声。女子中学生は振り返る。そこには黒猫がいた。


 わたし「チェルシー」


 黒猫は中学生に近寄る。黒猫の名前はチェルシー。中学生はしゃがんで、猫を撫でる。


 わたし「お前はいつもここにいるね。近くにお前の家でもあるの? 」


 チェルシー「みゃー」


 チェルシーは歩き出した。


 わたし「どこいくの? 」


 中学生は立ち上がり、前を見た。そこには人の形をした黒い影。赤い目でこちらを見ている。


 わたし「えっ……!? 」


 黒い影はゆっくりと中学生の方へ近づく。


 わたし「(後退りながら)いや、来ないで……来ないで」


 黒い影は何もかもを飲み込む津波のように中学生を襲った。


 わたし「いや、いやあああああああああああああ」





 中学生は目覚めた。そこはさっきいた路上。


 チェルシー「みゃあー」


 わたし「チェル……シー? 」


 中学生のお腹の上にはチェルシーが乗っていた。チェルシーを抱えて起き上がる中学生。


 わたし「さっきのはいったいなんだったんだろう……」


 わたし(体に何かされたわけでもなく、何かを盗られたわけでもなかった。でも、確かな違和感があった。「わたし」という概念から何かが欠けたような……そんな違和感があった。)




・わたしの家


 翌日、わたしの自室。ケータイのアラームが鳴る。布団の中から手を出し、ケータイを探す。


リビング。眠そうに目をこするわたし。テーブルにはすでに朝食が用意されていた。母はテーブルにある花瓶に花を植えている。


わたし「毎年、この日にその花植えるよね。なんか意味でもあるの? 」


母「7月1日。今日はわたし達にとって大事な人が亡くなった日なのよ」


わたし「へー。初めて聞いたそんな話。わたし達って、わたしも知ってる人? 一体、誰が亡くなった日なの? 」


母は悲しそうな目でじっとわたしの顔を見た。


母「時間。大丈夫? 遅刻するんじゃない? 」


わたし「あっ、やばい! 」





 わたしの家の外。制服姿のわたし。


 わたし「いってきまーす! 」


 玄関の扉を開け、食パンを手に持ち出て行った。



 母は悲しそうに花瓶に入れた花を見つめる。





・中学校


 休み時間、わたしは葵と楓と話している。


楓「(わたしに笑いながら)まーた、連続遅刻記録更新しちゃったね〜。今日も寝坊? 」


わたし「うるさいー。今日はお母さんと無駄話したから遅れたの」


 葵「まぁ、理由はどうであれあんまり遅刻するんじゃないよ。あんた、成績もそこまで良くないしね」


 わたし「うぅ……その話は胃が痛くなる……」


 楓「(笑いながら)あっちゃー、痛いところつかれたねー」


 わたし「あっ、そうだ。二人に話しときたいことがあったんだった」


 わたし、昨晩のことを二人に話す。


 楓「なにそれ、痴漢じゃん! 」


 わたし「しーっ! 声がでかい」


 楓「いやいや、それ明らかに痴漢でしょ。押し倒してきたとか痴漢以外にありえないって」


 葵「押し倒されたって、痴漢どころじゃない気がするんだけど……」


 わたし「たしかに」


 葵「いや、納得してる場合じゃないでしょ被害者! これは十分、事件であり事案だよ。警察行こう。一緒に行ってあげるから」


 わたし「でも、何にもされてないんだよね。持ち物も何にも盗られてないし」


 楓「あれじゃない? なんつーの? 『彼はとんでもないものを盗んでいきました。それはあなたの心です』みたいな」


 葵「(楓にチョップ)真面目にやれ! 」


 楓「あいたっ」


 わたし「ま、この話は終わりにしよ。どうにもなんないし」


 葵「それでいいの? 」


 楓「(頭を押さえながら)本人がいいって言ってるしいいんじゃない? 」

 

 わたし「あっ、そう言えば。あおい~、桐谷先輩とはどうなの? 」


 葵「(顔を赤くして)なっ、今それ聞く? 」


 楓「私もそれ聞きたーい。恋人との進捗どうですか? 葵殿」

 

 わたし「あおい殿~」


 葵「もーう、仕方ないなー。そんなに私のノロケ話が聞きたいかー」


 三人は楽しそうに話している。それを廊下から誰かが見ている。廊下から見ているその人はニヤリと笑った。





 ・市街地


 三人は「バイバイ」と言い合い、別れて帰った。


 夕方、わたしは一人で歩いている。わたしの肩を誰かが叩いた。わたし、振り向く。中学生の男子がひとさし指を立てて、わたしの頬をついた。その男子は、須藤大河。


 わたし「(少し不機嫌そうに)む」


 大河「おっ、アホが引っかかった」


 わたし「うっさい」





 子供が遊んでいる公園。その公園のベンチに大河とわたしは座っている。


 わたし「最近、どうなの? 野球、試合出るようになったんでしょ? 」


 大河「ああ、バッチリだよ。やっと監督が俺の才能に気づいたからな。ここからが本番よ」


 わたし「ここからって、あんた中三だよ? あと二か月か三か月あるかどうかじゃない」


 大河「ふんっ、馬鹿め。大馬鹿野郎め」


 わたし「ひどい言いようね」


 大河「俺の野球は中学なんぞで終わんねーよ。強豪校行って、甲子園に出る。そこで注目を浴びて、巨人ズにドラフト一位指名よ! 」


 わたし「(少し呆れたような顔で)はいはい、理想に実力がついて行けるといいですね大河くん」


 大河「うるせー。お前は最近どうなんだ? 」


 わたし「わたし? んー。あっ、痴漢にあった」


 大河「なんだよ、それ。つまんねー冗談。笑えねぇよ」


 わたし「いやー、これがノンフィクションでして……」


 大河「マジかよ」


 わたし「わたしも信じられないけどね。なんで、わたしなんか狙ったんどうね。わたしって、意外に魅力的な体してたのかな? 」


 と言って、わたしはセクシーポーズを決めて笑う。


 大河「笑い事じゃねぇだろ! 」


 わたし「いやいや、そんなにムキにならなくてもいいじゃん。大河には関係ないことだし」


 大河「関係ないことねーよ! 」


 わたし「大河? 」


 大河「(立ち上がる)俺、帰るわ」


 大河、歩き出す。


 大河、止まる。


 大河「(わたしに)なんかあったら、頼れよ! 」


 わたし「えっ、なんて? 聞こえない」


 大河「だーから、なんかあったら俺を頼れって! 」


 わたし「(しばらくキョトンとして)うん」


 大河は歩き出す。しばらく、すると止まってわたしのところに戻ってきた。


 わたし「どうしたの? 」


 大河「(恥ずかしそうに)い、家まで送る」


 わたし「(微笑んで)ありがとね」





・わたしの家


夜、わたしの自室。わたしは机で勉強している。机に置いてあった携帯に通知が入る。葵からだった。


葵「明日は小テストあるんだから、いつもみたいに遅刻したらダメだよ」


わたし「(スマホを操作しながら)はいはい、わかってますよーっと」


 わたしは返事を送った。


わたし「あっ、花瓶の花のことお母さんに聞くの忘れてた。まぁ、いっか。どうせ明日にも聞けるし……」


わたしは部屋の電気を消して、眠った。暗くなった部屋の扉を誰かが開けた。黒い影が部屋の中に入ってきた。





朝。自室


わたし「く〜、良く寝たー! 」


わたしは目覚めた。わたしは部屋を出て、リビングに出た。


わたし「(母に)おはよー」


わたしは机の上を見るが、いつもはあるはずの朝食がない。


わたし「お母さん、朝ごはんは?」


お母さん「あんた、何やってんの! てっきりもう行ったのかと思ってたのに! 」


わたし「えっ、だから朝ごはん……」


お母さん「何言ってんのよ。ご飯ならとっくに済ませたじゃない。それに、今何時だと思ってんの? 」


わたし「えっ?」


リビングにある時計を見た。時刻は午前10時15分。


わたし「ウソ!? 遅れないようにアラームもかけたし、携帯の時計も15分早く設定したのに! 」


お母さん「つべこべ言わずにさっさと行きなさい! 」


わたし「言われなくてもわかってるよ! 」


 わたし、リビングのテーブルを見たが花瓶がない。


 わたし「お母さん、あの花瓶は? 片づけちゃったの? 」


 母「(めんどくさそうに)そんなことしてないけど」


 わたし「あの花も花瓶もないよ」


 母は驚いてテーブルを見た。


 母「(驚愕した顔)そんな……何で……!? 」


 母は一人でぶつぶつと何かを言ってる。


 わたし「(心配そうに)お母さん? 」


 母「あんたは早く学校行きなさい……」


 わたし「でも……」


 母「いいから! 」




わたしは自室に戻った。急いでクローゼットを見たが、制服がない。


わたし「あれ? なんで? なんで制服がないの? 」


 クローゼットを漁るが、やはり制服がない。


わたし「(頭をかいて)なんでよ……」





・学校


チャイムが鳴っている。15分の休み時間に入った。わたしは学校に着いた。息を切らしながら教室に入った。教室にいる全員がわたしを見る。


わたし「(葵に)お、おはよー。はぁ、せっかく中忠告してくれたのに大遅刻しちゃった。ごめんね」


葵「(少し驚いた様子)何言ってんの? あんた朝からいたじゃん」


わたし「えっ……? 」


葵「てか、もうトイレから戻ってきたの? 楓は? 」


わたし「あっ、そうだったそうだった。わたし楓とトイレに行ってたんだ。楓は職員室寄ってくって言ってた」


葵「ふーん。そうなんだ。てか、なんで夏服に着替えたの? 」


わたし「(お腹を抑えながらわざとらしく)はっ、また下痢が……ごめん、トイレ行ってくるねー」


わたしは走ってトイレに向かった。


葵「あー! ちょっと! 行っちゃったか……」


わたし(ほんと、何が起きてんのよ)


わたしはトイレから出てきた楓とぶつかった。


わたし「ごめん! 」


楓「いたたたた。あれ? あんたさっき、屋上に涼みに行くって言ってなかったっけ? 」


わたし「えっと、そう……なんだけど、ちょっと遠回りしてから行こうと思って」


 楓「ふーん、変なの」


 わたしは廊下を走る。


 わたし(なんなのよ。わたしは今、来たところだってのにテスト受けたとか、トイレ行ったとか。意味が分からない)


わたしは屋上への階段を上がる。そして、屋上のドアを開けた。そこには1人の女子中学生がいた。


わたし「あなたは……誰? 」


少女は振り返った。


 わたしは驚く。


 わたし:その少女の顔は嫌というほど見覚えがあるものだった。友達よりも、家族よりもわたしの目に焼き付いているものだった。


 少女「はじめまして、もう一人の

 

 少女の容姿はわたしと瓜二つである。


 わたし(もう一人のわたし!? )













 

 


 

 

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