ぐるぐる神話

伊達隼雄

ぐるぐる神話

 薄らとも見えはしないが、そこには確かに城があった。

 立てた卵型に灰色の塔が無数に立ち並んでいる。その多くには砲身が隠されており、四方八方を殲滅することさえできた。それでさえ、虫を払いのける程度の意味しか持っていない。それはまさしく空飛ぶ要塞だった。

 地球上を何度も何度もぐるぐると回っている要塞は、遠く彼方の歴史から存在している。しかし、存在確率が80パーセントまで下げられているがゆえに、あらゆる生命も、あらゆる技術も、ついには要塞の痕跡さえ発見することはできなかった。

 要塞が要塞であるゆえんは、その武力にこそある。目的はあくまで回ることであったが、ただ回っていたいので放っておいてほしい、とは言えない。何かの間違いで発見され、害を及ぼされる可能性は皆無ではない。太陽系に連なる星々を単独で、一日ととらずに壊滅させる力を要塞は保持し続けた。結局、この日が訪れてもそれを行使することはなかったが。

 それは、神の住まう城であった――



「あなたは、神様なんですか?」


 青い服の少年は尋ねた。

 神様と呼ばれた青年は、開いていた本を閉じ、スッと無関心を消して、少年の目を見る。


「神様か、どうか、聞いているんだけど」


 繰り返される質問は拾われ、城のあちこちに響き渡っていた。少年にはそれが気持ち悪く思えた。

 まどろむような音の連鎖に支えられて、青年は立ち上がる。


「神様ではないよ。ただの人間だよ」

「嘘だ。人間はこんなことできない」

「いつかできるようになったはずだ」


 無音で飛び続ける城の上で、少年と青年は互いを見る。


「神様、どうしてこんなことができるんです?」

「科学はいつかここまで辿り着く。空にあらゆるものを浮かべ、宇宙へ、そして時間さえもいつか――」

「違う。そんなことじゃない……」


 首をブンブンと振り、少年は下を指差した。


「どうして、世界を滅ぼすんです?」

「私が滅ぼしたわけじゃないよ。彼らが勝手に滅んでいるだけだ」


 終わりが近づくと世界は赤く染まっていく。やがて色は暗く変化をしていき、紫に到達すれば息絶えるだろう。

 青年は、地球が紫を迎えるのはまだ先であると考えていた。


「神様なら救うことができたはずです」

「私たちは救わない。見ているだけだ」

「救おうと思わないのですか?」

「なぜ思おう? 滅んでいいじゃないか」

「滅んでいいものなんてないはずです」

「滅ばなくていいものはないよ」

「そんなの嘘だ」

「嘘じゃない」


 塔から別の塔へ飛び降りると、少年もそれに引っ張られた。

 グッと、赤が近くなる。


「この世界は何度も何度も、赤の時代を迎えている。勝手にね」

「かわいそうだとは思わないのですか?」

「なぜだい?」

「だって、滅ぶんですよ」


 当たり前の悲しみと怒りが、少年の中にあった。人が持つ最も普遍的なものである。


「別に滅んだっていいじゃないか。何度も何度も繰り返された、当たり前のことなんだよ」

「滅びを回避しようとは思わないのか?」

「それは私たちの役目じゃない。君たちが勝手にやることだ。勝手に滅んで勝手に回避して、それでいいんだよ。今回は勝手に滅んでいるだけだ。それは当たり前のことが当たり前のこととして起こっただけなんだよ」

「神様たちは、ずっとそれを見てきたっていうのか?」


 一際大きく、鮮やかで、一瞬だけの赤が炸裂し、大地と空を染めた。


「とても好きなことだからね。愛おしいことなんだ」

「分からない、そんなの分からない」

「だからだよ。だから私たちは君たちが愛おしい。だからこそ、もう世界には関われないんだ。私たちはそうやって、命という物語の外に出てしまったのだから。紡ぐことさえできやしないんだ。

 あらゆる星で、あらゆる時代で、生命は何度も愚かしく滅んできた。それを愚の骨頂と見てもいい。だけど、それはやっぱり勝手に滅んでいるだけなんだ。運命でもなんでもない。選択する道をそれとして選んだ結果だ。

 命とは不思議なものだ。勝手に滅びはするけれど、勝手に起き上がってもくる。そして、勝手に栄え、勝手に争い、勝手に滅び、また勝手に蘇る。紫の時代が来るまで、何度も繰り返される生命のサイクルだ。

 いや――紫の時代が過ぎても、また同じように繰り返される。愛しあい、憎しみあい、与えあい、殺しあい、歴史は紡がれていく。紡がれた歴史は星の色と共に時代を築き上げていき、やがて伝えられて広がる。広がった先で同じことが起こる。文化も、争いも、誕生も滅びも全ては等化だ。愛おしいものなんだ」


 永遠に続いていくのだよ――

 その言葉を、少年は決して信じようとはしない。

 そんな永遠があるはずがない。

 全てが滅んでいく上に立ってしまっている小さな命は、必死に噛みしめた。

 自分がここにいる理由を、青年は教えてはくれなかった。

 ならば、勝手に選ぶしかない。

 それが真実になるように、選ぶしかない。

 相手が神様だろうと、真実を突きつけ続けるしかない。


「違う、違う、違う。そんなのあってたまるもんか。同じことが何度も繰り返されるだって? そんなの嫌だ――信じない」

「これからは君が私たちと同じ役目を持つんだ。君は資格を得た。誰でもよかったが、とりあえず選ばれたのだ。認めて、君が言う神様になってくれ。そして、君の生きた時代の欠片を抱いたまま、宇宙という神話が紡がれる日々を永遠に見続けるんだ」

「僕は神様になんてならない……! 僕はお前たちとは違う。まだ、諦めない」


 少年は、青年に掴みかかる。

 彼が神と呼んだ存在に。


「役目を持つと言ったな。その力だけ貰う。ここをよこせ! 今すぐ、僕にここをよこせ! じゃなければ、同じ力をよこせ!」

「そのつもりだよ。これは良い返答を得たと思っていいのかな?」

「良いかどうかは、僕が決める。お前は、出て行け。僕は今から変えてみせる」

「この城の力で、世界を救うつもりか? 言っておくけど、ここで救ったらもう緩やかに滅んでいくだけだ。そうなれば起き上がる気力も生命は失ってしまう。私たちが干渉するとはそういうことなのだ。一度綺麗さっぱり終わってしまった方がいいんだよ。そうなればまた『自分たちの力』で起き上がれる。君がやろうとしていることは、本当に世界を滅ぼすということだ。それは嫌だろう?」


 一瞬、少年の表情に憐みが浮かんだ。

 青年は、それを見逃さなかった。見逃すことができなかった――


「僕は諦めない。僕は人間でい続ける。神様なんかじゃない。関われなくなったなんて言って、諦めることはできない。

 いつか――そう、いつか僕らはやっぱり滅ぶのかもしれないけど、それは今じゃないって、挑むことはできるはずだ。何千何万回繰り返して、最後の一回が来る時まで」


 グッと、少年は睨みつける。


「出て行け、そして今度は間違いなく見ていろ神様! お前が言う等しいものが、同じように繰り返されるかどうかを!」

「繰り返される。必ず。だからいいんじゃないか」

「繰り返されない。必ずじゃないとしても、戦う。ここはお前の世界じゃない」


 それが、最後だった。

 夢か現か。青年は一瞬で消え去り、城と少年だけが残った。

 空を睨む。遥かなる彼方を。


「僕たちは諦めない」



 * * *



 まさか、反逆されるとは思っていなかった。個体の選出を誤ったと青年は悔いる。

 どう足掻こうが、答えは同じはずだ。地球の赤は、濃くなっていく。

 ほら、見ろ――やっぱりじゃないか。


「変わらないんだよ、何も。生きているんだから。長い、永遠のサイクルは、たった一つの意志でどうにかなるものじゃない」


 ――それでは、なぜ自分はここを去らないで見ているのか?

 月の上に立った青年は、それからしばらく、地球を眺めつづけた。

 やがて、紫の時代が来た時、青年は地球から城が飛び立つのを見た。



 もう、遥かなる昔のことになってしまったが、あの日に反逆した少年のことを考える。

 あれは自分のミスだったはずだ。

 しかし――結果的に、自分は干渉してしまったのだ。


「あっ――」


 どうだろうか。世界は確かに変わった。終わりが早くなった。

 だが、そう変えたのは、自分ではないのか――?


 青年は、神様たちは知った。

 そう、宇宙の神話はぐるぐると回る。それは生命ある者が紡ぐのだ。自分たちはそこから外れてしまった。もう関わることなどできないと思ったからこそ、ただ見ていた。

 しかし、触れてしまえば、どこかに、進めてしまう変化があった――

 それは、つまり、まだ神様たちも生命の物語の中にいるということではないのだろうか。


「ああ……そうか、そうだったんだ」


 青年は、悟る。

 今、自分たちは、起き上がったのだ。

 自分が触れた生命から与えられた変化によって。



 かくて、宇宙の神話から神々は消える。生命は帰還を果たし、新たなる時代へと旗を掲げる。

 それはぐるぐる回る神話の一部だった。

 己が小ささを知った生命は、永遠に続く繰り返しの、外に出た。

 そこには繰り返しは、まだ、ない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぐるぐる神話 伊達隼雄 @hayao_ito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ