01:かたわれの恋・1

 いつか夢でみたの

 真っ白なドレスに身を包んで、あなたの腕をとって

 光に向かってのびるバージンロードの前に立って


 ずっと一緒に歩いて行く未来を、手に




 続・恋をおしえて

“Would you teach me a LOVE ?”




『ね、よしのちゃんはおとなになったらなんになる?』

『んー、そんなのわかんない。花乃はきめてるの?』


(あ……懐かしいな)

 目の前にしゃがみこんで一生懸命シロツメクサを集めている、二人の女の子。

 並べて見ると姿かたち、声までそっくりの二人を、よく知っている。

『うん、わたしはね、およめさん!』

『ええー? あたしやだよおよめさんなんて。花乃がいればいいもん。花乃だって、けっこんなんかしなくていいよ、あたしがいるんだから』

 頬を膨らませて言い募るかたわれに笑いかける――


 あれ? わたしあのとき、なんて言ったっけ?



 顔面にもさっと生暖かい感触がして、花乃かのは目を開けた。

 一番つきあいの長いテディベアの「くまちゃん」が、今日はえらく至近距離で花乃を見下ろしていた。くまちゃんの隣には「こぐまちゃん」と「くまおくん」「べあちゃん」――毎年誕生日になるたびに増えていく小さなテディベアたちが揃って花乃の顔を覗きこんでいる。寝返りを打ったはずみに、ベッドサイドのぬいぐるみ群の中に頭を突っ込んだらしかった。

(……あれ? わたし、どうして)

 深い眠りから覚めた時とは、なんだか少し感覚が違う気がする。

 もともと低血圧気味の花乃は、覚醒までにかなりの時間をゆめうつつで過ごすのだが、今日はえらくすっきりと目が覚めた。

 体を起こして壁掛け時計を見上げると、針は夜8時前を指していた。

 こんな時間に、どうして自室のベッドで眠ったりしたのだろう。覚醒は素早かった割に、それまでの記憶がなかなか思い出せなかった。今日が何日で、今まで一体何をしていたのかも。

 時計のわきのカレンダーは11月。二つの×印を経て赤で○をつけられた3日を発見する。

(あれ、今日って、純泉祭だったんじゃ……)

 それに気付けばあとはすぐだった。開幕の花火と、舞台の始まる合図のブザー、スポットライトの色などが次々によみがえる。

 そう、今日は間違いなく学園祭の1日目で、花乃がヒロインを努める劇の本番で、それから――それから。

「……あっ」

 花乃が真っ青になったのと同時に、少しだけ開いていたドアが音もなく開けられた。

「あらよっ……と。あ、花乃、起きたの?」

 片手に水を張った洗面器と濡れタオル、もう片方の手にすり林檎を載せたトレーを掲げ、お行儀もよろしく足でドアを調節しながら部屋に入ってきたのは、花乃の双子の妹。

 今現在花乃の懸念を一身に集めている、張本人の佳乃よしのだった。



 関口の双子と言えば、近所でも学校でも昔から有名だった。卵型の丸い顔に愛嬌のある大きな目をのせて、くるくるとよく変わる表情をいつも二つ揃えていた。『あんなかわいい娘さんが二人もいたらいいわねえ、お嫁に行かせるの嫌でしょう』と近所からはよく言われたらしいが、年を経るにつれ、親にとってそれは余計なお世話以外の何でもなくなってきていた。

 かたや学年首位を守り続けることに生きがいを見出した勉強の鬼、佳乃。

 かたや常にマイペース、のほほんと紅茶と雑貨をたしなむ天然娘、花乃。

 まったく正反対に育ってしまった双子はいつまでたっても仲良しだったが、恋やら愛やらの単語の気配は、二人が思春期も末期を迎える18になる年まで、周囲に影も形もなかったのだから。

 けれど高校3年にして初めて、双子の片割れは波乱万丈の末に初めての恋をした。そして、誰よりもそれを応援したかったのは、まぎれもなく姉である自分だと花乃は思っていた――たとえその恋がかなうものでなくても、最後まで全力で立ち向かってほしいと心から思った。

 だから、いま佳乃の姿を見たことと、途切れた記憶の部分が折り重なって花乃の心にもたらしたものは、途方もない不安のかたまりだった。


「佳乃ちゃん、わたし、どうしたの」

 ベッドサイドに腰掛けて花乃の額からずれ落ちた濡れタオルを交換しようとする佳乃に、おそるおそる尋ねる。どんな答えにしても聞くのは怖かったが、聞かないわけにはいかなかった。

「もう、花乃は頑張りすぎるのよ。前あたしが熱出して倒れたとき同じこと言ったくせに、自分がいちばん無茶をするんだから。たいした事なくてよかったけどさ」

 ぺし、と指の腹で額を軽く叩かれて、花乃は瞬きをしたあと乾いた声で言った。

「……わたし、やっぱり倒れたの……?」

「やっぱりってことは、自分でも調子悪いことわかってたのね。もう……」

 不服を言いかけた佳乃の腕を掴んで、花乃は息を吸った。

 倒れたあとの自分がどうやってここまで帰って来たのか、またそのあとの舞台がどうなったのか。知りたいことはやまほどあったけれど、まず最初に口を飛び出したのは。

「佳乃ちゃん、神崎君に会えた? 会いに行ったよね!? わ、わたしのかわりに舞台なんて、出てないよねっ!?」

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