修学旅行・1日目<京都1>
京都着、午前9時前。
新幹線の中では、佳乃は夕子と二人でなんの色気もなく大口を開けて寝こけていたらしい。アナウンスで目が覚めて、近くの席に座っていた翔子にそのときの状態を聞かされたときほど忍とクラスが離れていたことに感謝したことはなかった。けれど多少なりとも寝られたおかげで、出発前から栞に散々に踏みにじられた気分も一新。何とか持ち直して観光することができそうだった。
「おー、3年ぶりの京都だ。でも何か、様子変わってない?」
佳乃が天井を見上げて呟くと、どこから取ってきたのか、夕子が駅ビルのパンフレットを開いて説明を始める。「なんかリニューアルしたんだってよ。色んなお店入ってるよ、ほら。劇場とかホテルとかも。ええと今はどこだ……あっ、見て見て佳乃、五重塔が見える! 反対側は京都タワーだよ!」
「はいはい、行くよ夕子」
興奮してガラス張りの窓にへばりついた夕子を引き剥がして、佳乃たちは駅の外に出た。駅前のロータリーも、以前来た時よりすっきりと整備されたように見える。
「松井さん、佳乃ちゃん! ついに来たなー、京都!」
二人の姿を見て嬉しそうに手を振ったのは忍だった。佳乃は飛び上がり、惚けたように駅を見上げている夕子を放り出して忍の元に駆け寄った。
「うん、来たね、京都! でも何か古都って感じじゃないね、駅だってキラキラだし」
「あはは、それは言わないお約束。これからバスで二条城とか京都御所とかいけば、きっと変わるよ。昼飯は京風御膳が出るとか言うし、あー楽しみだー! ……おっと集合みたいだな、じゃ、あとでね」
バスの所へ駆け寄る忍を見送って、佳乃は一人で含み笑いを漏らした。
(喫茶店で薄々気付いてたけど、やっぱり忍くんて食いしん坊なんだ! 早速新しい発見しちゃった! ああ、これだから団体旅行って最高!)
今まで団体旅行を楽しいと感じたことなど皆無だったにもかかわらず、佳乃は一人でガッツポーズを決めて、愉悦に浸りきっていた。
京都御所、二条城。維新の舞台は、壮大な歴史を語りかける史跡によって、今もその面影を辛うじてとどめ置いていた。中学の時の御所見学は一般公開日と重なり、とても見学どころの騒ぎではなかったので、ほとんど貸し切り状態の今回はとてもありがたかった。
蛤御門の前で記念撮影をして、各自御所内を廻る。間近で見る壮麗な建物や内装、庭園の風景は、佳乃の想像していた王朝文学の舞台そのままで、感激もひとしおだった。
「すごいわ、見てよ夕子! これぞ京都よ、平安の都よ~!」
夕子の肩を揺さぶりながら佳乃が叫ぶ。夕子はまだ寝たりないのか、胡乱な目でぶつぶつと眠いとかつまらんとか呟いていたが、それさえも佳乃の耳には入っていない。
我に返ったのは、腑抜けたように清涼殿の屋根を見上げていた佳乃に声がかかった時だった。
「関口さん? おひとりですか」
振り返ると、拓也がいつもの澄ました顔で立っていた。佳乃は眉をひそめる。
「一人じゃないわよ、見りゃわかるでしょ、夕子が……はら?」
いない。
それどころか、生徒の姿ももうほとんど見えない。
佳乃は自分がどれだけ我を失っていたかにやっと気付き、赤面した。
「いつの間に……! 夕子のヤツ、置いていったわね、まったく――」
慌てて回れ右をして夕子のあとを追おうとした佳乃は、不意に手首を掴まれてつんのめった。
「わっ!? なに?」
「よければ一緒に見ていきませんか、関口さん」
「……、はい?」
佳乃は耳を疑い、しっかり聞こえたにもかかわらず尋ね返した。
なんだかそれほどまでに信じがたいことを言われたような気がする。
拓也は渋い顔で佳乃の手を放し、横を向いた。「別に、無理にとは言いません。けれど、委員として、あなたにまた前みたいに迷子になってもらっては困るんです」
佳乃は急に納得した。ああ、そういうことかい。いかにも『お前がお荷物』的な拓也の発言に発憤した佳乃は、腰に手を当てて反り返った。
「方向音痴で悪かったわね。憎たらしいあたしなんかの世話焼かなくても、湯浅さんたちが向こうで手ぐすね引いて待ってるんじゃないの? 早く行ってあげたら? あたしだってあんたと一緒だと困るのよ、あの人達に何を言われるかわかったものじゃないし」
ああ、まただ。言わなくてもいいことまで言ってしまう、天の邪鬼がまた顔を出した。どうして拓也と向かい合うとこんなことばかり言ってしまうのか、自分でもさっぱり解らない。元のクールかつ理知的なイメージが、今では影も形もない。『いつも柄の悪いケンカをふっかけて恥ずかしいと思わないの』――栞に言われたその言葉が、この瞬間妙に腑に落ちてしまうのが虚しかった。
拓也は軽く息を吐いて背を向けた。
「あの人達は関係ありません。あなたを、誘ったんですよ。でもまあ、あなたにも迷惑がかかるならやめたほうがいいですね、じゃあ」
「……ん?」
目を丸くして無言で振り返った拓也の顔を見て、佳乃は眉をひそめた。行くのではなかったのか、と思いながら彼の視線を追うように目線を下し――心臓が跳ね上がるほど仰天した。
拓也の鞄のショルダーをがっしりと掴んでいるのは、紛れもなく、自分の右手だったのだ。
「え――おわあ! あたしったら、なにこの手ッ!」
動転してそれを放り出す。自分の行動の意味不明さに、佳乃は後ずさりながら一人で乾いた笑いを漏らすことしかできなかった。一体なにをやっているのだ、あたしってやつは。
しばらく呆然と佳乃を眺めていた拓也は、ついに耐えきれずに吹き出した。
「……っ、す、素直じゃないんですね、どこまでも。くくく……」
「なああ! 何よ、どっちがよ!」
珍しく笑い続ける拓也に真っ赤になって言い返すも、今更だった。
「じゃあ、行きましょうか? 関口さん。ほら、遅れないようについてきて下さいよ」
「いちいち偉そうなのよ、あんたは!」
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