委員たちのお見舞

 その日から佳乃は3日間熱で寝込んだ。突然気を失い、顧問の車で家まで送られてきた妹を見て、花乃は仰天して大騒ぎをしたが、実際は夏の間の疲労と冷房からひいた夏風邪だったらしい。かいがいしい花乃の看病の甲斐あって、三日を過ぎる頃には熱もだいぶ引いていたが、まさか新学期早々大事な授業を連続で欠席することになるとは思わなかった。

(あーあ、学校行ったら夕子にノート見せてもらわなきゃ)

 ここ数日、ずっとベッドのそばの窓しか見ていない気がする。真っ白だった光は徐々に朱混じりの黄色い光に変わって、部屋の中を薄い赤紫に染めていく。もうそろそろ花乃が帰ってくる頃だろうか。

 そのとき、はかったように玄関のベルが鳴った。佳乃はベッドから身を起こして、いつもよりはやや慎重に階段を駆け下りた。

(うん、昨日より体が軽い。明日は学校にも行けそう)

「おかえり、花乃ー……」

 開けたドアの向こうには、いつものように柔らかく微笑む花乃がいた。

 しかしそれだけではなかった。

「ただいまあ、佳乃ちゃん。あのね、お見舞いに来てくれ――」

「ぎゃあああああああっ!」

 佳乃はとても病人とは思えないほどの悲鳴をあげて、開けたばかりのドアを叩き閉めた。

(なんで、なんでえ!)

「なんであんたたちがここにいるの――っ!」

 委員たちが、ドアの向こうでにこやかに手を振っていた。


「佳乃ちゃん、元気そうだね。良かった安心したよ、なあ拓也」

「わざわざあたしたちが来ることもなかったんじゃない? 帰ろっかー」

「ダメよ夕子ちゃん、せっかくケーキも買ってきたんだから」

 翔子がケーキの箱を持ち上げて笑う。佳乃はベッドの上にへたり込んだまま、自分の部屋に居座る団体を睨み付けた。

「ちょっとはデリカシーを持とうとしてよ! あたし、病人よ一応」

「病人の割には随分と元気なお口ねー、佳乃」

 頬をつねろうとする夕子の手から、身を捩って逃れながら佳乃は怒鳴った。

「あんたでしょう夕子、顔見に行こうなんて面白がって言い出したのは!」

 前例があるだけに、真っ先に疑われるのは夕子だった。睨まれた夕子は心外と言わんばかりに唇を尖らせる。「ちがうわよお」

「あ、オレが言ったんだ。佳乃ちゃんのお見舞いに行こうって。迷惑だった?」

 怪訝な顔で口をはさんだのは忍だった。佳乃は目を剥き、しばらく固まった後にぎこちなく微笑んだ。そして両手をばたばたと振り回す。

「う、ううん、全然! うわー、佳乃、ちょ、チョー嬉しーい!」

 おそるべし、忍。―――誰もが一瞬、そう思った。


「ふぅ、7人分の紅茶を淹れるのってたあいへん」

 花乃と高澄が、ティーカップの乗ったトレーを持って部屋に入ってくる。もうそれだけで6畳の佳乃の部屋は少しの隙間もないほど満員になった。サイドテーブルにティーカップを並べながら、高澄はふと佳乃を見て思い出したように言った。

「あれ、さっきのパジャマ脱いだんだ。可愛かったのに、あのパンダ柄」

「!」

 佳乃は声を失い、真っ赤になって高澄を睨んだ。慌てて翔子がフォローに入る。「ご、ごめんデリカシーない人で! もうっ、吉村君は黙ってて!」

 玄関にパジャマのまま飛び出したのは、我ながら不覚だった。夕子や翔子はともかく、その場には男子たち――高澄や忍、そして拓也がいたのだから。

(見られてた……見られてた!)

 パンダ柄。よりにもよってパンダ。これならお気に入りのチェックのパジャマの方が余程マシだった。

 佳乃は恨めしい顔つきで忍を、そしてその横に座っている拓也を見た。

(なによ、平然としちゃって。大体あんたの家はもっと前の駅でしょう! わざわざこんなとこまで来て、そんなにあたしの弱った顔が見たいのかー!)

 正直、合わせる顔に困っていた。別に好き好んで学校を休んだわけではなかったが、拓也に会わずにすむのだけはラッキーだと思っていたのに。どうしてこの男は、こんなにあたしを困らせることばかりするのだろう――3日前といい。

(3日前!)

 拓也と目があった。その途端佳乃の顔は、これ以上はないほど敏捷に赤くなる。音が聞こえそうなほど勢いよく真っ赤に染まった佳乃を見て拓也は目を見開き、花乃は驚いて駆け寄った。

「うわ! 佳乃ちゃん熱上がったんじゃない!? おでこ熱い、ダメだよ寝てて!」

 花乃は佳乃をベッドに押しつけ、上から布団を覆い被せた。熱でないことは何となく解っていたが、この醜態を隠すことができるため、佳乃も黙ってされるがままになっていた。

「やっぱりオレ達が来たのがまずかったのか。ごめん、紅茶飲んだらすぐ帰るよ」

「え……」

 忍の言葉に、一瞬ひどく寂しくなった。せっかく来てくれたのに、追い返すようなことになってしまうのが切なかった。

 せめて口に出して言えたら――もう少し、ここにいてと。

(ダメだ、言えない)

 甘え上手の花乃と違い、佳乃は根っからの意地っ張りで強がりだ。どんなに苦しくても寂しくても、家族や友達に弱音を吐いたり甘えたりすることは絶対になかった。その強さが、佳乃をここまで天の邪鬼にしてしまったのかもしれなかった。

(言えないけど……でも)


「うわー、すごいうまい紅茶! さすが、話に聞くだけあるなあ!」

 忍の感嘆の声に佳乃は布団の中で耳を澄ました。花乃の紅茶のことらしい。

「……本当ですね。うちの紅茶より美味しいものを初めて飲みました。ごちそうさま」

 拓也が心底感心しているらしい様子が伝わってくる。花乃は拓也に褒められたことに仰天しているらしく、しどろもどろになっていた。

「え、いえそんな、わたしなんか……」

 そして、全員が立ち上がる気配。

 佳乃は勇気を振り絞って、布団から顔を出して言った。

「き……来てくれてどうもありがとう! ――嬉しかった!」

 委員達は驚いたように一斉に振り返り、そして明るく微笑んだ。

「お大事にね、副委員長。みんな、待ってるから!」

 その中でも忍の笑顔はひときわ眩しく、佳乃の心に染みこんでいった。

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